第638回:セダンが復活の予感? 大矢アキオが考える2020年以降のデザイントレンド

2020.01.17 マッキナ あらモーダ!

今や200台に1台!

「オープンカーの屋根はずして かっこよく走ってよ」とは、歌手・森高千里による『私がオバさんになっても』のワンフレーズである。ヒットしたのは今から28年前の1992年だ。新たな年のはじめに、ボディータイプに関する考察をしよう。

ここに1枚の写真がある。ちょうど10年前の2010年に筆者が住むイタリア・シエナで撮影したものである。写っているのは、街角にたたずむオペル製スパイダー「GT」である。

オペルGTに限らず、前後の年の写真アーカイブからはスパイダーやカブリオレ、そしてスチールのルーフを持ったクーペカブリオレ(CC)といったオープンモデルの姿が次から次へと出てくる。

いっぽう最近は、こうしたオープンモデルを見かけることが少なくなった。2019年暮れに筆者が住むシエナから近郊まで運転したときのドライブレコーダー動画を15分間確認しても、オープンモデルとは一台もすれ違っていない。

次に、イタリアにおける2020年1月現在の販売車種中、3万ユーロ(約367万円)以下で買えるオープンモデルを数えてみた。その結果は? 大別することをお許しいただけるならば、たった4モデルしかないことになる。具体的には「フィアット500/アバルト595/同695」の各「カブリオ」と「スマート・フォーツー カブリオ」と「MINIカブリオ」、そして「マツダMX-5/フィアット124スパイダー/アバルト124スパイダー」である。

より衝撃的なのは統計データだ。2019年1~11月のイタリア国内登録台数中、オープンモデルは8077台で、同期間における全登録台数の0.5%にすぎない。つまり200台に1台しかないのである。スマート・フォーツー カブリオの2316台を除くと、他車の台数はすべて3桁にとどまる(出典:UNRAE)。

この状況を見ると、FCAが前述の現行フィアット/アバルト124スパイダーを企画するにあたり、「マツダ・ロードスター」のアーキテクチャーに依拠して開発効率を上げた理由がおのずとわかってくる。加えて2019年、フィアットブランドを統括するオリヴィエ・フランソワが、「マツダとの協業は私たちがつかんだ機会だったが、それらのクルマは私たちの未来を示すものではない」として、フィアット/アバルト124スパイダーの生産打ち切りを示唆したのもうなずける。

ちなみに、オープン仕様のいちタイプであるCCに関していえば、高い開発技術を要するとともに、メーカーの受託生産を担当していたイタリアのピニンファリーナとベルトーネ、フランスのユリエーズ、ドイツのカルマンといった企業は、いずれも部門の閉鎖や廃業の道をたどった。

なぜ、こうした状況に陥ったのか。

筆者がかつてイタリアで撮影したオープンモデルのスナップから。シエナ旧市街にたたずむ「オペルGT」。2010年撮影。
筆者がかつてイタリアで撮影したオープンモデルのスナップから。シエナ旧市街にたたずむ「オペルGT」。2010年撮影。拡大
「フィアット・バルケッタ」。2003年撮影。
「フィアット・バルケッタ」。2003年撮影。拡大
春の街角にパークする「ダイハツ・コペン」。2008年4月。
春の街角にパークする「ダイハツ・コペン」。2008年4月。拡大
筆者が試乗した「アルファ・ロメオ・スパイダーV6」。イタリア北部アーゾロにて。2001年当時、「フィアット・パンダ」が5台買える値段だった。
筆者が試乗した「アルファ・ロメオ・スパイダーV6」。イタリア北部アーゾロにて。2001年当時、「フィアット・パンダ」が5台買える値段だった。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住21年と脈絡なき人生を歩んできたものの、おかげで妙に顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして執筆活動に携わると共に、NHKラジオフランス語テキストでも活躍中。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』レギュラーリポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも奮闘している。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など数々の著書・訳書あり。

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