第621回:“エレキの世界”で出会った熱い人々
大矢アキオ、家電見本市「IFA 2019」を初取材!
2019.09.13
マッキナ あらモーダ!
プレスデーなのに熱烈工事中
イタリアに住む筆者に秋の到来を感じさせるものといえば、ドイツにおける9月のイベントである。具体的にはデュッセルドルフのキャラバン・サロンやフランクフルトモーターショー(IAA)だ。
まだ夏の余韻が残るイタリアからアルプスを越えると、かの地ではぐっと気温が下がっている。そのたびに現地のディスカウント衣料品店に飛び込んで厚手の服を調達し、イタリア風・伊達(だて)の薄着の上に羽織る。毎回その繰り返しだ。自分の学習能力のなさに、あらためて情けなくなる。そしてイタリアに戻ると、悲しいかな夏が終わっているというのも恒例だ。
「なにごとも惰性で続けるのはよくない。新しいことをやろう」と考えた筆者は、2019年をリセットの年と位置づけて、なるべく自動車ショーの取材を欠席してきた。2013年から通い続けてきたIAAも休むことにした。
代わりに取材対象として臨むことにしたのは、ベルリンの「国際コンシューマー・エレクトロニクス展(IFA)」である。毎年開催の家電見本市だ。
同様のイベントとしてラスベガスの「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)」や、バルセロナの「モバイル・ワールド・コングレス(MWC)」を取材した経験のある筆者だが、IFAの歴史にそそられた。
第1回は、なんとワイマール共和政時代の1924年にさかのぼる。初期の名称は「大ドイツ・ラジオ展」であった。大日本、大英……と、名称に「大」をつけた時代である。
1930年には、かのアルベルト・アインシュタインが開会演説を行っている。参考までに、メッセ会場内に立つラジオ送信塔(フンクトゥルム)は、1926年の第3回大ドイツ・ラジオ展に合わせてこけら落としが行われたもので、なんと1989年まで実際の放送に用いられていたという。
総展示面積約16万1000平方メートルは、CES(約23万2000平方メートル)よりも少ない。だが、2017年の東京モーターショーの会場内面積(8万9660平方メートル)の1.79倍である。さらに、パビリオン間が離れているので、歩き回るにはかなりの体力を要する。
しかしながら驚いたのは2019年9月4日と5日の両日に開催されたプレスデーである。プレスカンファレンスを開催する大手を除いた大半の出展者は、その日もブース設営にいそしんでいたのだ。
会場内はどこもフォークリフト用パレットが発する木材の匂いと、金づちのトンカンという音、電気ドリルのうなり音に包まれている。通路のレッドカーペット上には保護ビニールが敷かれ、造作物の切れ端が散らばっているので、歩きにくいことこの上ない。
カンファレンスを実施する大きなメーカーも、開催時刻までパビリオンは完全に入場禁止だ。さまざまなブースで聞いたところによると、1週間前から数日前に搬入・設営が開始されたという。数週間前から搬入・設営している自動車ショーとは違う。
CESやMWCとは異なり、一般公開日を設けていることも、このプレスデーの解釈の違いをブーストさせているに違いない。
うわさの折り畳みスマートフォンに触るまで30分
主催者によると、2019年の世界家電市場の規模は1兆0110億ユーロ(約119兆円)で、前年から増減なしだという。中国市場が足を引っ張ったぶんを、他のアジア新興市場が補ったかたちだ。
今回のスターのひとつは、サムスンが発表した折り畳みスマートフォン「ギャラクシー フォールド5G」であった。同機の4G LTEバージョンは2019年春に発表されて以来、その高い革新性もさることながら、各種不具合発生による発売延期もあって話題を振りまいた。だが、今回は5G通信規格に対応してのリリースである。2019年9月6日の韓国に続き、18日からは英国、フランスなどの4カ国でも発売される予定だ。サムスンの英国法人が発表した同国での価格は1900ポンド(約25万円)である。
実機を手にしてみる。デモンストレーターが渡してくれると、筆者の手には276gという重量がずっしりときた。それと同時に、あくまで感覚的なものにすぎないが、「iPhone」ユーザーである筆者にとって、指先で感じるコーナーの三次元処理が、どこかよそよそしい。
しかしケース外側の細長い画面に投影した地図アプリが、開いた瞬間に内側の7.3インチフレックスディスプレイに引き継がれるのは、ちょっとしたマジック感覚である。
「3GS」からiPhoneを愛用してきた筆者が、なじみのないフォントに目をつぶってでも「ギャラクシーいいかも」と初めて心揺らいだ。
それにしてもーー事前登録をしていなかったこともあるがーーサムスンのプレゼンテーションに参加するのには1時間半待たされた。さらにギャラクシー フォールド5Gの実機に触れるための列に30分。言っておくが、一般公開日ではない。プレスデーである。そこに渦巻いていたのは、モーターショーにはない熱気だ。
ドローンは落ちるほど学ぶ
イノベーションを特集したコーナー「IFA NEXT」では、このイベントで初めてのテーマ国として日本が設定されていた。それに呼応して、経済産業省のブースにはスタートアップ企業20社が出展した。
そのひとつであるカーティべーターは、空飛ぶクルマの商品化を目指す企業で、今回は開発中の製品「SkyDrive 2020」のスケールモデルを展示した。2020年にデモフライト、2023年に有人機の販売開始を予定している。トヨタグループの主要企業各社がスポンサーとなっているのも特色だ。
ドローン関連のもうひとつの企業はエアロネクスト。こちらは、機体バランスの安定を実現する技術「4D GRAVITY」をアピールした。
飛行部と搭載部を物理的に切り離し、両者をジンバル(動画撮影を安定させる装置に似た回転台)で結合する。それによって4つのローターの負荷が安定し、ひいては耐久性が向上する。
ローターが1つでも止まると墜落してしまうドローンにとって、それは大きな福音だ。また、配送用途に使う場合、つり下げる内容物の重心が変化しても、ドローンの姿勢が影響を受けないのもポイントである。今回は、ヨーロッパにおける、この技術を用いたドローンの可能性を探りたいという。
ところで、会場ではある日本のドローン関係者が興味深い話をしてくれた。その内容は、研究開発を日本ではなく中国で行うことの意義であった。中国はドローンに関する規制が日本よりも緩い。もちろん墜落することもあるが、彼らは「落ちた回数だけ蓄積データが増えていく」という思考なのだという。
クルマの自動運転に関してもいえるが、技術革新において、人間の安全は必ず直面する問題である。
しかしながら、危険を最小限に抑えながら、失敗を恐れずに研究できる環境を政府・自治体が示せば、技術的挑戦は活発となる。まさに今の日本やヨーロッパに欠如している部分だ。
熱い思いはスペックに勝る
パナソニックやソニーは、いずれもパビリオン一館を占有して新製品を展開した。
新型スマートフォン「エクスペリア5」を発表したソニーは、その一角でシグネチャーシリーズの新商品であるハイレゾリューションオーディオ対応スピーカー「SA-Z1」を公開した。ケーブル1本で接続したPCや「ウォークマン」、そしてスマートフォンの音源を高度な音質で再現できるのがセリングポイントだ。
リスニングルームに入ると、先に訪れたジャーナリストが目を閉じて聴き入っていた。
再生されていたのは、ドイツのバイオリニスト、アンネ=ゾフィー・ムターがジョン・ウィリアムスの作品を演奏したアルバムだ。彼女が弦に、弓でどの程度の圧力をかけて弾いているかが如実に伝わってくる。
開発を担当したシニアアコースティックマネジャーの加来欣志氏に会うことができた。日本でオーディオは、高価格になるほど海外ブランドの存在感が強くなる。そうした中、ソニーはどのようなプロダクトを目指すのか?
スピーカーエンジニアである加来氏の口からは「剛性」「指向特性」といった言葉が出るかと思いきや、「コンサートホールでしか聞こえない、観客のきぬ擦れやプログラムをめくる音といった、レコーディングエンジニアがカットしてしまいがちな音まで再生したい」という、繊細な答えが返ってきた。そして「それらを実現することによって『ああ、あのときに生で聴いた演奏会は最高だった』とユーザーが思える製品を目指したい」と語ってくれた。
聞けば、御本人はコンサートをこよなく愛し、今回の出張中もベルリンフィルハーモニーのコンサートホールで3本の演奏会を鑑賞するのだと教えてくれた。
今やソプラノ歌手の大御所であるアンナ・ネトレプコについては「サインくださいと頼むと、気軽に応じてくれた頃」からのファンであるという。つくり手のプライベートなバックグラウンドと音楽愛は、どんなスペックやプレゼンテーションにも勝る説得力がある。
スマートスピーカー界のジープ!?
主催者によると、2019年のスマートスピーカー出荷台数は、前年比で53%増の8130万台に達するとみられている。
そのスマートスピーカーに関して、ここ1~2年世界各地の空港や機内誌でたびたび目にし、インターネットラジオの対応機種案内などで耳にするブランドといえばSonos(ソノス)である。日本でもデザイン家電を扱う店で、同社のスマートスピーカー「Sonos One」を目にした読者もいると思う。
米カリフォルニア州サンタバーバラを本拠とするこの若いメーカーからの案内状によると、同社の新製品発表会場は、IFAとは別の場所だ。
実際に訪ねてみると、川の中州にある森だった。なぜこのような場所で? という疑問はイベントが始まると解消した。
新製品「Sonos Move」は、同社初の屋外用充電式スマートスピーカーである。ガーデンパーティーなど、屋外での使用を提案している。そのため、最初はリビングを模した屋内で、続いて森の一角である屋外でプレゼンテーションが行われた。
重量は、空のトロリー型スーツケースとほぼ同じ3kgだ。スマートスピーカーという既成概念のもとに持ち上げてみると「軽々」という感じではない。視覚的にもそれなりの塊感がある。
ただし、アメリカ風の広い庭でのバーベキューといったシーンや、ピックアップトラックで移動するライフスタイルの中であれば、まったく違和感がないだろう。
開発期間は2年。面白いのは、会場の一角に設営されたSonos Moveの耐久性を示すコーナーである。
解説には「驚くほどディープなベース音」と記されているが、実際に聴いてみると、一部他社のワイヤレススピーカーにみられるような、やみくもに強調された低音ではない。程よい重厚感にとどまり、常にメロディーラインを尊重する響きである。
防じん・耐水保護等級IP56に準拠するほか、-10度から55度までのテストに合格済みであるという。さらに、耐落下性能を示すコーナーもあり、一般的に使用が想定される高さからの落下であれば、まったく損傷はないそうだ。
ホットドックの屋台のごとく調味料入れが並べられていたので見てみると、アンモニアや油類、マスタード、ワイン、果ては漂白剤まで、あらゆる液体をかけてテストしたことの説明であった。
連続再生できるのは10時間。用途を考えれば十分な体力といえる。これらを知って思い出したのは、軍用のジープである。いくつかのライバルブランドのスピーカーに見られるような小手先のデザイン的遊びではなく、ヘビーデューティーさを重視するところは、いかにもアメリカ的思考だ。
一見、グローバルなプロダクトに見えても、実はしっかりとしたナショナリティーがあるところが興味深い。
ところでSonosは2019年春、家具メーカー、イケアとのコラボレーションによるWiFiスピーカーで話題を振りまいた。
クルマ好きにとって気になるのは、彼らのコンペティターがすでにチャレンジしている、カーオーディオ界への進出だ。
筆者の質問に対し、Sonosのソフトウエア開発担当副社長アントワーヌ・ルブロン氏は、「最初の15年、わが社の製品開発は、家の中に集中していた。今回初めて、Sonos Moveで製品が家を出た。Sonosの製品の目的は、どこでもリラックスして良質の音楽を聞けること。私たちは移動することに関心があり、それはエキサイティングだ。大変興味がある」と答えた。Sonosの音をクルマの中で聴く日がやってくる、かもしれない。
未知の世界で働く人と会い、同時にクルマと共通の視点に気づく。だからこそ自動車以外のショーをのぞくことは、これまた大切なことなのである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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