第633回:ハイエンドオーディオの恐るべき世界 大矢アキオ、お値段5000万円のアナログプレーヤーを聴く!
2019.12.06 マッキナ あらモーダ!アメ車のV8サウンドまでリアル
読者の中には、青春時代にオーディオに情熱を傾けていた方が少なくないと思う。そこで今回は、筆者が2019年11月の東京出張中に出会ったオーディオについて、時折クルマ好き的視点と絡めながらお話ししよう。
まずは2019年11月14日夜に催された、一風変わった映画上映イベントである。
カリフォルニアのサンタバーバラに本拠を置くスマートサウンドシステム会社、ソノスがホストとなったものだ。バークリー音楽大学卒のキーボーディストKan Sano(カン・サノ)氏とともに、彼がセレクトした映画を楽しもうという企画である。
場所もユニークだった。東京・表参道にあるデンマーク発の家具ブランド、HAY(ヘイ)の閉店後のショールームを、ホームシアター空間に見立てた。
訪れてみると、来場者の大半はサノ氏のファンである若い女性であった。
上映されたのは、デヴィッド・リンチ監督による『ツイン・ピークス ローラ・パーラー最期の7日間』であった。アメリカ北西部の街ツイン・ピークスを舞台に、女子高校生ローラ・パーラーが殺されるまでの7日間を描いた1992年の作品だ。
サノ氏は自身のセレクトについて「めちゃくちゃ暗い映画」と自虐的(?)に紹介し、相方を務めた音楽評論家の柳楽光隆氏も「ダークでクレイジーな映画」と評した。
音の広がりが劇的なので特製のPA設備かと思いきや、実は合計20台以上で構成されたソノス製スマートサウンドシステムによるものだった。サブウーファーこそ、そこそこの存在感はあるものの、驚くべきことにシステムを構成するほとんどがコンパクトなスマートスピーカーであった。拡張性豊かでありながら、セッティングは簡単というソノスの真骨頂だ。
それも家具ブランドのショールームという、音響条件が決してよくない場所である。鑑賞者のポジションがかなりラフでも、一定の音質が確保されるのも素晴らしい。
上映後、サノ氏は劇中の怪しい酒場のシーンにおいて、ガヤガヤとした大音量の中で展開される会話シーンがリアルに再現されていることを指摘。またエンディング後、筆者に「すべての音域がきれいに出るのがソノス」と評した。
筆者自身が感激したのは、劇中で捜査官が乗るアメリカ車の走行シーンだ。ボロボロボロという野太くうなるV8 OHVサウンドは、ストーリーの中で重要なものではないし、クリエイターさえ意識したかしないかわからない。しかし、そうした隠し味ともいえるサウンドを的確に表現するところに、さりげないデザインに秘められたソノスの底力を見た。
アナログずくめ!
数日後に赴いたのは、2019年11月22日から24日まで東京国際フォーラムで開催された「2019東京インターナショナルオーディオショウ」である。
世界のハイエンドオーディオを特集する毎年開催のイベントで、第37回を迎えた今回は全33社が、25の国と地域で展開している202ブランドの製品を持ち込んだ。それでいながら入場無料という寛大なショーだ。
東京国際フォーラムはこの企画にうってつけである。なぜなら、多くの会議室を擁しているので、各ブランドが他社の演奏音や外部の雑音に惑わされることなく、製品のパフォーマンスを披露できるからだ。同時に筆者としては、学園祭で模擬店となった教室を次々に訪問するようなワクワク感を覚えた。
現在市場を拡大しているハイレゾリーションオーディオ(ハイレゾ)も出展されているが、やはり面白いのはアナログオーディオのディープな世界である。
「デジタルは音がぬるい、鮮度が低い。クリアで生々しい感じはアナログならでは」といった独特の表現が、自動車業界で言えば小林彰太郎、高島鎮雄の両氏級のオーディオ評論家から聞くことができる。
筆者が訪れたのは最終日の午後であった。ある部屋に入ると、すでにビジターによって埋め尽くされて満員だった。始まったのは「柳沢先生のアナログ三昧(ざんまい)」。オーディオ評論家の柳沢功力氏とともに、閉場時間までの2時間、徹底的にアナログオーディオを楽しもうという企画だ。2時間の中でかけるのは、わずか4曲。「曲の途中でフェードアウトするのは嫌い」という同氏の意向を反映したものだ。柳沢氏は、ハイエンドオーディオは「(開催期間中)あとの日になるほど、また午前よりも午後のほうが音が良くなってくる」と話す。
筆者が訪れた日は最高のコンディションというわけだ。だが「もしダメだったら、早めに上げる」……。つまり、もし理想の音が出なければ中断するというではないか。緊迫感が漂う。
視聴に供されたのは超ド級アナログプレーヤー「テクダス・エアフォースゼロ」である。その価格は税別で5000万円(トーンアームおよびカートリッジは別売)。他の出展者の間でも大きな話題となっていた。
ヘンリック・シェリングとイングリッド・ヘブラーの演奏によるベートーヴェンの『クロイツェル・ソナタ』の第1楽章の途中で現れる、せきを切ったようなどとうのパッセージが感動的に表現される。
しかし柳沢氏によれば、アルバムがリリースされた1978年当時は、そうした激しいアタックを的確に再現する機器がなかなかなかったと振り返る。
「スピーカーもだらしなかった。ちゃんとかけられる(機器のある)家が話題になったほどで、(レコード)盤を持って人の家に行った」と語り、その行動を“他流試合”と表した。いずれも、自動車メディアでは出会えない趣ある表現である。
あのトヨタ系サプライヤーに遭遇
ショー会場で、意外な社名を冠した試聴室を発見した。アイシン高丘だ。トヨタ系の自動車サプライヤーとして有名なアイシングループの一企業である。
部屋に入ると、オーディオラックやスピーカースタンド、スピーカーの下に置くインシュレーターといったものがディスプレイされている。
解説によると、出発点は1979年の第2次オイルショックだった。車両の軽量化が必達項目となる中、重い鋳鉄部品を主製品としていたアイシン高丘は、苦境に立たされていた。
そこで考えついた新領域が鋳鉄を用いたオーディオアクセサリーだった。TAOC(タオック)ブランドのもとで1983年に手がけた初の音響製品は、スピーカーの下に置く鋳鉄製べースであった。従来のオーディオファンが使っていたブロックやれんがの代わりになることを目指した。
スタッフがその背景について説明してくれた。「トヨタさんは、ブレーキの“キキーッ”という音を特に嫌っていました。その問題を解決すべく、われわれは鋳鉄製ブレーキローターの振動や騒音を低減・制御する技術を長年蓄積していたのです」。その振動制御のノウハウを、音響アクセサリーに応用したというわけだ。
アイシン高丘はスピーカーも製造している。今回展示した新製品は2020年春に発売予定の「AFC-S100」だ。特殊吸音材によって、音質に悪影響を及ぼすスピーカー箱内の振動を除去する。同時に「前に出すべき音は吸わない。かつ大切な倍音性能がちゃんと出る」と胸を張る。
視聴に用いられたのは、ジャズベース奏者・鈴木 勲の1998年のLP『Blow up』。ウッドベースの、いわゆるギゴギゴ感が鮮明に表現されていた。
ちなみに、先ほどのスタッフによれば「研究に時間がかかりすぎて、営業から怒られる」のだそうだ。また別のスタッフは、2019年にホンダがオーディオ機器向けバッテリー「LiB-AID E500ミュージック」をリリースしたことを例に挙げ、他の自動車メーカーと音響の世界がより近くなることを歓迎する旨を述べた。
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近い距離で究極の高音質
最後は、本連載の第621回で紹介した新型アンプ内蔵スピーカー「SA-Z1」を開発したソニーを訪問できることになった。
筆者は都内にある同社の事業所、ソニーシティ大崎のとある階に案内された。エレベーターを降りた廊下の足元には、極太のオーディオケーブルが何本も巻かれて置かれていた。被覆の模様といい、まるで大蛇がとぐろを巻いているがごとくである。そのジャングルの中を通り抜けると、試聴室が楽園のごとく広がった。
「このフロアには大小さまざまな試聴室があります。それぞれの設計者が、それぞれの思いを反映したつくりになっています」と、SA-Z1の設計を主導したソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツの加来欣志氏は説明する。
SA-Z1は「ニアフィールドパワードスピーカー」の名が示すとおり、デスク上に置いてパソコンで選曲しながら聴くといった、近距離でのリスニングにおける高い解像度とステージ感を目指したハイレゾ対応機だ。PCや「ウォークマン」などとケーブル1本の接続で完結する。そのような簡便なセッティングと小さなボディーにもかかわらず、オーケストラのステージにおける弦楽器と管楽器との距離感が、前述の東京インターナショナルオーディオショウで聴いた超高級オーディオに迫るクオリティーで再現されるのに驚く。
スピーカーユニット用の大電流を高速供給するために採用されたパワー半導体の新素材GaN-FETは、クルマの自動運転技術にも用いられているものだという。
それ以上にユニークなのは、「Tsuzumi」と名付けられたウーファーのレイアウトだ。メインウーファーと背中合わせに、低域のみを背面から放出するアシストウーファーがレイアウトされているさまは、なるほど鼓のようだ。これにより、互いのウーファーの不要な振動もキャンセルされるのは、まさに水平対向エンジンと同じである。
SA-Z1の日本国内導入時期は目下未定だが、欧州では2020年の発売を予定している。
価格は7000ユーロ(約85万円)。ソニーの最高級オーディオに冠される「シグネチャーシリーズ」において6番目のプロダクトとなる。
想定するユーザーについて、同社ホームAV商品企画課の本橋典之氏は、「ハイエンドヘッドフォンユーザー」の存在を挙げる。彼らの多くは解像度を追求するうちに目の前で演奏しているような「ステージ感」を求めるようになるという。そうした説明を受けて、前述の加来氏は「ハイエンド・オーディオ」「ハイエンド・ヘッドフォン」に続く第3の山をつくりたいと抱負を語る。
クルマもオーディオも面白い時代
今回出会ったAV機器をクルマに例えるならば、若い企業ソノスによる意欲的な拡張性を持つサウンドシステムは、テスラである。東京インターナショナルオーディオショウのテクダムおよびアイシン高丘に見たアルティザン(職人)感はイタリアの少量生産スーパーカーブランドであるパガーニ、もしくは英国のモーガンに通じる。そして、ソニーのSA-Z1は歴史ある企業の意欲的な新分野挑戦ということで、ポルシェのフル電気自動車「タイカン」に例えられよう。
ついでに言えば高級モデルになるほど、白髪頭の高齢ファンが以前より目立つのもクルマとオーディオに共通の心配事だ。だが、いずれの分野もユーザー視点に立てば、さまざまなタイプや価値観に呼応したプロダクトが並立し、選択肢が多様化している。ボクたちは面白い時代に生きている。そう信じたい。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ソニー、本田技研工業/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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