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泡と消えた世界最大の自動車グループ誕生
FCAとルノーが奏でた経営統合“狂想曲”の裏側

2019.06.09 デイリーコラム 桃田 健史

狙いはルノーよりむしろ日産?

2019年6月6日、FCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)は、ルノーに対する経営統合の提案を、取り下げたと発表した。前日に行われたルノーの取締役会において、承認が得られなかったことを受けたもので、これにより1500万台規模ともいわれた世界最大の自動車グループは、幻と消えることとなった。

FCAの発表を見ると、「ルノーの筆頭株主であるフランス政府の過度な要求に嫌気が差した」と言いたいようだが、業界内では企業風土があまりに違う両社の統合に「そもそも無理があったのでは?」という声も聞こえている。

確かに、“フィアット宗主家”の支配の強いFCAと、官営企業的側面を持つルノーとの間には、大きな隔たりがある。ではなぜ、そもそもFCAはルノーに経営統合を持ちかけたのだろうか。今回の騒動の背景にある自動車産業の現状を、あらためて読み解いてみたい。

まずはグローバル市場における勢力図である。FCAの内情から見ていくと、フィアットは欧州市場を中心としつつ、ブラジルなど南米でもシェアが高い。またクライスラー系のブランドは、ジープこそ国際展開しているものの、その他はほぼ100%が北米市場向けで、実はそこでの収益がFCAの屋台骨を支えているのだ。一方、ルノーの販売は欧州市場が主。日産は北米と中国を中心に、欧州、東南アジア、南米と、まさにグローバル展開をしており、また三菱は東南アジアで強みを持っている。

こうして見ると、統合によってFCAが得られる恩恵は明白だった。現在、大きく出遅れている中国市場に、日産の力を借りて足場を築く。グローバル戦略の観点では、むしろこれが最大の狙いではなかったのかと推察できるほどだ。かつてフィアットは、クライスラーとの経営統合を機にフィアットとアルファ・ロメオを北米に売り込んだ。今回は、中国市場でその再現をもくろんだのかもしれない。

FCAがルノーに提案した経営統合の内容は、出資比率50:50で持ち株会社をオランダに立ち上げるというものだった。この統合案に対し、仏政府は統合後も影響力を保持すべく、条件の変更を要求。FCAは仏政府からの取締役を受け入れる、新会社の本社機能をフランスに置くなどの譲歩を提示したが、その後も条件をつり上げ続ける仏政府に嫌気が差し、統合案を撤回することとなったようだ。
FCAがルノーに提案した経営統合の内容は、出資比率50:50で持ち株会社をオランダに立ち上げるというものだった。この統合案に対し、仏政府は統合後も影響力を保持すべく、条件の変更を要求。FCAは仏政府からの取締役を受け入れる、新会社の本社機能をフランスに置くなどの譲歩を提示したが、その後も条件をつり上げ続ける仏政府に嫌気が差し、統合案を撤回することとなったようだ。拡大
FCAとルノー連合で、唯一まともにバッティングしている市場といえば北米。クライスラーのお膝元であり、日産にとっても中国と並ぶ最重要マーケットである。ちなみに、日産とクライスラーは過去に業務提携を結んでいたことがあったが、わずか1年でご破算となった。
FCAとルノー連合で、唯一まともにバッティングしている市場といえば北米。クライスラーのお膝元であり、日産にとっても中国と並ぶ最重要マーケットである。ちなみに、日産とクライスラーは過去に業務提携を結んでいたことがあったが、わずか1年でご破算となった。拡大
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電動化に見るFCAの窮状

次に技術的な観点で見るとどうか。近年、クルマの開発・製造にかかる工数とコストは一気に上昇しており、自動車メーカーにとって新車1台あたりの粗利は減少している。コスト上昇の主な原因は、欧州などで実施されているCO2の総量規制だ。こうした規制はCAFE(企業別平均燃費)という枠組みのもとに行われ、その規制値は2021年に95g/kmとなり、その後も段階的に厳しくなる。

ここまでくると内燃機関の改良だけで対応するのはほぼ不可能で、必然的に電動化技術にその策を求めることとなる。ここ数年で電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)の開発が欧州で盛んになったのは、そのためだ。当然のことながら、車両開発にかかる費用や、サプライヤーに支払う部品代は増える。さらに、中国のNEV法(新エネルギー車規制法)に代表される次世代車の販売義務付けも、製造コストを押し上げる方向に作用している。

こうした現状を前に、FCAの実情は“徒手空拳”に等しい。クライスラーはかつてダイムラーやBMWと電動化技術の協業体制を敷いていたが、2008年の経営破たん後、独自の将来構想は霧散してしまった。FCAとしては、ルノーに連なる日産や三菱の電動化技術が欲しかったはずだ。

もうひとつのコスト増の要因が、コネクティビティー、ADAS(高度運転支援システム)、そして自動運転といった新技術の普及に伴う、電子デバイスの増加だ。この分野では、まだCO2排出量や燃費などに見られるような、強制力がある規制は少ない。しかし、次世代通信の5Gが本格普及する2020年代の前半から中盤には、高い演算能力を持つ制御システムや、画像認識などのセンサーを車載することが必要不可欠となるだろう。

この点では、FCAとルノー連合が共同で半導体メーカーなどに発注をかけることで、コストダウンが見込めたはずだ。クルマが複雑化すればするほど、年間1500万台というマスは見過ごせない力を示すようになっていただろう。

米国のカリフォルニア州とオレゴン州でのみ限定販売されている電気自動車「フィアット500e」。走行可能距離はEPA計測で84マイル(約135km)とされている。
米国のカリフォルニア州とオレゴン州でのみ限定販売されている電気自動車「フィアット500e」。走行可能距離はEPA計測で84マイル(約135km)とされている。拡大

容赦のないヨーロッパ勢の勢力争い

最後にもうひとつ、FCAがルノーに統合をもちかけ、ルノーがそれを門前払いしなかった理由について考えたい。

あらためて欧州におけるプレーヤーを整理してみると、ドイツに“ジャーマン3(ダイムラー、BMW、フォルクスワーゲングループ)”、フランスにルノーとPSA(含む独オペル)、そしてイタリアにFCAという図式だ。そして、先に説明したパワートレインの電動化や各種電子デバイスの分野において、ジャーマン3はここ数年で急速に協力関係を深めている。しかもフォルクスワーゲングループは、フォルクスワーゲン、アウディ、ポルシェ、ベントレー、ランボルギーニはもちろん、低価格車が中心となるスペインのセアトやチェコのシュコダも含め、多ブランドで一斉に“EVシフト”を進めている。同じ欧州を拠点とするフィアットとルノーにとって、ドイツ勢への、特にフォルクスワーゲングループへの対抗策は必須であり、今回の統合提案はあってしかるべき選択肢だったのだ。両社の統合はPSAが行き場を失うことも意味していたが、将来的には彼らも、FCAとの融合を模索していたかもしれない。

現時点でも、欧州ではジャーマン3の結託に伊・仏の3社が危機感を募らせている現状に変わりはない。北米でデトロイト3(ゼネラルモーターズ、フォード、FCA)が手を取り合う気配はないものの、日本ではトヨタをハブとした緩やかな協力関係の構築が進行しており、また世界最大市場の中国でも、マーケットの開放にともない、地場メーカーの合従連衡が加速することだろう。

FCAによるルノーへの経営統合の提案は、そうした大きな流れにつながる、ひとつの支流だった。今回、両社の統合はならなかったものの、こうした状況が解消されたわけではない。FCAもルノーも、次の一手を打つ必要にかられているはずだ。

(文=桃田健史/写真=FCA、フォルクスワーゲン、ルノー/編集=堀田剛資)

フォルクスワーゲンが、2019年末の生産開始、2020年半ばの納車開始を予定している新型電気自動車「ID.3」。2019年5月8日の先行予約受け付け開始からわずか1週間で、1万5000件の受注を集めたという。
フォルクスワーゲンが、2019年末の生産開始、2020年半ばの納車開始を予定している新型電気自動車「ID.3」。2019年5月8日の先行予約受け付け開始からわずか1週間で、1万5000件の受注を集めたという。拡大
桃田 健史

桃田 健史

東京生まれ横浜育ち米テキサス州在住。 大学の専攻は機械工学。インディ500 、NASCAR 、 パイクスピークなどのアメリカンレースにドライバーとしての参戦経験を持つ。 現在、日本テレビのIRL番組ピットリポーター、 NASCAR番組解説などを務める。スポーツ新聞、自動車雑誌にも寄稿中。

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