第599回:お店の色が変わればユーザーも変わる!?
大矢アキオが欧州自動車ブランドのVI戦略を考える
2019.04.05
マッキナ あらモーダ!
ヒュンダイ&ルノー店の“化粧直し”
ヨーロッパのルノー販売店が、看板などビジュアル・アイデンティティー(VI)の刷新に着手している。従来の白をベースにしたものから、コーポレートカラーである黄色を一部に残しつつも、黒基調のものへと掛け替え始めているのだ。
ヒュンダイ・モーターも同様に、ブルーをメインとした長年の配色から、ブラウンやゴールドを基本とした新VIに改め始めている。イタリアでは昨2018年から始まったが、インターネットで確認すると、北米のほか、インド、南アフリカ、マレーシアなどでも同様のVI刷新が行われている。
こうしたリニューアル費用は、基本的に販売店負担である。あるブランドの中規模ディーラー経営者が筆者に明かしたところによれば、一店舗あたりコストは10万ユーロ、つまり日本円にして1200万円以上にのぼることもあるという。クルマが売れない時代になかなか大変だ。
本稿第547回で記したルノーの販売店を訪れてみると、早くも新しいブラックの看板に掛け替えられていた。支配人のルイージ・カザーリ氏は、ルノーのフランス法人から「6カ月以内に着手するように」と通達があり、彼の店も2019年3月に工事を行ったと教えてくれた。
ヒュンダイも、本稿第445回で紹介したマツダとの併売店では、外装部分は早くも例のブラウン基調に掛け替えられていた。
ハイグレード感演出の背景
両ブランドのVI刷新の背景にあるのが、「ハイグレード感の演出」であることは疑いの余地がない。ルノーの場合、サブブランドとして併売されるダチアとの関係がある。2004年の初代「ダチア・ロガン」はシンプルさと低価格を前面に押し出したモデルだった。それから15年が経過した今日、ダチアブランドはイメージ・価格ともに上昇してしまっている。ルノーとのバッティングを避けるためには、ルノーのグレードをさらに向上させる必要がある。
ヒュンダイに関していえば茶色を用いることで、同じグループ内でより若々しいイメージが与えられているキアとの差別化を図るという意図がうかがえる。参考までに同社は2018年10月、「レッドドット・デザインアワード」で優秀なブランドマネジメントに贈られる「ブランド・オブ・ザ・イヤー」を受賞している。
その評価対象は店舗のVIに限ったものではないが、アワードの創設者兼CEOのピーター・ゼック氏は「(ヒュンダイの)革新的なデザインアプローチは創造的かつ高品質であり、顧客にユニークな全方位のブランド体験を提供する」とコメントしている。
ドライバーの目にとまらない
ルノーが従来用いていた白と黄色はいずれも膨張色であり、特に黄色は「安全色彩」に数えられる目立つものであったが、今回の新VIではあえてそれらの特長を捨てることになる。
なお、2018年にルノーがストックホルムやベルリンにオープンした電気自動車(EV)専用の展示センターは、新たな販売店と同様に黒基調である。こちらは都市中心部でEVをアピールするものだから、知的なブラックを選択できる。しかし、郊外では自動車ディーラーにとって潜在顧客の大半を占めるドライバーの視野から欠落しがちだ。クルマで走行しているドライバーの目に飛び込むことがどれだけ大切かは、日本の国道沿いに林立する看板を見ればわかる。
また、ヒュンダイの新VIは、筆者個人の印象からすると上品すぎる。確かにイタリアにおけるヒュンダイの顧客層は明らかに変化している。20年前は、一般的に日本車よりも安いことからリタイアした年金生活者の足であったり、なかなか新型が登場しなかった初代「フィアット・パンダ」の代替であったりした。
いっぽう今日はといえば、スタイリッシュなSUVラインナップで、若者をはじめとした広い層の支持を獲得している。そうした中、前述したようにキアとの差別化を図りながら、昔のイメージを捨てたいという意図は理解できる。
ヨーロッパに関していえば、100年の歳月をかけてブランドイメージを構築してきた高級もしくはそれに準ずるブランドが多々ある。北米や新興国はともかく、ヒュンダイがシャープでモダンなイメージを一朝一夕に植え付けようとしても、なかなか難しいのではなかろうか。
ヨーロッパではファストフードのマクドナルドが2009年、従来の赤×黄色から、よりヘルシーかつエコフレンドリーをイメージさせる緑×白へとVIを改め始めた。
筆者としては、従来食品にはタブーだった中性色の緑をベースにしたことに戸惑ったものだ。だが、マクドナルドは以後も各国で店舗数を着実に増やした。
膨張色や警戒色を捨てるトレンドと成功例が、自動車ブランドにも通用するのか、今後の経緯も注目したい。
コンセプターの意図とは別に
ところで筆者が日本を訪れるたびに毎回楽しみにしているのは、日系ブランドのショールームで欧州未発売車を見ることである。だが、イタリア暮らし23年で、日本における怒涛(どとう)の国内ディーラー再編およびVI刷新をリアルタイムで追うことができなかった筆者である。気がついたら日産のブルーステージとレッドステージの看板が誕生して、そして消えていた。それはともかく、トヨタのトヨペット店の看板が緑色になってしまったのには、いまだになじめない。
いっぽう、いつ日本に来ても容易に見つかり、かつホッとするのがダイハツとスズキの看板だ。
いずれも赤を基調としているため、ひなびた街道沿いのディーラーなどでは日差しを受けて退色していることがある。だが、歴史をさかのぼれば、ダイハツの「D」マークは1960年代中盤からという長い歴史をもつものだ。スズキの「S」マークに至っては1958年の制定である。これだけの時を経ながら、いずれも古くさくならないのが素晴らしい。
日本のVIを語る時、ソニー(現在のものは1973年制定)やキヤノン(1956年制定)ばかりにスポットが当てられる。だが、実はダイハツとスズキも日本が誇れるVI例だと思っている。実際、スズキのSマークと青いラインは欧州の街道のどこでも、一発でそれと判別できる。
そのような思いを巡らせながら、ルイージ支配人のルノーショールームを散策していたら、片隅に写真のブースが設営されていることに気づいた。樹脂製ボードに昔ながらの三角形のフォトコーナーでスナップが貼り付けられている。
近づいて見てみたら、1980年代初頭の発表展示会の光景であった。特に説明はないが、若かりし日の自分や家族の写真を見つけたら、漏れなく分けてもらえるらしい。スタッフの多くも、お客さんと長年の知己だから、誰が写っていて誰がもらっていったか大抵わかる。
人気企画らしく、すでに何枚もの写真が消えている。PA機器の前に座る若者のスナップがあるので、もしやと思って聞けば、若き日のルイージ氏であった。意図したのかどうかは聞き忘れたが、これは顧客とセールスマンにとって格好の会話の糸口になる。
デザイナーやコンセプターが気取ったVIで店を装っても、実はこうした昔の小学校の作品展のような、ほのぼのムードが店を活気づけているのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ルノー、ヒュンダイ・モーター、ルイージ・カザーリ アーカイブ/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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