第631回:乗り物好き目線で書いて撮って! 大矢アキオによる“マニアックな”パリの歩き方
2019.11.22 マッキナ あらモーダ!地下鉄全線から水上バスまで
私・大矢アキオの新著『メトロとトランでパリめぐり』が、2019年10月末にコスミック出版から発売された。「なぜイタリア在住の大矢サンがフランス?」という疑問もあると思うので説明しておくと、2017年からNHKラジオのフランス語講座『まいにちフランス語』のテキストで巻頭カラー連載を続けているからである。今回の本は過去2年分の執筆・撮影記事をまとめ、大幅な加筆修正をしたものだ。
セーヌ左岸の安アパルタマン(アパート)にたびたび滞在しながら、パリ地下鉄全14路線に揺られつつ思いをつづり、シャッターを切り続けた。加えて、近郊を結ぶ鉄道や市電、ケーブルカー、さらに水上バスにも乗っている。
夕方からはポンピドゥー・センター図書館の地べたに座りこんで参考資料をあさりながら、執筆を続けた。
パリ地下鉄に乗車する際に役立つ、基本的なインフォメーションも取り上げた。例えば、ローラーをぐるぐる回して画面を切り替える自動券売機だ。ユニークな操作方法だが、やり方を知らぬ人にもこれを強制するところは、ターンシグナルスイッチが自動で戻らなかった頃のシトロエンに通じる。
珍スポットに 地下鉄の面白事象に
紹介するスポットについては、従来のガイドブックでは取り上げられない、もしくは後回しにされがちな場所をあえて選択してみた。厳重なセキュリティーチェックののちに入場するパリ警察博物館や墓標にキスマークが残るセルジュ・ゲンズブールの墓といった場所は、その一例である。
もちろん地下鉄に乗るからには、電車や駅にまつわる、さまざまな話題にも触れている。
2019年現在、パリ地下鉄は1号線および14号線で完全自動運転が行われている。後者の14号線は最も新しい路線で、「流星」を意味する「メテオール」の愛称をもつ。「METro Est-Ouest Rapide(東西高速鉄道)」にかけたものだ。
運転席がない最前列には、計器盤を模したステッカーが貼られている。利用客のアイデアを実現したものだ。いい年になっても運転士気分に浸りたい筆者は、近くに陣取るパリの子供たちに向かって、何度心の中で「早く降りろ!」と念じたことか。
いっぽう今日も一部の駅ホームで、壁に貼り付くように設置された小さな小屋は、かつてホームの安全を守るための駅員用施設が放置されたものだ。駅によっては、地元の学校の絵画展示などに使われているのが泣かせる。
さらに、パリ地下鉄の駅名表示版などを模したグッズを売る店にも訪れて紹介した。掲載タイミングの関係で本では紹介できなかったが、店では路線図をプリントした男性用ボクサー下着まで販売している。
奥さまもうっとり
「他のガイドブックやフランス関連本にはないもの」と筆者が意気込んだわけではないのだが、完成した本を見るとクルマ好き視点からも楽しめるものになっている。
例えば地下鉄10号線ジャヴェル=アンドレ・シトロエン駅では、シトロエンにとって約束の地となった工場跡を訪ねている。その名もアンドレ・シトロエン公園だ。胸像となった彼が、自分の名前が冠されたクルマたちが周囲を走るのを眺めている。
また、西郊ポワシーにあるシムカのコレクションは、2019年現在休館中だが、近い将来再オープンする予定なのであえて掲載しておいた。そこは工場で働いていたベテランおじさんたちの集会所的な役割も果たしている。そのため解説が妙に熱い。
いずれも、短期の観光や出張で、レンタカーに乗る機会がない人でも、パリを楽しんでもらえるはずのスポットである。
30年以上前に初めて訪れて以来、語学学校時代も含めて数え切れないほど通ったパリだが、新たな驚きもあった。例えば2号線では、終点で折り返す気配が永遠にやってこない。実は、東の終点ナシオン駅では、巨大なループ状のルートを通って復路に戻る構造になっているのだった。
そうかと思えば、モンマルトルにある作曲家エリック・サティの家の前で、街路の写真を撮影していたときのことである。
できることなら、フランス車が通過するところでシャッターを押したいと待ち構えていた筆者だが、観光地だけにやって来るクルマはドイツブランド車のハイヤーやタクシーばかり。半ば諦めかけていた頃、軽快な空冷サウンドが遠くからフェードインしてきた。やがて現れたのは、「シトロエン2CV」であった。排ガス規制の影響で、パリでは絶滅危惧種となっているだけに、このショットは最後かもしれない。
クルマ好き・乗り物好きでも楽しめる、ユニークなパリ指南。加えて、チョコレート博物館やあの文豪バルザックが借金取りから身をくらますために逃げ込んだワイン博物館、生地問屋街、さらにはモスク併設喫茶店など、同伴する奥さまやパートナーもうっとりするスポット(個人差があります)も押さえている。
ぜひ書店さんで手に取ってレジにダッシュorネット書店で勢いよくポチッてください。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第925回:やめよう! 「免許持ってないのかよ」ハラスメント 2025.8.28 イタリアでも進んでいるという、若者のクルマ&運転免許離れ。免許を持っていない彼らに対し、私たちはどう接するべきなのか? かの地に住むコラムニストの大矢アキオ氏が、「免許持ってないのかよ」とあざ笑う大人の悪習に物申す。
-
第924回:農園の初代「パンダ」に感じた、フィアットの進むべき道 2025.8.21 イタリア在住の大矢アキオが、シエナのワイナリーで元気に働く初代「フィアット・パンダ4×4」を発見。シンプルな構造とメンテナンスのしやすさから、今もかくしゃくと動き続けるその姿に、“自動車のあるべき姿”を思った。
-
第923回:エルコレ・スパーダ逝去 伝説のデザイナーの足跡を回顧する 2025.8.14 ザガートやI.DE.Aなどを渡り歩き、あまたの名車を輩出したデザイナーのエルコレ・スパーダ氏が逝去した。氏の作品を振り返るとともに、天才がセンスのおもむくままに筆を走らせられ、イタリアの量産車デザインが最後の輝きを放っていた時代に思いをはせた。
-
第922回:増殖したブランド・消えたブランド 2025年「太陽の道」の風景 2025.8.7 勢いの衰えぬ“パンディーナ”に、頭打ちの電気自動車。鮮明となりつつある、中国勢の勝ち組と負け組……。イタリア在住の大矢アキオが、アウトストラーダを往来するクルマを観察。そこから見えてきた、かの地の自動車事情をリポートする。
-
第921回:パワーユニット変更に翻弄されたクルマたち ――新型「フィアット500ハイブリッド」登場を機に 2025.7.31 電気自動車にエンジンを搭載!? 戦略の転換が生んだ新型「フィアット500ハイブリッド」は成功を得られるのか? イタリア在住の大矢アキオが、時代の都合で心臓部を置き換えた歴代車種の例を振り返り、“エンジン+MT”という逆張りな一台の未来を考察した。
-
NEW
アマゾンが自動車の開発をサポート? 深まるクルマとAIの関係性
2025.9.5デイリーコラムあのアマゾンがAI技術で自動車の開発やサービス提供をサポート? 急速なAIの進化は自動車開発の現場にどのような変化をもたらし、私たちの移動体験をどう変えていくのか? 日本の自動車メーカーの活用例も交えながら、クルマとAIの未来を考察する。 -
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」発表イベントの会場から
2025.9.4画像・写真本田技研工業は2025年9月4日、新型「プレリュード」を同年9月5日に発売すると発表した。今回のモデルは6代目にあたり、実に24年ぶりの復活となる。東京・渋谷で行われた発表イベントの様子と車両を写真で紹介する。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の登場で思い出す歴代モデルが駆け抜けた姿と時代
2025.9.4デイリーコラム24年ぶりにホンダの2ドアクーペ「プレリュード」が復活。ベテランカーマニアには懐かしく、Z世代には新鮮なその名前は、元祖デートカーの代名詞でもあった。昭和と平成の自動車史に大いなる足跡を残したプレリュードの歴史を振り返る。 -
ホンダ・プレリュード プロトタイプ(FF)【試乗記】
2025.9.4試乗記24年の時を経てついに登場した新型「ホンダ・プレリュード」。「シビック タイプR」のシャシーをショートホイールベース化し、そこに自慢の2リッターハイブリッドシステム「e:HEV」を組み合わせた2ドアクーペの走りを、クローズドコースから報告する。 -
第926回:フィアット初の電動三輪多目的車 その客を大切にせよ
2025.9.4マッキナ あらモーダ!ステランティスが新しい電動三輪車「フィアット・トリス」を発表。イタリアでデザインされ、モロッコで生産される新しいモビリティーが狙う、マーケットと顧客とは? イタリア在住の大矢アキオが、地中海の向こう側にある成長市場の重要性を語る。 -
ロータス・エメヤR(後編)
2025.9.4あの多田哲哉の自動車放談長年にわたりトヨタで車両開発に取り組んできた多田哲哉さんをして「あまりにも衝撃的な一台」といわしめる「ロータス・エメヤR」。その存在意義について、ベテランエンジニアが熱く語る。