ホンダ・ヴェゼル ツーリング・Honda SENSING(FF/CVT)
上級ヴェゼリストに捧ぐ 2019.04.10 試乗記 「ホンダ・ヴェゼル」にパワフルなターボエンジン搭載モデル「ツーリング」が追加された。自然吸気エンジンを搭載したスポーティーグレードが「RS」と名乗る中、どちらかといえば優雅な風情を持つグレード名を採用したことには、どのような事情があるのだろうか。フルモデルチェンジにはまだ早い
今回の1.5リッター直噴ターボの追加は、国内発売(2013年12月)からまる5年が経過したヴェゼルの、6年目に入ってのテコ入れの意味がある。発売から5年といえば、日本では新車登録から2度目の車検をむかえる時期でもあり、ディーラーでは買い替えの営業を本格化させるタイミングでもあるからだ。
こういう場合、従来の感覚だと同じジャンル内での上級移行をうながすのがお約束である。その点はホンダもぬかりなく、ヴェゼル発売5周年の直前となる2018年夏に、新しい「CR-V」をきっちりと国内に登場させている。ただ、最近はみんなで手を取りあってステップアップする時代でもないし、まして今のCR-Vは北米市場に最適化したサイジングだから、日本では“大きすぎる”と敬遠されるケースも少なくない。となると、日本にちょうどいいのはやはりヴェゼルである。
もっとも、発売から5年となればフルモデルチェンジしても不思議でない頃合いでもあるのだが、ヴェゼルはそのちょうどよさゆえに、国内販売でもモデル末期的な明確な鈍化はいまだに見られない。さらに、ヴェゼル(海外では「HR-V」と名乗る市場が多い)はCR-Vに次ぐグローバルSUVでもあり、北米や中国での発売は日本の1年遅れ、欧州ではさらに2年遅れて市場投入された。つまりは、世界的にはフルモデルチェンジにはまだ早いのだ。
というわけで、直噴ターボを積んだヴェゼルは、装備内容も充実させたツーリングという新設定グレードとしたこともあって、FFのみで290万円超の正札をさげる。
これと基本的に同じエンジン、同じ駆動方式、同じ乗車定員のCR-V(=「EX」グレード)は額面で30万円ちょい高いが、じつは約35万円相当のオプションとなる純正「インターナビ(+ETC車載器)」がCR-Vでは標準装備なのだ。まあ、細かい装備差を考慮する必要はあるものの、両車の価格差は実質的にほぼゼロか、あったとしても数万円程度といったところだ。これって、ヴェゼルが高いのかCR-Vが安いのか……。
パワートレインで100kg、ボディーで50kg増
日本では“ヴェゼルからヴェゼル”という買い替え需要をにらんだ直噴ターボのヴェゼル ツーリングだが、そうはいっても、この価格設定では日本で大量に売れるとは思えない。ホンダもそこは承知のうえで“国内ではヴェゼル全体の1割くらいで御の字”というのが現実的な見込みらしい。実際、ヴェゼルに1.5リッター直噴ターボを積むという発想のキッカケは国内ではなく、欧州市場におけるモアパワーを求める声だったとか。
ちょっと意外……というか驚くのは、このヴェゼル ツーリングの車重が、表面的にはターボなし1.5リッターのRSより150kgも重いことである。この点について編集担当の藤沢君がホンダに問い合わせたところ、その内訳は“パワートレインで約100kg、車体やシャシーで約50kg”なのだそうだ。
この1.5リッター直噴ターボユニットの基本設計は既存の自然吸気版と同じ「L15B」の系列となるが、ターボチャージャーやインタークーラーなどの大物部品が追加される以外にも、ブロック内の冷却系やコンロッドなどはターボ専用に強化されているという。さらに、変速機もカタログ上は同じCVTながらも、1.5リッターターボには従来の1.5リッターとは異なる、ひとクラス上の大容量型が組み合わされている。これらで合計100kgのプラスということだ。
車体でいうと、フロントバンパー内部に橋渡しされた「パフォーマンスダンパー」が目立つが、同様の部品はRSにもついている(減衰設定はそれぞれ専用らしい)ので重量面ではほとんど変わらないと思われる。あと、1.5リッターのRSとターボのツーリングでホイールサイズも1インチ異なるが、その分の重量増はタイヤも合わせて、せいぜい10kgといったところだろうか。
“これでもか”といわんばかりのボディー補強
となると、50kgという増量分の大半は、やはり車体構造周辺によるものである。実際、今回の直噴ターボ用の車体は、ほかのヴェゼルとはかなりの部分でちがっている。
具体的には、フロントサイドメンバー、サイドシル、フロアのクロスメンバー、そしてバルクヘッドの一部にこれまでにない強化ブレースが追加されている。ただ、これらの補強策はそもそも欧州向けヴェゼル(=HR-V)に施されているものと共通で、マニアの皆さん向けの表現をすると、このクルマの車体はいわば“ユーロボディー”がベースということだ。
もっとも、ヴェゼル史上最強エンジンを積むツーリングの車体はそれにとどまらず、さらにフロントのコアサポートとバンパービーム、そしてトランク下のリアフロアパンをターボ専用部品に換えている。
それだけではない。繰り返しになるがヴェゼルの直噴ターボは新しい最上級グレードのツーリングという位置づけであり、騒音対策もことさら入念である。ボンネット裏やフロントフェンダー、ダッシュボード内部などに、専用の遮音・吸音材がこれでもかと追加(もしくは増量)されている。
……といったすべてをひっくるめて合計50kgということだ。で、車検証表記によると、そのRS比150kgの増量は前軸側に130kg、後軸側に20kgという配分となっている。
このように大幅に増えた車重と、飛躍的に向上した動力性能に対応して、ヴェゼル ツーリングのアシはかなり明確に締め上げられている。乗り心地もそれなりにハードだが、かといって「タイプR」のようなゴリゴリの硬さではなく寸止めを効かせたものである。
ただ、それ以上に印象的なのは、これまでのヴェゼルでも優秀だったステアリングレスポンスがさらに輪をかけて正確、俊敏、硬質になっていることだ。そこは素直に気持ちいい。
平滑な路面では高級感すらただよう
この1.5リッター直噴ターボにおいて、過給ラグらしきものは皆無とはいわないが大きくはない。事実、右足に力を込めた次の瞬間に、ヴェゼルは弾かれたようにビュンと加速して、どこからでもミドルクラススポーツカーばりのパンチ力を披露する。それだけでなく、右足の微妙な力加減によるスピードコントロールもCVTとしては優秀な部類に入る。
そんなありあまる動力性能もあってか、比較的整備の行き届いた路面を腹八分目以下のペースで走らせたときのヴェゼル ツーリングには、ちょっとした高級高性能コンパクトの風情すらただよう。
まず、街中や高速道路でのヴェゼル ツーリングはとても静かだ。パワフルな1.5リッター直噴ターボは、交通の流れに乗る程度ならアクセルを深く踏み込む必要もなく、軽くハミングするだけ。しかも、入念な騒音対策はエンジン音だけでなくロードノイズのマスキングにもがっちり効いているようで、走行中の室内の平穏さは印象的である。
フットワークは前記のように絶対的にはそれなりにハードな設定で、サスペンションが本格的に滑らかに動きはじめるのは車速が80km/hを超えたあたりからである。ただ、それ以下の速度で目地段差を乗り越えても、身体に刺さるような鋭い突きあげや低級なドシバタ音が発生しないのは、よくできた車体剛性(と振動をうまく減衰するパフォーマンスダンパー)の恩恵が大きいと思われる。
ヴェゼルの直噴ターボはラインナップで随一のパワフルで俊敏で正確なヴェゼルでありながらも、ゴリゴリのスポーツモデルではなく、静粛性や乗り心地にも配慮しており、それゆえに新たな高級グレードと位置づけられたわけだ。そこには、1.5リッター直噴ターボがホンダでも随一のハイテクエンジンでもあり、われわれ外野が思うほど安くできないのと同時に、ヴェゼルから買い替えるときの“背中押し”のためもあろう。いかに新しいエンジンといっても、装備内容やビジュアル、グレード名が代わり映えしなければ食指も動きづらい。
限界は意外に早くやってくる
前記のようにきれいな路面をほどほどのペースで流すなら、これはなるほど従来なかった高級なヴェゼルである。しかし、その基本フィジカル性能をうかがうような走らせかたをすると、そもそもこのクルマを成立させるのは、いうほど簡単ではなかったのだな……としみじみと思わせるのも事実だ。
山坂道でちょっと頑張ってみたり、あるいはタイトな都市高速のコーナーで追い越しをかけたりすると、ヴェゼル ツーリングは意外なほど早い段階から、前輪の軌跡をふくらませはじめる。あるいは、荒れた路面で不用意にスロットルペダルを踏んだ場合は、トラクションコントロールのスキを突くように、アスファルトをギャリッと掻こうともする。
そして、単発の突きあげはうまく丸めてくれる乗り心地も、そのギャップが連続したり、4輪をバラバラに蹴り上げたりという過酷なパターンとなると、盛大に揺すられて、ときに鋭い衝撃を伝えてくる。なんというか、ヴェゼルの基本骨格に対して、1.5リッターターボのパワートレインは性能的にも重量的にもギリギリじゃね?……という感じなのだ。
だから、そのユーロスペックに準じるターボ専用車体や徹底した騒音対策も、あえてヴェゼルの最上級モデルを選ぶエンスーのための商品性をねらったというより、つまりは“これじゃないと直噴ターボのヴェゼルは成立しない”ということかもしれない。なにせ、この1.5リッター直噴ターボのパワートレインは従来の1.5リッターより100kg重く、40ps/60Nmも上乗せされるのだ。この50kgの物量作戦で鍛えぬいた車体は絶対必須の大前提なのだろう。
ヴェゼリストはこうしてできあがる
そもそも、ここまで凝った内容(にして、日本ではとうてい大量販売が見込めないはず)のヴェゼルの国内販売が実現したのは、昨今のホンダのグローバル生産戦略の見直しによって、欧州向けのヴェゼル(=HR-V)の生産拠点がメキシコから日本に移されたからでもある。現在の寄居工場では日欧向けのヴェゼル/HR-Vが仲良く組み立てられているそうで、それゆえに今回のような欧州風味濃厚なヴェゼルも実現できたというわけだ。国内仕様の量産ヴェゼルとこれだけちがうヴェゼルを、単独で少量生産しなければならなかったら、このクルマは実現しなかったかもしれない。
それはともかく、今回の試乗であらためて、ヴェゼルのちょうどいいパッケージには感心した。ヴェゼルはBセグメント骨格がベースでありながら、外寸のスリーサイズは「日産ジューク」や「マツダCX-3」ほど小さくなく、どちらかというとCセグメント系の「トヨタC-HR」や「三菱エクリプス クロス」に近いが、それよりはわずかにコンパクトである。
しかも、ホンダのBセグメント骨格は「フィット」由来のセンタータンクだから、室内空間や荷室容量は圧倒的。これより大きいC-HRやエクリプス クロスなどのカッコ(だけ)優先SUVなんぞ勝負にならないほど広い。
だから、一度でもヴェゼルを所有して、その空間効率の妙味を享受してしまうと、このクルマでないと用が足りなくなる“ヴェゼリスト”ができあがっても不思議ではない。
普通の人が日本の交通環境で使うなら、乗り心地やコスパその他において、正直いって従来の1.5リッターやハイブリッドのほうがはるかに無難である。それで物足りないなら兄貴分のCR-Vを買ったほうが満足感も高いと思われる。ツーリングの車体はなるほどマニアックな逸品だが、そこに50kg分の価値を認められるかは人それぞれだろう。
ただ、いちいち語りたくなる欧州のウンチク、ほかのヴェゼルとは別物の硬質な肌ざわり、手綱の引きがいのあるジャジャ馬感……など、今の国産コンパクトSUVで、これほどマニア心や所有欲をくすぐってくれるクルマもほかにない。そしてもちろん、もはや普通のヴェゼルでは満足できない上級ヴェゼリストの皆さんの選択肢もこれしかない。
(文=佐野弘宗/写真=荒川正幸/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ホンダ・ヴェゼル ツーリング・Honda SENSING
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4340×1790×1605mm
ホイールベース:2610mm
車重:1360kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:CVT
最高出力:172ps(127kW)/6600rpm
最大トルク:220Nm(22.4kgm)/4600rpm
タイヤ:(前)225/50R18 95V/(後)225/50R18 95V(ミシュラン・プライマシー3)
燃費:17.6km/リッター(JC08モード)
価格:290万3040円/テスト車=339万9324円
オプション装備:ボディーカラー<スーパープラチナグレーメタリック>(3万8800円)/本革シート&専用インテリア(16万6100円)/Hondaインターナビ+リンクアップフリー+ETC(24万3000円) ※以下、販売店オプション ドライブレコーダー(2万1384円)/フロアカーペットマット(2万7000円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:1799km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:581.9km
使用燃料:33.0リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:17.6km/リッター(満タン法)/17.9km/リッター(車載燃費計計測値)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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