KTM 390アドベンチャー(MR/6MT)
どんな道も この一台で 2020.03.23 試乗記 モータースポーツでも活躍するオーストリアのバイクメーカーKTMから、新しいオフロードモデル「390アドベンチャー」が登場。スポーツネイキッドの「390デューク」をベースに開発された新型アドベンチャーは、路面状況や使用シーンを問わない、懐の深いモデルに仕上がっていた。悪路で感じる確かなトラクション
スペイン領テネリフェ島のシンボル、テイデ山のふもとには幾本ものトレイルロードが走っている。標高が低いところは針葉樹に囲まれ、ともすれば日本の景色とさほど変わらないものの、一定の地点を超えると様相が変わる。
それまで頭上に広がっていた木々が消え、岩肌だった路面は粒の細かい火山砂へ、タイトだったコーナーはなだらかなストレートへ変化。スロットルをガンガン開けていける、荒涼としたフラットダートが出現するのだ。
KTM 390アドベンチャーに装着されているコンチネンタルのブロックタイヤは、その砂をかき出しながら明確なトラクションを伝えてくる。また、前後に備わるWPのサスペンションが路面の凹凸を巧みに減衰し、時折現れる小高いギャップが車体を浮き上がらせてもすぐに収束。加速を途切らせることなく、力強く車体を押し進めていく。
走り始めてそう時間がたたないうちに、KTMの仕立てのうまさに感心させられたわけだが、その直後、本当のポテンシャルを垣間見ることになった。
まっすぐに伸びるダートをそれなりのアベレージスピードで走っていた時のこと、不意に同じバイクとは思えないすさまじい速度差で抜かれた。鮮やかなオレンジとブルーに彩られた本気のウエアを着ているのはひとりしかいない。これまでダカールラリーを2度制したKTMのファクトリーライダー、トビー・プライスである。
砂漠の王者は少し距離を取ってからこちらを振り返り、「そう、その調子」とでも言うかのように数度うなずくと、「でもこうも走れるよ」とまるで飛ぶかのように美しいライディングを披露。アッと言う間に視界から消えた。残された土煙の中で、思わず「ウワァ」という感激の声が出た。トップラリーストならではのライディングはもちろん、筋骨隆々としたライダーの体躯(たいく)をものともしない、390アドベンチャーのタフさに感嘆させられたのだ。
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ベース車に宿っていた“オフ車”としての素質
このアドベンチャーモデルはゼロから開発されたわけではなく、スポーツネイキッドの390デュークをベースにしている。分かりやすく言えば四輪モデルの“クロスオーバー”に相当し、つまり真正のオフロードモデルではない。にもかかわらず、そのイメージを大きく上回る走破性を見せた。よほどハードな場面に遭遇しない限り、これ一台ですべてが事足りるはずだ。
では、最も印象的だった足まわりの装備から見ていこう。
390デュークは前後に17インチホイールを装着するが、390アドベンチャーはフロントを19インチに大径化。タイヤもオンロード向けのラジアルタイヤからオフロードを想定したブロックタイヤに換装されている。
衝撃吸収性を高めるため、サスペンションのトラベル量にも手が加えられている。390デュークのそれがフロント142mm/リア150mmなのに対し、390アドベンチャーはフロント170mm/リア177mmに延長。最低地上高も175mmから200mmにかさ上げされた。
ざっくり書き出すと、機能的な変更点はこれくらいである。フロントフォークに減衰力の調整機構が追加されたり、スイングアームのチェーン引き部分がわずかに伸ばされたりと、細かな相違はあるものの、オンロードモデルをアドベンチャーモデル化する時のセオリーから逸脱していない。
いないのだが、実は390デュークの骨格にはそもそもラリーマシンや歴代のアドベンチャーモデルのノウハウが生かされている。スチールパイプを組み合わせたトレリスフレームが最たる部分で、車体の軽量コンパクト化やメンテナンス性の向上を狙い、KTMが代々採用している構造だ。
ゆえにこう考えるといい。時系列的に「390デュークから派生する」という格好とはなったが、もともと390アドベンチャーを生み出す素地(そじ)が390デュークにはあり、いわば本来あるべきカタチに戻ったのだ。それを思えば、このモデルの望外に高いポテンシャルにも納得がいく。
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オンロードで感じる絶妙なサジ加減
目には見えないものの、それをサポートしているのが電子デバイスだ。ONとOFFが選択できるトラクションコントロール、「ROAD」と「OFF ROAD」の2パターンの制御が用意されるABSがそれで、ダートへ踏み入れる前にトラクションコントロールをOFFに、ABSをOFF ROADに切り替えておけば、より自由度の高いライディングが可能になる。
また、これは主にアスファルト上で効果を発揮するものだが、リーンアングルセンサーと連動したコーナリングABSも採用。車体のバンク角を検知し、旋回中のブレーキングも許容するデバイスとしてライダーのスキルをフォローする。
このことから、KTMはダート上での振る舞いだけに注力していないことが分かる。冒険を目的にしていたとしても、一般的にはオンロードを走る時間のほうが長く、そこでのハンドリングをスポイルしないように配慮。実際、休みなく切り返しが続くようなワインディングでもハンドリングは自然だ。車体は乾燥重量158kgと軽量ながらバンクさせていく時の手応えは落ち着きがある。目線が高い上に俊敏だと不安を覚えるものだが、このあたりのサジ加減はうまい。
オフロードで高いグリップを見せたコンチネンタルの「TKC70」は、驚くべきことにオンロードの深いバンクにも対応する。タイヤのエッジ付近を使ってもブロックがよじれるようなフィーリングはほとんどなく、スムーズに旋回。もしもその先でコーナーが回り込んでいれば軽くブレーキを握っても構わない。あくまでも簡易的な制御ではあるが、既述のコーナリングABSが機能し、走行ラインに自由度を与えてくれるからだ。
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日本人にも好まれそうなサイズ感
小気味よく吹け上げる373.2㏄の単気筒エンジンは6000rpmを超えてから一段と力強さを増し、ワインディングでも高速道路でもストレスなく車速を押し上げていく。スロットルを急開するとライドバイワイヤの反応が微妙に遅れる領域があるものの、アラを探してもその程度である。
オンロードからオフロードへ、そしてまたオンロードへ戻り、最後にもう一度オフロードへ。そうやって終日たっぷりと走り、実感できたのは、日本人の体格と日本の道路に最適であろう“ジャストサイズ感”だ。250ccのオフロードモデルにはない快適性と、大排気量アドベンチャーでは望めない走破性を両立し、シート高こそ高いものの、車体の軽さがそれをカバー。しかも普通自動二輪免許で乗れるところも見逃せないポイントだ。世界的に見渡しても希少な、ありとあらゆるシーンをカバーするリアルアドベンチャーである。
(文=伊丹孝裕/写真=KTM/編集=堀田剛資)
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【スペック】
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=--×--×--mm
ホイールベース:1430mm
シート高:855mm
重量:158kg(乾燥重量)
エンジン:373.2cc 水冷4ストローク単気筒 DOHC 4バルブ
最高出力:44PS(32kW)/9000rpm
最大トルク:37N・m(3.8kgf・m)/7000rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:3.37リッター/100km(約29.7km/リッター、WMTCモード)
価格:75万9000円

伊丹 孝裕
モーターサイクルジャーナリスト。二輪専門誌の編集長を務めた後、フリーランスとして独立。マン島TTレースや鈴鹿8時間耐久レース、パイクスピークヒルクライムなど、世界各地の名だたるレースやモータスポーツに参戦。その経験を生かしたバイクの批評を得意とする。