第589回:「電車接近メロディー」から「クルマの警告音」まで
大矢アキオが乗り物系サウンドにひとことモノ申す!
2019.01.25
マッキナ あらモーダ!
電車接近メロディーがうるさい
今回は「音」について考えてみたい。
2018年春、東京都心の宿で原稿を執筆していたときのことだ。どこからかモンキーズの『デイ・ドリーム・ビリーバー』をアレンジしたメロディーが聴こえてくる。一日中、何度となく繰り返された。
理由は、はす向かいのセブン-イレブンに買い物に行ったときに判明した。デイ・ドリーム・ビリーバーは、店内のBGMが外に漏れていたものだった。
部屋に戻って「塩むすび」(税込み110円)にかぶりついても、まだ聴こえてくる。しまいには防音窓を閉めて布団に入っても、今度は頭の中でそれが繰り返されていた。
いっぽう、先日再び東京に短期出張した際は、京浜急行沿線に宿をとった。JR線との乗り換えには、いや応なく京急本線の品川駅を利用する。京急といえば、これまで羽田空港の往復しか利用したことがないボクである。「普通」「エアポート快特」「特急」「快特」……と、多層にわたるヒエラルキーにめまいがした。だから毎回品川駅では、宿の最寄り駅に電車がちゃんと停車するか、改札の駅員さんに確認した。その後も、天井からつり下げられた表示板で何度も確かめた。
それ以上に、品川駅でちょっと困惑したものがあった。駅で流れている、電車が接近していることを示すメロディーである。JRや東京メトロにおける発車メロディーの多くが4拍子で4小節程度の繰り返しなのに対して、同じ4拍子でも10小節くらいあるのだ。
京急ファンの方々はすでにご存じで、ボクの解説など噴飯ものであろう。だが、あえて記すと、このメロディーは日本のロックバンドのくるりが2005年にリリースした楽曲『赤い電車』のメロディーをモチーフにしている。赤い電車とは、すなわち京急である。
オリジナルを聴いてみると、歌声軽やかで、聴いていて心地よい。ところが「電車接近メロディー」版は人工的なリズムだけが妙に浮かび上がり、なんとも騒々しい印象を与える。音量もかなり大きい。そこに駅員さんのアナウンスも重なる。
個人的には、音楽を学んでいた身ゆえ、たとえ数秒の電車接近メロディーとて全身全霊を傾けてアレンジしているプロ音楽家の努力を忘れてはいない。だが他の音との錯綜(さくそう)は、イタリアから来た時差ボケの頭にはかなりきつかったのも、これまた事実だ。
イタリア&フランスの場合
ボクが子どもだった1980年代まで、駅のホームで聞こえる電車の発車合図は、「チリチリチリ……」という、まさにベルが普通だった。それが「うるさく、せわしない」といった理由で、後年次第にメロディーへと変えられていった。結果として、地元の歴史や文化にちなんだご当地メロディーなどもたくさん導入されるようになった。
イタリアやフランスの場合、店や駅は基本的に静かである。電車接近を知らせるのは録音の音声アナウンスで、発車するときの音も「プーッ」といったブザーのみだ。フランス国鉄(SNCF)やパリ地下鉄(RATP)では、人力アナウンスの前にしゃれたジングルが流れるものの、いずれも3~4秒程度と極めて短い。
もしヨーロッパの駅にも電車接近メロディーが導入されれば、駅構内の治安が改善されるかもしれない。日本の駅といえば、地域限定ハローキティスイーツなどが並ぶ「エキナカ」に代表されるように、平和な光景が展開されている。それとは対照的に、欧州の駅は市内で最もセキュリティーの悪いエリアである。
ヨーロッパでは、多くの地下駐車場が、音楽による犯罪抑止効果を狙って終始小さな音でラジオを流しているから、それと同じ効果が駅にも期待できると考えられる。
だが、忘れてはならないのは、こちらの人々は音楽を愛していても、その乱用には敏感であるということだ。先日もイタリアで急きょ、アジア人経営の美容室に飛び込んだときのこと。隣に座っていたご婦人は「やかましい」と訴え、スタッフに店内放送を止めさせていた。
もちろん東京の場合、鉄道の乗客数/運行本数はヨーロッパと比べて格段に多い。ゆえに、注意喚起の機能を果たすメロディーが必要という論もあろう。しかしながら雑多な都市騒音が入り交じる中、同じメロディーを電子的に正確なリズムで、それも毎日朝晩と聴かされることになる。それを苦痛に感じる人がいることも、そろそろ心理学的にリサーチする必要があるのではなかろうか。
フランス映画の『男と女』や『シェルブールの雨傘』では駅が重要な舞台となる。そうした場面に、日本のような電車接近メロディーは似合わない。
警告チャイムをおろそかにするな
もうひとつ指摘しておかなくてはいけないのは、「ノイズにまみれていると、音づくりにも疎くなる」ということだ。それを考えるときに思い当たるのは、ずばりシートベルト閉め忘れの際などに流れる、自動車の警告チャイムである。日本メーカーのクルマは、たとえ高級車であっても、警告チャイムの音色がその車両価格に見合わず素っ気ない。
ボク自身も日本人であるから、自国のブランドについて苦言を呈するのは、なんとも心苦しい。しかし、そうした安っぽい警告音に接するたびに思い描く、仮想の人物像がある――高校時代は騒々しい電車接近メロディーにあふれた駅から学校や予備校に通学。大学卒業後、晴れて一流自動車メーカーに入社するも、今度はつけっぱなしのテレビから音があふれた家庭で暮らし、会社では事務機器と検査機器、そして給湯室のポットが発するアラーム音が入り交じる職場で働いている――。彼が企画に携わったクルマは、警告チャイムの音色に気が払われているはずはない。試作車を審査する上司も同様の環境で育った人間ゆえ、製品は音に対する配慮がおのずとおろそかになる。
対して秀逸なのは近年のBMWの警告チャイムだ。軽やかな和音が使われている。それだけでBMWが欲しくなってしまう。ボルボも「ド」と「ソ」の繰り返しで耳に心地よい。いずれも神経に触らない音でありながら、きちんとアラームとしての機能を果たしている。
そうした「音」に対する配慮は、作り手とそれを評価する経営陣の双方がいて実現するものである。欧州の自動車メーカーの幹部に時折「若いころは音楽家になりたかった」もしくは「今も趣味で演奏している」という人を見かけることも、ひょっとしたら関係があるかもしれない。彼らのセンスにおカネを払うことは決して無駄ではない。
乗り物の音に耳を澄ませる時代よ、アゲイン
「音」と「乗り物」に関して、最後にもうひとつ。ヨハン・シュトラウス2世(1825-1899)が作曲したポルカ『観光列車』には、鉄道の警笛を模するためにラッパが用いられている。
アントニン・ドボルザーク(1841-1904)はアメリカで見た機関車にいたく感激し、クラシック音楽界きっての、今日でいうところの“鉄ヲタ”になってしまった。
ジョージ・ガーシュウイン(1898-1937)はパリ遊学の際、花の都で早くも起きていた自動車渋滞を目のあたりにする。それを譜面に表現すべく自動車のホーンを購入し、1928年のオーケストラ曲『パリのアメリカ人』で使用した。
美術の世界に目を向ければ、イタリアの詩人フィリッポ・トマーゾ・マリネッティによって1909年によって記され、前衛芸術運動に火をつけた『未来派宣言』がある。そこには「世界の華麗さは、新たな美で豊かになるとわれわれは宣言する:速度の美だ。爆発して息をする蛇のような太いエキゾーストパイプで飾られたレースカー」(大矢訳)と記されている。
ついでに言えば第2次大戦後、日本では服部良一(1907-1993)が電車に乗車中、線路の継ぎ目を乗り越えるときの音にインスピレーションを受けた。そうして誕生したのが『東京ブギウギ』のメロディーだったという逸話がある。
何が言いたいのかといえば、乗り物が発する音そのものがモダンであり、アーティストたちの感性を刺激していた時代が存在した、ということである。
彼らが感激したように、鉄道の走行音やクルマのホーン、エンジン音といった本来の乗り物が発する音に耳を澄ませる時代が再び来ないだろうか。東京最後の日、品川駅で電車接近をけたたましく知らせる例のメロディーを聴きながら考えた筆者である。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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