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第189回:ガサツな白人運転手がインテリ黒人を乗せて南部へ
『グリーンブック』

2019.02.27 読んでますカー、観てますカー 鈴木 真人
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黒人用の旅行ガイドが必要だった時代

『グリーンブック』というタイトルを見ても何を意味するのかわからなかったのだが、アフリカ系アメリカ人ならば知っているのが当然らしい。1936年から1966年まで発行されていた旅行ガイドのことで、正式名称は『The Negro Motorist Green Book』。黒人ドライバーが自動車で旅行する際に利用できるホテルやレストランを紹介している。当時はジム・クロウ法と呼ばれる州法によって人種分離が合法とされていて、黒人の立ち入りを禁ずる店が多かったのだ。

『それでも夜は明ける』は、1941年にニューヨークの黒人バイオリニストが連れ去られて南部に奴隷として売られた実話を元にしていた。『グリーンブック』が描くのも実際にあった話で、1962年の出来事だ。キング牧師が呼びかけたワシントン大行進は翌年のことで、公民権法が制定されるのは1964年。わずか50年ほど前、アメリカではひどい人種差別が横行していた。

トニー・バレロンガはニューヨークのナイトクラブでフロアマネージャーとして働いている。フランク・シナトラも歌ったコパカバーナで、名士が集う高級社交場だ。ショービジネスの世界はマフィアとも密接なつながりがあり、トニーは用心棒的な仕事もこなす。腕っぷしが強いだけでなくトラブルを口先で丸め込む能力に優れていたことから、“リップ”の愛称で呼ばれている。

コパカバーナが改装で2カ月休業することになり、その間は別の仕事を探さなければならない。ホットドッグ早食いで50ドル稼いだものの、フードファイター小林 尊ではないのだから職業にするのは無理だ。ドクターが運転手を探していると聞いて指定された住所に病院を探しにいくと、そこにあったのはカーネギーホール。ドクターは劇場の2階に住んでいるという。現れたのは、アフリカの王様のような衣装に身を包んだ男。医者ではなく、心理学、音楽、典礼芸術の博士号を持つ黒人ピアニストのドクター・シャーリーだった。

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差別意識を隠せないイタリア系白人

ドクターはコンサートツアーでアメリカを回ることになっており、運転と身の回りの世話を頼みたいという。トニーは「召し使いをやるつもりはない」と拒否。黒人との仕事に抵抗はないと口では言うが、彼も差別意識と無縁ではない。家に黒人の修理屋が来た際に妻が飲み物を出すのを見て、使ったグラスをゴミ箱へ放り込んだこともある。仲間うちでは黒人のことを“黒ナス”と呼んだりもしているのだ。イタリア系のトニーも恵まれた地位にいるとは言えないが、だからといって黒人への偏見を持たないわけではない。

社会的な階層で言えば、ドクターのほうが圧倒的に上位にある。北部では黒人に対するあからさまな排除はなく、才能があればそれなりには評価される。ドクターは身のこなしも優雅で、豊かな教養を持つインテリだ。トニーは見るからにガサツで暴力的な下層のイタリア系白人である。

トニーを演じているのはヴィゴ・モーテンセン。『イースタン・プロミス』では風呂場でいいカラダを披露していたが、今回は14kg増量して不摂生でだらしない中年オヤジになりきった。シャーリーズ・セロンが『タリーと私の秘密の時間』で18kg増量したのには及ばないとはいえ、見事なビール腹である。かつて『マシニスト』で28kg減量したクリスチャン・ベイルは、『バイス』のチェイニー副大統領役で増量。レオナルド・ディカプリオも『J・エドガー』でハゲデブになっていたし、ハリウッドではこういう無理な肉体改造がもてはやされるらしい。

ドクター・シャーリー役のマハーシャラ・アリは、『ムーンライト』で主人公の少年を優しく導くドラッグディーラーという難役を演じ、アカデミー助演男優賞を獲得した。見た目のノーブルさは共通だが、今回は育ちのよさからくる無神経さと孤高な精神を体現している。『アリータ:バトル・エンジェル』では冷徹な悪役で、体重を増減させることなく幅広い役柄を演じ分けているのは立派だ。

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2台のキャデラックでコンサートツアー

ドクターが譲歩し、トニーは運転手を引き受ける。レコード会社がツアーのために用意したのは、2台の「キャデラック・ドゥビル」。鮮やかなブルー・グリーンの4ドアハードトップだ。1台にはチェロのオレグとベースのジョージが乗り、もう1台はトニーが運転して後席にドクターが座る。今なら1台のミニバンで移動するのだろうが、「ダッジ・キャラバン」や「プリマス・ボイジャー」が登場するのは1980年代なかばである。

トニーがいつものように片手運転していると、ドクターは「手を10時と2時の位置に」と叱責(しっせき)する。タバコを吸いながら運転するのも禁止し、おしゃべりにもいい顔をしない。後席に姿勢よく座るドクターは、すべてがキチンとしていなければ嫌なのだ。いきなり友達感覚で打ち解けようとするトニーの態度は無礼だと感じている。

ラジオから聞こえてくるのはリトル・リチャードのヒット曲。ノリノリのトニーとは対照的に、ドクターは興味を示さない。「アレサ・フランクリンやサム・クックは同胞だろう?」とトニーは言うが、同じ黒人でもドクターにとっては遠いジャンルの音楽なのだ。彼は9歳でレニングラード音楽院に留学してピアノを学んだ秀才である。

ケンタッキー州を通ると、トニーはフライドチキン屋に立ち寄る。当時からフランチャイズが全米展開していたが、本場で食べたいと思うのは人情である。黒人はフライドチキンが好きと思われていたようで、トニーはドクターにも食べるように勧めた。しかし、彼は手でつかんで食べるなんてマナー違反だと考える。黒人の嗜好(しこう)と行動パターンが全員同じであるはずがない。

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「キャデラック・ドゥビル」
フランス語で“街の”という意味を持つde villeが車名の由来。1959年に登場した初代は巨大なテールフィンを持っていたが、映画で使われているのは1961年からの2代目モデルで、おとなしめの意匠になっている。8代目までモデルチェンジが行われ、2005年にグレード名だった「DTS」が車名となった。
(写真=RM SOTHEBY'S)
「キャデラック・ドゥビル」
	フランス語で“街の”という意味を持つde villeが車名の由来。1959年に登場した初代は巨大なテールフィンを持っていたが、映画で使われているのは1961年からの2代目モデルで、おとなしめの意匠になっている。8代目までモデルチェンジが行われ、2005年にグレード名だった「DTS」が車名となった。
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白人警官が道で待ち構える

ドクターはスタインウェイしか弾かないが、ボロピアノしか置いていないコンサート会場があった。ナメた態度をとる責任者に対してトニーはコパカバーナでつちかった“交渉力”を発揮してピアノを取り換えさせる。夜に白人経営のバーに迷い込んだドクターが袋だたきにされた時は、得意のハッタリをかまして救出する。ドクターにとってトニーは頼りがいのある相棒になっていた。トニーはドクターの素晴らしい音楽性に触れ、尊敬の念を強くしていく。

ツアーはルイジアナ州やミシシッピ州に進み、ディープサウスと呼ばれる差別意識が根強い地域に入っていった。For Colored onlyという看板を掲げるホテルは例外なくみすぼらしいボロ宿で、街角の洋服屋にドクターが入っても商品を売ってもらえない。クルマで走っている時も危険はいっぱいだ。白人警官はなにかとイチャモンをつけてクルマを停止させ、罪状をでっち上げて逮捕しようと待ち構えている。

コンサート会場につくと、楽屋として案内されるのは物置だったりもする。悪意ではなく、それが当然だと考えているのだ。笑顔で出迎えるものの、ドクターのことを自分たちと同じ人間だとは思っていない。音楽という共通言語をもってしても、両者が対等なコミュニケーションをとるのは不可能である。

製作と共同脚本を担当したのがニック・バレロンガ。トニーの実の息子だ。父から聞いた素晴らしいツアーの話をいつか映画にしたいと考えていた。ツアーが終わってからも親交があったドクターにかわいがられた記憶がある。今なお人種差別が根絶されたとは言いがたいが、トニーとドクターがお互いを理解していった旅の延長上に和解への道が敷かれていったのだ。

(文=鈴木真人)

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『グリーンブック』
2019年3月1日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー。
『グリーンブック』
	2019年3月1日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー。拡大
鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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