ボルボS60 T6 Twin Engine AWDインスクリプション(4WD/8AT)
能ある鷹は爪を隠す 2019.12.03 試乗記 高い動力性能を備えながら、それを過度に主張しない上品かつ控えめなキャラクターによって独特の存在感を放つ「ボルボS60」。プラグインハイブリッドシステムを搭載した「T6 Twin Engine」に試乗し、ライバルとは一線を画すプレミアムセダンの魅力に触れた。理知的で上品なスタンス
ボルボは2017年に「XC60」、2018年に「XC40」で日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。いずれもSUVである。ハッチバックモデルである「V40」の生産終了がアナウンスされたこともあり、SUVのイメージが強くなりつつあった。そこで今、新型セダンS60を市場に問う。あえてトレンドから外れたジャンルで勝負を挑むのだから、成算があってのことだろう。
ボルボがS60のアドバンテージと考えているのは、第一にデザインである。まずは見た目で引きつけられるので、取りあえず販売店には来てもらえる。セダンユーザーなら試乗すればよさがわかるはず、という自信があるのだ。ライバルとなるのは、もちろんドイツのプレミアムセダン。ただ、ボルボ・カー・ジャパンの木村隆之社長は、「ブランドロイヤルティーの高いドイツ勢は狙わない」と話していた。国産のラージセダンからの乗り換えを狙う作戦である。
サイドから眺めてみると、伸びやかで端正なフォルムだ。先代モデルより全長が伸びて全高と全幅が縮小している。クラシックなセダンでありながら、スポーティーな匂いもみせるという絶妙な造形である。フロントマスクは“トールハンマー”をモチーフにしたヘッドランプが目を引く最近のボルボ顔。リアスタイルはちょっと新しい。トランクリッドに大きく食い込んだコンビネーションランプが、クールな印象をもたらしている。
クールさはデザイン全体を貫くテーマだ。ライバルたちが押し出しの強い迫力を演出しているのに対し、S60はあくまで落ち着いた表情を見せる。基本的に控えめで、プレミアム感を押し付けてくるようなところもない。強烈な自己主張をしたいタイプのユーザーには物足りないかもしれないが、理知的ともいえるS60のスタンスは上品さで際立っている。
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パワフルだがジェントルな走り
運転感覚も、見た目と同様に上品だ。試乗したT6 Twin Engineは最高出力253PSの2リッターツインチャージドエンジンに、34kW(前)/65kW(後)の電気モーターが組み合わされている。パワフルなプラグインハイブリッドモデルだが、走りは実にジェントルなのだ。力強さは内に秘め、慎み深くゆったりと道を行く。
発進はモーターだけを使うので、なめらかで静かなのは当然だ。スピードが上がっていくとハイブリッド走行に移行するのだが、そのタイミングがメーター内に視覚化されていた。円弧の中に伸び縮みする薄いブルーのバーが表示され、アクセル開度を示す針がその部分を超えるとエンジンが始動する。注意深く見ていると、確かにその瞬間を感知することができた。とはいえ、知らずに運転していたら気づかないレベルである。エンジンとモーターは息を合わせて協調作業を行っているようだ。
あまりにもスムーズなので、気がつかないうちに結構なスピードになっている。よくも悪くもスピード感が希薄なのだ。モーターが回っていることは音でもわかり、ハイブリッド的な走行感覚はある。ただ、「プリウス」に代表されるトヨタのハイブリッドシステムのような人工的な手触りとは異なる。
燃費向上に重点を置いた「THS II」とは、方法論が異なっているように感じられる。一部の欧州プレミアム車が採用している電気ターボ的な使い方とも違う。燃費でもハイパワーでもなく、S60のハイブリッドシステムは洗練のためにしつけられているように見える。
異彩を放つクリスタル
おとなしいようでも、いざとなれば実力を発揮する。試乗した日は休日で、山道には自転車乗りやハイキング客が多かった。対向車に気をつけながら追い抜かなければならないが、強烈な瞬発力のおかげで安心して走ることができたのはありがたい。センターコンソールに設けられたロータリー型コントローラーを使い、ドライブモードで「パワー」を選べばパワーユニットの出力をフルに発揮する。
高速道路でACCを使って巡航すると、先行車と一定の距離を保ったまま走ることになる。威圧感のあるいかつい顔つきの大型SUVに乗っていると、こちらにその気がなくとも道を譲られてしまうことがあるが、S60ではそういうことは一度もなかった。クルマのキャラクターが、ビジュアルを通して伝わるのだろう。
運転している人間にも、S60はジェントルな雰囲気を伝えてくる。インテリアはやはり控えめで、上質ではあるが押し付けがましいゴージャス感はない。配色は地味な組み合わせで、大人びた室内空間を演出している。
その中で、ひときわ異彩を放っているのが、クリスタルのシフトセレクターだ。「T4」や「T5」は通常の革巻きなので、上級グレード専用の装備である。昭和の時代に透明なシフトノブが流行したことがあり、よく水中花を埋め込んでいた。ひとまわりして復活した意匠は、レトロ趣味ではなくて最新のスカンジナビアデザインである。
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高いダイナミック性能を秘める
高速巡航は平和そのもの。どんなシチュエーションでも走行モードは「ハイブリッド」で十分だ。機能が強化された「インテリセーフ」はS60の全車に標準装備されている。安全性の高さは折り紙付きであり、ボルボオーナーは安心して穏健な移動にくつろげることだろう。
安全運転は好ましいことだが、S60は高いダイナミック性能も備えている。公道試乗の前にサーキットを走る機会があり、ハイスピード走行を試した。ハードなブレーキングからの急加速をエレガントにこなし、パイロンスラロームも難なくクリア。能ある鷹(たか)は爪を隠している。
バッテリー残量が十分なら、モーターだけで走行することもできるが、容量は多くはないので、EV走行で行けるのは近所の買い物ぐらいだろう。普通に走行している限り、充電量はあまり増加しなかった。充電器を備えたガレージがなければ、このクルマの能力をフルに引き出すことは難しい。深夜の帰宅などでどうしてもEV走行が必要ならば、「チャージモード」で充電量を最大化することもできる。
「家族の安全だけでなく、他人の安全を思いやれる人。デザインの革新とは何かを知っている人。環境問題を憂慮するだけでなく、行動する人。ボルボに乗る人とは、そういう人だ」
これは、S60のテレビCMで語られている言葉である。最初聞いた時は鼻持ちならないと感じてしまったが、おそらくこれはボルボオーナーを正確に描写した文章なのだ。木村社長がドイツ勢は狙わないと明言していたのは、たぶん正しい判断なのだろう。同じプレミアムセダンというカテゴリーでも、S60はまったく方向性の異なるクルマなのだ。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
ボルボS60 T6 Twin Engine AWDインスクリプション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4760×1850×1435mm
ホイールベース:2780mm
車重:2030kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ+スーパーチャージャー
フロントモーター:交流同期電動機
リアモーター:交流同期電動機
トランスミッション:8段AT
エンジン最高出力:253PS(186kW)/5500rpm
エンジン最大トルク:350N・m(35.7kgf・m)/1700-5000rpm
フロントモーター最高出力:46PS(34kW)/2500rpm
フロントモーター最大トルク:160N・m(16.3kgf・m)/0-2500rpm
リアモーター最高出力:87PS(65kW)/7000rpm
リアモーター最大トルク:240N・m(24.5kgf・m)/0-3000rpm
タイヤ:(前)235/40R19 96W XL/(後)235/40R19 96W XL(コンチネンタル・プレミアムコンタクト6)
ハイブリッド燃料消費率:13.7km/リッター(WLTCモード)
価格:779万円/テスト車=877万円
オプション装備:ボディーカラー<クリスタルホワイトパール>(12万円)/プラスパッケージ<チルトアップ機構付き電動パノラマアガラスサンルーフ+ステアリングホイールヒーター+リアシートヒーター+テイラードダッシュボード[人工皮革仕上げ]+アルミホイール[19インチ 5ダブルスポーク 8.0J×19 ダイヤモンドカット/ブラック]>(41万円)/ドライビングモード選択式FOUR-Cアクティブパフォーマンスシャシー(12万円)/Bowers&Wilkinsプレミアムサウンド・オーディオシステム<1100W、15スピーカー>サブウーファー付き(33万円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:1386km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(7)/山岳路(0)
テスト距離:667.8km
使用燃料:55.2リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:12.1km/リッター(満タン法)/12.0km/リッター(車載燃費計計測値)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。