ついに英国がEU離脱 自動車業界はこの先どうなる?
2020.02.14 デイリーコラム自動車メーカーを覆う暗雲
英国が2020年1月31日午後11時(現地時間)、EU(欧州連合)から離脱した。当日夜、ヨーロッパのテレビは軒並み、ロンドン・ダウニング街10番地の英首相官邸に投影されたユニオンジャック(英国旗)とカウントダウンの様子を生中継した。
現在、英国における主要量産車メーカーの工場は、エンジンの生産拠点を含めると、7メーカー・14カ所ある。日系ブランドでは、トヨタとホンダ、日産が現地生産を行っている。
EU離脱前からの、彼らの主な流れを振り返ってみよう。ホンダは2019年2月、「今回の離脱問題とは関係ない」としながらも、2021年中に英国生産から撤退する方針を明らかにした。日産も同じ月、SUV「エクストレイル」の次期モデルの生産拠点を、英国以外とする方針を表明。続いて3月には、インフィニティの英国での生産終了も明らかにした。こちらはブランド自体のヨーロッパ市場撤退との関連性が強いが、今回の英国のEU離脱をひとつの区切りにしたと見ていい。また同月、今度はトヨタが「“合意なき離脱”となった場合、同国での生産から撤退する考えがある」ことを発表している。
こうした日本メーカーの動きは、他国のメーカーよりも早かったこともあり、フランスや筆者が住むイタリアの一般ニュースでも広く報じられた。
欧州系ブランドも、英国のEU離脱に反応した。フォードは2019年5月、ホンダ同様「英国のEU離脱とは関係ない」としながらも、エンジン生産用の一拠点を2020年に閉鎖することを決めた。
オペルの姉妹車ヴォクスホールを擁するグループPSAのカルロス・タバレスCEOは2019年9月、すでに英国への投資を止めたことを明らかにした。
そして1994年にローバーからブランドを取得して以来MINIを手がけてきたBMWは、2020年1月、現行MINIの生産期間を延長することを明らかにした。英国の決定が、部品供給にどの程度の影響を及ぼすかを見極めたい考えだ。
当初危惧された「合意なき離脱」は回避できたものの、今後英国とEUとの間で製品の輸出入に関税が課せられる可能性が残る。明らかに、これは英国で生産される量産車にとって不利だ。それ以前に、英国の自動車生産はピークであった2016年の約172万台から2019年への130万台へと下降線をたどってきた(出典:statista)。英国自動車貿易協会(SMMT)によれば、英国内の自動車製造業の就業者数は82万3000人に及ぶ。これは日本の88万人(出典:JAMA)に準じる。特に従来の工場従業員の再雇用先をどのように確保するかは、大きな課題、いや社会問題となろう。
英国が枯れない3つの理由
しかし長期的に見れば、英国の自動車産業が次のステージに移行できる下地は比較的整っていると、筆者は考える。
第1の理由は、前述の量産工場の数に含まれない、高いプレステージ性を備えるブランドの存在である。ロールス・ロイス、ベントレー、マクラーレンといった高級ブランドは、市場の影響を受けにくい。関税+ポンド安のダブルパンチによって部品調達コストが上昇したとしても、その結果を販売価格に上乗せしたところで意に介さない、おうような顧客が多いセグメントである。
もちろん、生産台数で見れば、ジャガー・ランドローバーや日産が年産44万台規模であるのに対し、2桁少ない。しかし、ロールス・ロイスを例にとれば2017年が3308台だったのに対し、2018年は4353台と好調だ(出典:statista)。
第2は、EVの生産拠点としての有望性だ。実際に、BMWは2019年3月、MINIのEV仕様の生産は英国で行うと明言した。ジャガー・ランドローバーも同年7月、バーミンガムにおける大規模なEV工場の計画を発表している。
EVは比較的市場ボリュームが少ないため、当面は過度な価格競争に巻き込まれない。したがって、あらゆる面で高コストな英国生産でもペイするのである。
第3は、研究開発(R&D)拠点にシフトできる強みだ。2000年代初頭、MGローバーが破綻して中国企業に渡り、MGそしてローバー改めロエヴェの生産拠点は、中国やタイ、インドネシアとなった。しかし、研究開発拠点は英国に残された。参考までにSMMTによると、現状でも国内には20カ所のR&D拠点が存在する。EV時代を前に、英国でその傾向はさらに加速するだろう。ボルボは 2019年5月、EVブランド「ポールスター」のR&D拠点をコヴェントリーに設営することを発表している。
知のサプライチェーンを見習え
ジョンソン英首相は2020年2月3日、当初2040年としていたハイブリッド車を含む内燃機関車の販売禁止を2035年に前倒しすることを明らかにした。こうした積極的な国の姿勢はEV開発にとって、実証実験をはじめさまざまなメリットをもたらす。
自動運転に必要なAI(人工知能)の部分についても、研究開発をサポートする環境が整っている。その“仕掛け”はこうだ。英国には、優秀な半導体企業がある。ARM(アーム)社などは、その一例だ。そしてオックスフォード、ケンブリッジといった名門大学は、AIやIoT(Internet of Things)のエキスパートを育成し、そうした企業に卒業生を輩出する。つまり、「知のサプライチェーン」とでもいうべきものだ。日本のソフトバンクがARMに巨額な投資を行っているのも、おそらくそうした側面を評価してのことと筆者は察する。
デザインに関してもヨーロッパ屈指のデザイナー教育機関であるロイヤル・カレッジ・オブ・アートがある。かつて日産がドイツから欧州デザイン拠点を移す際に、ロンドンに白羽の矢を立てたのは、優秀な人材を獲得しやすいと考えたからであろうことは明らかだ。再びSMMTの資料を参照すると、すでに英国内では、日産も含め6つの自動車デザイン拠点が稼働している。
こうした英国自動車産業の特性とシフトは、将来日本も見習うべきものがあろう。
すでに日本には、韓国のヒュンダイや中国の長城汽車などが研究所を構えているが、そこで勤務する人員を育成する、実力ある大学も必要になってくる。そのためには、優秀な外国人学生の滞在を許す入国管理政策も必須となる。
しかし、それらが実現すれば、業界において、より自動車需要の変動に左右されないポジションを獲得できるようになる。
パーツのサプライチェーンから知のサプライチェーンへのシフトをいかに果たせるか。英国がいま行おうとしていることは、未来の日本にとって良き手本となる。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>写真=トヨタ自動車、日産自動車、ロールス・ロイス・モーター・カーズ、マクラーレン・オートモーティブ、BMW/編集=関 顕也)
拡大 |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
ミドシップ化で運動性能はどう変わる? 「GRヤリスMコンセプト」の現時点での完成度を体感NEW 2026.6.3 「GRヤリス」をベースとしたミドシップ4WDとして市販化を目指す「GRヤリスMコンセプト」。現在もスーパー耐久に投入されるなどして鍛えられているが、その開発車両をドライブできた。普通のGRヤリスとの運動性能の違いや、新開発エンジンの印象などをリポートする。
-
新生アルピナは成功するか? その将来とBMWとの関係について考える 2026.6.1 具体的なデザインスタディーも公開され、いよいよ市場展開が見えてきた新生アルピナ。将来的な成功の“確度”やいかに? BMWによる新たなアルピナ像について、両ブランドに詳しい西川 淳が詳しく解説する。
-
つまずきを糧に成功をつかみ取れ! 新型「CX-5」に宿るマツダの変革と覚悟 2026.5.29 既存のマツダ車とは一線を画す乗り味で、メディアをおどろかせた新型「マツダCX-5」。マツダの最量販車種は、なぜ3代目で大転換を迫られたのか? 賛否両論を巻き起こした“あのクルマ”との関係は? 新しくなったCX-5に宿る、マツダの覚悟と変革に迫る。
-
「日産テラノ」がPHEVで復活 往年のビッグネームを継承するSUVの特徴を分析する 2026.5.28 日産自動車が「北京モーターショー2026」で、往年のビッグネームを継承する新型SUV「テラノPHEVコンセプト」を世界初公開した。初代「テラノ」で採用された「3スロット」を想起させる車両のデザインに加え、日産が新型テラノで狙うグローバル戦略に迫る。
-
まさしく桁違いの1169PS&2000N・m 新型「メルセデスAMG GT 4ドアクーペ」が搭載する数々の新機軸 2026.5.27 2025年発表のコンセプトカー「メルセデスAMG GT XX」が新型「メルセデスAMG GT 4ドアクーペ」として正式にデビューした。その中身は100%電気自動車であり、上位グレードは最高出力1169PSという途方もないスペックを誇る。技術的ハイライトを解説する。
-
NEW
レクサスES350h(FF/CVT)/ES350e(FWD)/ES500e(4WD)【海外試乗記】
2026.6.3試乗記「レクサスES」がフルモデルチェンジ。シャシーがFFベースというのは歴代モデルと同じだが、新型ではボディーサイズがググッと拡大。「LS」の6輪ミニバンコンセプトが登場したこともあり、今後のレクサスセダンの総代を担うことになる。北米で乗った印象をリポートする。 -
NEW
ミドシップ化で運動性能はどう変わる? 「GRヤリスMコンセプト」の現時点での完成度を体感
2026.6.3デイリーコラム「GRヤリス」をベースとしたミドシップ4WDとして市販化を目指す「GRヤリスMコンセプト」。現在もスーパー耐久に投入されるなどして鍛えられているが、その開発車両をドライブできた。普通のGRヤリスとの運動性能の違いや、新開発エンジンの印象などをリポートする。 -
NEW
第115回:メイク・アメリカ・グレート・アゲイン!(後編) ―デザインもサイズも規格外! 魅惑のアメリカ車はなぜ“主役”になれないのか?―
2026.6.3カーデザイン曼荼羅トヨタ&ホンダが発表した、米国生産車の日本導入計画。しかしアメリカには、規格外に面白いクルマがまだたくさんあるのだ! カーデザインの識者とともに魅惑の日本“未”導入車を探すとともに、魅力的なアメリカ車が、それでも主役になれない理由を考えた。 -
どうしてピアノブラックの内装材は多用されるのか?
2026.6.2あの多田哲哉のクルマQ&Aよく目にするピアノブラックの内装材は、「キズや脂汚れが目立つ」などネガティブな評価もしばしば。それでも多用されているのはなぜか? 車両開発者の多田哲哉さんに聞いてみた。 -
BSAゴールドスター650(5MT)【レビュー】
2026.6.2試乗記かつて一世を風靡(ふうび)した英国の名門、BSAが復活! 新生第1号モデルである「ゴールドスター650」は、クラシックで優雅なお散歩バイク……と思いきや、ツインカムの大排気量シングルで、ライディングも前のめりに楽しめるマシンに仕上がっていた。 -
レストモッドがイメージ 特別なオニツカタイガーの魅力に迫る
2026.6.1オニツカタイガーの新作ドライビングシューズを知る<AD>オニツカタイガーが、“レストモッド”と呼ばれるクルマのレストア&カスタム手法に着想を得たドライビングシューズを発表。4タイプ製作された、「MEXICO 66 DRIVING」のスペシャルバージョンの魅力に迫る。





