第609回:反則キップは海を渡って日本にまで!?
イタリアの車両進入禁止地域にご用心
2019.06.21
マッキナ あらモーダ!
「進入禁止」というイタリア名物
「大矢サン、いつか書いてくださいよ!」
少し前に『webCG』編集部を訪ねたとき、編集者氏が荒い鼻息とともに憤慨していた。
聞けば、レンタカーを使ってイタリア旅行をした際の出来事だという。「イタリアの街には進入禁止ゾーンがあるが、さまざまな都市でそうしたゾーンにうっかり入ってしまった。『後日、違反者を追跡して反則金の請求が日本までくる』と聞いた」というのである。
彼がはまった“ワナ”は、「ZTL(ゾーナ・トラフィコ・リミタート=交通規制区域)」と呼ばれるものである。歴史的旧市街への一般車の進入を規制することで、歩行者や住民に快適な生活環境を提供するのが目的だ。
今日イタリア以外のヨーロッパ各国でも同様の規制を見ることができる。だが、その数ではイタリアが突出して多い。やや古い2013年のデータになるが、導入都市数はイタリアが103、ドイツが43、オランダが14、イギリスが13、フランスが6である(参考データ:Alix Partners)。
この編集者氏の叫びは、自らに次ぐ悲劇を生まないために、ぜひ筆者にZTLについて記してほしい、ということだった。
脅迫まで行われた末に
筆者が住む人口5万3000人都市のシエナは、イタリアで最も早く旧市街にZTLを導入した都市のひとつである。
施行された経緯については、現地紙『イル・チッタディーノ』の電子版に詳しく記されている。それによると、1950年代にイタリア各都市では建築物の無秩序な拡張と交通の増加に頭を悩ませていた。自動車史的観点からすると、イタリアが戦後未曽有の活況に沸き、「フィアット600」(1955年)と「同500」(1957年)が発売された時期である。
そこでシエナ市では、郊外における住宅や新病院の建設を促進して周辺エリアに生活インフラを整備した。
いっぽうで、旧市街への新たな建物の建設を禁止した。さらに1962年には、市のランドマーク的存在である「カンポ広場」への自動車乗り入れを禁じた。続いて1965年には、旧市街への自動車乗り入れ全面禁止条例を施行したのである。
ただし、施行をめぐっては、激しい反対運動があった。当時を知る人によれば、真っ先に反対の声を上げたのは商業施設だった。客足が減ることを危惧したのだという。
前述の『イル・チッタディーノ』の記述をたどると、さらなる甚だしい混乱が記録されている。交通規制に反対するドライバーたちはホーンを鳴らしながら自動車でデモ行進を行い、市役所の電話は人々からの抗議で鳴りやまなかったという。
それを読むと、筆者が聞いた別の市民による「市長への殺害予告もあった」といった物騒な証言も信ぴょう性を帯びてくる。
戦後の市民生活が一気に向上し、自動車を所有した喜びが、ある意味暴走してしまった。そうした空気があったと筆者は考える。
シエナを含めイタリアにおけるZTL化推進は正しかった。安心して歩ける街は、この国の重要産業のひとつである観光にとってチャームポイントとなった。
いっぽうで問題も残る。自家用車の代替となる市民の足は、バスもしくはタクシーなのだが、いずれも満足のいくものではない。バス会社(大抵は自治体が筆頭株主である)の経費節減により車両の維持管理が年々おろそかになっている。そのため車両が炎上する事故が後を絶たない。また、労働組合が強いため、大都市を除き深夜・早朝のバスがなかなか運行できない。
タクシーに至っては、ライセンスを持つ既存ドライバーの圧力により認可台数が増やせない。例として、シエナではその台数が五十数台にとどまる。人口約1000人に1台しかないことになる。
ゲートがない!
話をZTLに戻そう。交通規制区域内への進入は、タクシー以外にも、救急車や霊きゅう車、ハンディキャップのある人向けの車両といった公共性の高いものに加え、商業施設における荷物の積み降ろしも許可されている。
また多くの都市では、域内に住む市民も条件付きで通行と駐車が許可されている。その場合、市役所に申請・登録し、所定の料金を払う。シエナの場合、クルマの全長で月額が違っていて、3.8mまでが9ユーロ、4.3mまでが11ユーロ、4.8mまでが12ユーロとなっている。
以前はフロントウィンドウに掲げて住民であることを示す紙製の証書が発行されていたが、現在多くの都市では、申請した市民にイタリア版ETCとでもいうべき「テレパス」というデバイスを貸与している。
小さな自治体では、日本の一部車両進入禁止エリアでも見られるようなポールが設置されていて、近づいた車両のテレパスを感知すると自動的に昇降する。
しかし、シエナのような中規模都市になると許可車両の交通量が多く、ポールの昇降を待っていては渋滞が起きてしまう。そこでゲートを設置しない代わりにカメラでナンバープレートを読み込んで、テレパスがない車両をチェックしている。そのため冒頭の編集者氏のように、うっかり進入してしまう「一寸先は闇」状態が起きるのである。
現行の道路交通法では、反則金は80ユーロ(約9800円)から355ユーロ(約4万3000円)である。通知を受け取ってから5日以内に納付すると、30%の割引がある(他にも細則あり)。ただし、これはイタリア国内在住者ならともかく、海外在住者は通知の受領までに時間を要する。したがって、あまり期待しないほうがいいだろう。
実際レンタカー会社での対応はどうか。エイビス・レンタカーの日本総代理店であるオーバーシーズ・トラベルに確認した。2019年6月に得た回答を要約すると以下のようになる。
- 弊社の関わるレンタカー車両で進入禁止区域などへの乗り入れがあった場合、現地交通局・警察等からの要請により、利用記録から契約者を特定する。
- エイビスより事務手数料として所定の金額を契約時のクレジットカードに請求する(イタリアの場合は約50ユーロ)。
- 反則金に関しては現地交通局・警察からの手紙が顧客の元に届くので、書面に記載されている方法にて顧客本人が支払う。
- 違反内容は個人情報となるため、エイビスではそれを把握したり、支払いを代行したりすることはできない。
イタリアでは「誤進入による反則金が、自治体にとってかなりの収入である」というのは事実のようだ。例として、サーキットで有名なモンツァでは、2015年7月から12月に55万ユーロ(約6700万円)もの反則金が市の収入となった。ただし、この街の場合、反則通知を作成する外部委託先に47万5000ユーロ(約5790万円)を支払ってしまったというオチもあった。
いっぽうで、マイカーでイタリア旅行中にZTL誤進入ではなく駐車違反をしたスイスからの知人などは、ワイパーに挟まれていた反則切符を見つけた途端、筆者の眼前で破って捨てた。彼自身の経験では「スイスまで追跡されたことは一度もない」らしい。
それはともかく、どのようにすれば、ZTLに入ってしまうことを防げるのか?
これで悲劇は防げる
誤進入を防ぐためのその1は「古い市壁が見えたら、ZTLがまもなく始まる」と思うことだ。
ただし、すべての都市で市壁が残っているわけではない。だからその2は、写真で例示したような赤い丸が記された「ヨーロッパ式通行止め標識」にひたすら注意することである。標識の近くにカメラらしきものが設置されていたら、ZTLであることはほぼ間違いない。
その3は、カーナビを参考にすることだ。近づくと警告してくれる便利な機種が少なくない。レンタカーの場合、もちろん別途料金がかかるが、反則金とそれにまつわる手間を考えれば高くない。だが都市によっては、進入禁止エリアが変更されている場合があるので、マップをアップデートしているかどうかが重要になる。
その4として、ZTL内のホテルに宿泊する場合は、飛び込みではなく、事前に予約しておくことだ。そしてクルマで向かうことを先方に連絡しておくのが望ましい。そうすれば、ゲストであることを示す出力用ドキュメントをメール添付で送ってくれたり、市警察に連絡しておいてくれたりする。
ちなみに夏の間、イタリア各地では「中世祭り」などと題したフェスタが頻繁に行われる。市壁の中がその会場だ。期間中、門には「税関」と称して、写真Aのような見張りが立つ。
彼らが毎日立っていてくれれば、編集者氏のような悲劇は起こらなかったはずである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。