第627回:目指せ“大矢アキオ5.0”!? エレクトロニクスショー「CEATEC 2019」に行ってみた
2019.10.25 マッキナ あらモーダ!タクシーが通行人の服装チェック
神出鬼没のコラムニスト・大矢アキオ、今回は2019年10月15日から18日まで千葉県の幕張メッセで開催されたエレクトロニクス展示会「CEATEC 2019(シーテック2019)」に訪れてみた。
JR幕張本郷駅を降りると、一様に黒系のスーツに身を包んだ来場者が、まるでアリのように黙々と会場へ向かっていた。同じコンシューマーエレクトロニクスをテーマにしたラスベガスの「CES」やバルセロナの「MWC」、そしてベルリンの「IFA」では見られぬ光景だ。
帰り際に立ち寄ったアウトレットモールでセレクトショップの熟練店員に聞けば、「日本のテック系企業の多くは、トップの方々こそカジュアルなスタイルでブランドイメージづくりに努めています。でも一般社員の皆さんは、いまだ昔ながらの服装で臨まなければならないシチュエーションが多いのですよ」と苦笑しながら教えてくれた。
CEATECの会場内では「石英ガラスの3Dプリンター」「AIの活用による与信リスクの可視化」といった、一定の予備知識が必要なデモンストレーションが次々と展開されていた。
面食らった筆者を安心させてくれたのは、「トヨタ・ジャパンタクシー」の姿であった。早くも東京都心の風景の一部と化した、本連載の第606回でも紹介したあのタクシーである。
今回の出展者は「ジャパンタクシー株式会社」である。日本交通の川鍋一朗会長が社長を務める、次世代モビリティーを模索する企業だ。社員数は165人。すでに配信中のタクシー配車アプリ『JapanTaxi』で知られている。
今回同社は、産学連携研究の内容を披露した。例えば慶應義塾大学との共同研究の内容は、都市部にいるドライバーが遠隔操作によって、乗務員が不足している地域でのタクシー運転を行うというものだ。
現在は実験用フィールド内での検証段階という。しかし、完全自動運転タクシーが実現するまでの過渡期の一手段としては、有望な取り組みといえる。もし実現すれば、求人広告に「タクシー運転手(遠隔)急募。ご家庭でできるお仕事です」といったフレーズが現れるかもしれない。
いっぽう、彼らが最もアピールした開発中のプロジェクトは、タクシーデータの活用である。
説明員によると、タクシーは一台あたり一日平均で260km走行する。そこで、走行中のカメラ映像による画像データから数々の情報を取得する。具体的には、リアルタイムの事故・工事情報はもとより、ガソリンスタンド店頭に示されている可変料金表示、そして駐車場の空・満表示の読み取りといったものだ。
ドライバーに有用なそうした情報だけでなく、路面のひび割れをカウントして補修の指標としたり、屋外広告を検出して場所ごとの効果を検証したりということも視野に入れている。
さらに、映像によるデモでは、丸の内や渋谷の走行画像から、歩行者の服装はカジュアルが多いかフォーマルが多いか、またそれらの色の傾向までピックアップするさまが展開されていた。
そう聞くと筆者などは、奇妙なファッションで都内を徘徊(はいかい)し、ジャパンタクシーのデータを錯乱させるというイタズラを考えてしまう。同時に、イタリアで同様に路面データを取得したら、道路に空いた穴の未補修の数でデータをパンクさせてしまうのではと考えるのである。
最も身近な「Society 5.0」
イエローを基調としたブースでひときわ目立っていたのは、ソースネクストのAI通訳機「ポケトーク」であった。
現行モデルは、全74言語の中から任意の2カ国語を選ぶと、翻訳して発声および表示する。
筆者は初代モデルを家電量販店で試したことがあったが、当時は店内の雑音に阻まれただけで聞き取ってもらえず、とても使い物にはならなかった。
いっぽう現行モデルは、にぎやかなCEATECの会場でも、筆者が試した範囲ではまったく問題なく認識・翻訳した。
ところで、今回のCEATECで提唱されたテーマのひとつは「Society 5.0(ソサエティー5.0)」である。内閣府のホームページから引用すると、「狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会」だ。
具体的には「IoTですべての人とモノがつながり、さまざまな知識や情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出すことで、これらの課題や困難を克服」する社会を指す。「すべての人とモノがつながる」という意味では、ポケトークは目下、最も身近なSociety 5.0を体感できるガジェットと言えまいか。
会場にいたポケトークの開発スタッフによると、インバウンド産業が急拡大している地方部の観光施設で需要が伸びていると話す。
海外では、専用グローバルSIMを挿入することにより、100以上の国と地域で使えることをうたっている。Wi-Fi環境があれば対応エリア以外でも使用できる。
ただし筆者が住むイタリアでは、わずかに郊外に行っただけでも3G回線さえ危うくなるエリアが続出する。ビーチでは絶景の場所ほどモバイル電波は脆弱(ぜいじゃく)になる。さらに、古い館(やかた)や地下のワイン蔵では、完全に電波が遮蔽(しゃへい)されてしまうことが多々ある。
4Gのサービスが安定している東京に住んでいる人には、なかなか理解してもらえない環境なのである。イタリアの最も楽しめるシチュエーションで駆使するには、もう少しテクノロジーの進化を待つ必要があるとみた。
「キャプテンシステム」にならないために
会場には、東日本高速道路(NEXCO東日本)と中日本高速道路(NEXCO中日本)の両社も出展していた。
後者のブースでは「高齢化」と「社会インフラの老朽化」、そして「自動運転」などへの対応を強調していた。
それらに対処すべくNEXCO中日本は、ドローンとIoT、ロボットの活用を視野に入れている。例えばインフラの老朽化対策として、橋の保守点検にはドローンを、人が入り込めない配管にはロボットを活用するといったものだ。
ただし同社のストラテジーは「イノベーション交流会」と名付けた会をベースとしたものだ。企業や大学は保有技術をNEXCO中日本に提示する。そのいっぽうで同社は、ニーズの提案や実証フィールドの提供を行うというものである。
かつて旧電電公社が開発した技術のひとつに「キャプテンシステム」があったが、インターネットの登場で瞬殺されてしまった。
同様に、公社公団系の組織が手がけたものの中には、独自技術に多大な投資をした揚げ句、時代遅れになったりコスト的に使い物にならなくなってしまったりという例が数々あった。開発に携わった人の苦労を察すると複雑な思いではあるが。
そうした轍(てつ)を踏まないためにも、NEXCO中日本のようなアウトソーシングは有効であろう。
モーターショーよりも響く説明
次に訪れたのはオートバックスセブンの小さなスタンドである。
オートバックスと聞くと、タイヤと車内用芳香剤の双方が入り交じった店内の香りが脳裏によみがえる筆者だが、今回は趣が違っていた。
彼らが展示していたのは「クルマ×IoTによる運転見守りサービス」である。3G通信モジュールとみちびき対応GPS、そして加速度センサーを内蔵した手のひらサイズのデバイスによって、外出時の位置情報や移動情報を家族に提供するというものだ。さらに、事故が発生した場合にはコールセンターからドライバーに電話。状況に応じて救急車の手配や警察への連絡をすることも予定している。
デバイスの本体価格1万9800円+初期登録費用3000円に加え、月額980円の利用料(いずれも税抜き)が必要だ。しかし、高級車のメーカーオプションであったような機能が、こうした価格で手に入るところに驚きを禁じ得ない。
解説してくれたICT商品部の柳川詩帆氏によると、OEMではなく自社開発商品であるという。
「私の祖父が地方で乗る軽トラにも、もちろん装着できます。日ごろの祖父の移動エリアを設定しておけば、エリアを離れた場合、東京で働く私のスマートフォンに即座にアラートが届きます」と笑顔を見せた。
モーターショーにおける「新型はブランドのデザインランゲージを継承しながら、スタイルはさらにワイド&ローに……」というような聞き飽きたフレーズと比べ、なんとリアリティーに富み、説得力のある商品説明であろうか。
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高齢タクシードライバーのために
タクシーに話を戻せば、もうひとつ興味深い展示を発見した。東京のトライプロという企業が展示した、認知機能チェック&トレーニング用システム「CFトレーナー」である。
高齢タクシー乗務員の「事故リスク早期発見」と「日々のトレーニング」を目指し、毎日乗務前テストを課す取り組みという。開発には、産業医の監修を得ている。
タッチパネル式のディスプレイが設置されているので、さぞ高価なシステムではないか? ただでさえコスト削減を迫られているタクシー業界にはつらいだろうと思いきや、ディスプレイはデモ用だった。事実上、アプリ&ソフトウエアのみで構成されているので、乗務員がタッチするAndroidタブレットと、インターネット接続可能な管理者用のWindows PCがあれば完結する。十分導入がしやすい価格を実現できるという。
メーカーによれば、日本ではタクシー乗務員の高齢化が進行しており、ドライバーの4人に1人が65歳以上であるという。いっぽうで彼らが引用する内閣府の調査によれば、65歳以上の15%に認知症の可能性があるとされる。いずれもなかなか深刻な数字だ。
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もはや筆者も運転する資格ナシ!?
歴史をさかのぼれば、CEATECの前身のひとつに「エレクトロニクスショー」があった。1980年代中盤、高校生だった筆者は東京・晴海で開催されたそのイベントを訪れ、産業用ロボットの繊細な動きに感動したものだ。90年代末には「ユビキタス」というワードとともに、多くの出展者はデバイスがより小型化することを予言し、それは見事に的中した。
ここまで述べてきたように、今年2019年のCEATECでは高齢化社会に適応するための提案が目立った。このイベントは、そのときどきの日本をモーターショー以上に映し出している。
参考までに、イタリアをはじめとした西ヨーロッパ各地域では目下のところ、高齢タクシードライバーの問題は顕在化していない。現地で利用した方ならおわかりだと思うが、若い移民がそうした旅客輸送を支えているのである。
日本でもタクシー乗務員に外国人が増えるかどうかは、今後の移民政策と外国人労働者政策次第だ。
しかし車内のAI通訳機を通じて彼らとのコミュニケーションが成立すれば、ドライバーに求められる日本語能力はかなり下がり、人材不足はより早く解決するだろう。
そうしたことを考えていたところ、「ぜひやってみてください」というスタッフの勧めで、筆者も前述の認知機能チェック&トレーニング機を試すことになった。
テストは見当識と空間認識、短期記憶、注意力、計画力・遂行認識、自己抑制の6項目で構成されている。
同じ図形を別角度から見たものはどれかとか、2日前は何曜日? といったものや、直前に見た写真に写っていた内容で正しいものを当てる、といった問題が次々とディスプレイに現れる。所要時間はテスト全体で1分だ。
間もなく「50点中15点」という、自分でも目を覆いたくなるような結果がはじき出された。
もし筆者がタクシードライバーなら今日の乗務は中止、いや解雇に違いない。
「大矢アキオ5.0」となるべく新時代のスキルを何か手に入れられるなら、旧時代のスキルの証しである運転免許証などいつ返納してもよいと思っていた筆者だが、第三者、それもアプリから宣告されると悲しくなる。
そう落胆する筆者に、スタッフは「この結果が当然なんです」と語る。テストを瞬時に理解できない1回目の点数が低いのは当然で、毎日繰り返すうちに回答が正確になり、認知機能も鍛えられていくのだという。
ああ驚いた。体に悪いなあ、もう。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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