第649回:SNSがあるじゃないか! 外出制限が続くイタリアでの楽しみ方
2020.04.03 マッキナ あらモーダ!もうこの国で死ぬしかない
新型コロナウイルス対策のため全土封鎖が続くイタリア。緊張状態の生活下にある筆者のもとに送られてきた、ちょっと心温まる写真のお話を。
「それが絶対に必要とみなされる場合のみ許可されます。(中略)一時的な仕事の停止、または在宅勤務への切り替えは、旅行の十分な理由ではありません」
これは2020年3月26日にイタリア外務省が公表した問答集からの抜粋である。新型コロナウイルス感染防止対策として、在住イタリア外国人、つまり旅行者ではない外国人が、出国可能であるかについて記したものだ。
そもそも筆者にとって最も近い空の玄関・フィレンツェ空港は3月13日から閉鎖されている。各国とイタリアとを結ぶ主要航空会社は大半が運休している。加えて、在イタリア日本大使館によると、数少ない運行便も極めて混み合っているという。
イタリア居住者である筆者は事実上、国外に出ることがほぼ不可能になった。
それは万が一、新型コロナウイルスに感染して治療を受ける場合に、イタリアの医療機関に身を委ねるということを意味する。
20世紀の産業史や自動車史に関してなら、母国語以外でもイタリア人やフランス人とそれなりに渡り合ってきた筆者である。しかし恥ずかしながら、自分の症状をイタリア人の医師や看護師に的確に伝達できるかといえば、かなり心細い。事実、これまでも医院には常に辞書持参で臨んできた。
まあ、かつて日本の医療機関で意識を失って倒れたときも、看護師たちの感情を挟まぬてきぱきとした処置を見ながら、「ああ、死ぬときというのはこんな感じなんだろうな」と思った。したがって、もはやどの国で最期を迎えようと同じ、と覚悟はできている。
味覚を確かめる日々
2020年4月1日、イタリアのロベルト・スペランツァ厚生大臣は、これまで4月3日までとしてきた新型コロナウイルスの全封じ込め政策を少なくとも4月13日まで延長することを明らかにした。
4月12日の復活祭(イースター)および翌日の祝日に人々が集合し、状況を悪化させてしまうことを危惧したのは明らかだ。減少傾向にある新規感染者数が、再び増加してしまう恐れがあるのだ。
少なくとも10日間、外出制限が延びることになるが、さすがにこの状況下で一般のイタリア人からも強い異論は聞こえてこない。
そうこうするうちに、知人のフランス人夫妻が2人で新型コロナウイルスの症状を発症。陽性が確認され、当局から自主隔離を命じられた。
また、わが家の近所には前回記したのに続き、先週末も救急車がサイレンを鳴らしてやってきた。その傍らで、街道を行く霊きゅう車のドライバーは、依然マスクで完全防備をして運転している。
2018年の映画『ボヘミアン・ラプソディ』の中で、フレディ・マーキュリーがエイズウイルス(HIV)に感染したことをクイーンのメンバーに「うつっちまったぜ」と告白する場面がある。万一筆者が、新型コロナに感染した場合、どのような言葉を発すればいいのか。
各国の研究者によると、感染者の多くが味覚や臭覚に異常を感じているという。女房とは、食事ごとに「味、感じるよな」と確かめ合う日々が続く。
こうした状況だから、今週もこうして健康で読者諸兄に向けて原稿を書けることを、いつも以上にうれしく感じるのである。
際どいコメディー&写真が続々届く
食料の購入目的など以外は外出が禁止されている今、筆者が本稿をつづっている部屋の窓の外に人影はほとんどない。
どこの家からか漂ってくるパスタソースやコーヒーの香りは、どこかで生活が営まれていることの証明だ。そして毎晩、わが家の雨戸を閉めるとき、向かいの家々に明かりがついているのを確認する。
今まで気に留めていなかったこうした事象が、妙にうれしい。
そうした生活でもうひとつ心温まるのが、イタリア人たちとのメッセージングアプリを通じたやりとりである。
ある自動車セールスマンは、どこから探してくるのか、日ごろからわいせつな画像をシェアするのが得意だった。代わって、職場であるショールームが首相令による休業を強いられてからは、1990年代初頭のイタリア製コメディー映画、特に医療シーンのハイライトをシェアしてくるようになった。
今日の社会通念に照らし合わせれば、上映にふさわしくない表現の連発である。だが、現代のコメディアンの舞台での振る舞いよりも、作品や演技に対する何倍もの意気込みが感じられる。惜しくも3月30日にこの世を去った志村けんさんによる往年のテレビコメディーと同じことが言える。当時のイタリア風俗や、劇中に出てくる古いイタリア車も楽しめる。
いっぽう、イベントオーガナイザーの青年は、夫人や娘とともにトリノを脱出し、自分の山荘で暮らしているそうだ。3月22日からはたとえ自分の別荘へであっても移動が禁止になったから、間一髪で街を脱出したことになる。
彼によると、4歳の娘は毎日、「ワッツアップ」のビデオ機能で幼稚園の先生から送られてくる折り紙の課題をこなして撮影し、翌日先生に写真を見てもらうという日々を繰り返しているという。
その作品写真と一緒に送られてきたのは、この時期としては珍しく雪に見舞われた3月第4週、庭での風景だった。
本人はかわいい娘の写真を送ってきたつもりなのだろうが、筆者としては脇にある雪だるまに目を奪われた。
胸部の造形が妙にリアルなのは、娘に裸体像制作の素養があるというよりも、父親の監修が大いに影響していると見た。
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リモートワーク中に社長が見せた「余裕」
それと前後して、別の人物から写真がワッツアップで届いた。
パスタのパッケージとトイレットペーパーで制作したフォーミュラマシンである。
知能検査でよくあるような、個数当て問題のように並べられたスパゲティなどパスタの箱は、すべて「バリッラ」だ。
写真にはコメントが付記されていなかったので、筆者が評論家的にディスクリプションを試みてみよう……
バリッラは世界一の生産量を誇るパスタのブランドである。創業家出身で現在は副社長のパオロ・バリッラは、1989年と1990年の2シーズンにかけてミナルディチームのF1パイロットでもあった。作者は、そうした背景を暗示しているに違いない。
同時に、日本で起きているトイレットペーパーの買い占め騒ぎは、イタリアには広がっていないものの、それを玩具として用いることで、非常時における精神的な余裕の大切さを訴えている……といったところだろう。
この写真を送ってきたのは、自動車デザイン&コンセプトカー制作会社の社長を務めるイタリア人である。かつて日本ブランドのコンセプトカーも数々手がけた。トリノのカロッツェリア界で知らぬ人はいない60代後半のカーガイだ。
ちなみに彼からは大みそか、午前0時になった直後に、写真Aが送られてきたことがある。「GOOD YEAR=よい年」であることが即座に分かったが、そのときも無題だった。
正月の話はともかく、なにかと慣れないリモートワークの最中における、この余裕はどうだ。不安に駆られるまま長々と文章を書き連ねる筆者とは対照的である。こういうおじさんになりたいものだ。
残念ながら筆者は彼のクライアントにはなれないが、この忌まわしい時期が去ったとき、真っ先にコンタクトを取りたくなるのは、こうした社長がいる会社であろう。
かくもタフなイタリア人とともに、この災厄の中を生き延びようと思ったのであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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