これからの時代の“小さな高級車” 「ホンダe」に込められた未来への提案とは?
2020.08.14 デイリーコラム“未来のクルマ”ってホントにこれでいいの?
読者諸兄姉の皆さまは、「EF200形」という電車をご存じだろうか? 1990年に登場した、JR貨物の直流電気機関車である。
「……いや、今回は『ホンダe』の話じゃないの?」と思った御仁、しばし待たれよ。ブラウザバックはまだ早い(汗)。あらためましてこの機関車、時にJR最強と評されたほどの怪力が自慢で、定格出力は実に6000kW! ひところは高速・大量輸送時代の旗手として期待されたのだが、実際には本領を発揮することなく、2019年3月に最後の1両が引退したそうな。不遇の理由は、そもそも沿線の変電所にこの機関車を運用できるだけの容量がなかったこと、そして想像されたような高速・大量輸送時代が訪れなかったことだった。
なんでこんな話をしたかというと、EVかいわいでもこれと似たようなコトが起きてる気がするからだ。「エンジン車みたいにEVを使いたい!」からと、一般家庭の生活を1週間はまかなえるほどの超巨大バッテリーを積み、「充電に時間がかかるのはイヤ!」と言っては、250kWや350kWといったオバケ充電器を開発する。そんなものが林立した日にゃ地域の電力網は大混乱。送電線に変電所、ひいては発電所まで巻き込んだインフラの再構築が必要だろう。札束で山野を削ればできなくはないが、それって“これからの時代”にふさわしい電気の使い方なの? ボクはただ、移動したいだけなのに。
燃料電池車(FCV)よりシンプルで、既存のインフラを活用できるスマートさが魅力だったはずなのに、なんか20世紀的物欲の権化と化してませんか。
昨今はやりの高性能EVのニュースに対する、記者の率直な感想がコレである。だったらアンタの理想とする未来のクルマはなんなのさ? と問われれば、そんなもんはないというのが回答です。それこそ適材適所。短距離しか移動しないのならEV。頻繁に遠出する人はFCV。使用燃料や使い方次第では、内燃機関車だって最良の選択肢だろう。
かような「自動車のベストミックス」こそ理想と考える記者にとって、ホンダeは気になる存在だった。航続距離はおよそ300km。欧米の恐竜的EVに対する、小さくて大きな挑戦状だ。
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ただの都市型コミューターにあらず
今話題のクルマなので、読者諸兄姉もすでにご存じのことだろう。ホンダeは全長4mを切るコンパクトな都市型EVコミューターである。RR(リアモ-ター・リアドライブ)のEV専用プラットフォームを採用し、搭載されるバッテリーの容量は35.5kWh。一充電走行可能距離は、WLTCモードで283km、JC08モードで305kmである。ちなみに、フォルクスワーゲン乾坤一擲(けんこんいってき)の一台である「ID.3」は、45~77kWhのバッテリーを搭載し、走行距離はWLTCモードで330~550km。同じ計測方法を用いた欧州仕様のホンダeは210~220kmとされている(同じWLTCモードでも日本と欧州では計測が異なり、日本のWLTCモードには「Extra-highフェーズ」が含まれていない)。スペック原理主義が支配する昨今のEVかいわいでは、そっけないほどのつつましさだ。
もちろんこのスペックは確信犯であり、“街なかベスト”な機能性を追求した結果だ。航続距離を追うあまり、デカくて重くて煩わしいクルマとしてしまうより、自制の利いたサイズで取り回しがしやすく、日々気兼ねなく使えるクルマを目指したわけだ。
それにしても、(一部の市場でリース販売された「EVプラス」や「クラリティ エレクトリック」などを除くと)このクルマはホンダにとって初の量産EVである。コンセプトが定まるまでは侃々諤々(かんかんがくがく)あっただろうが、いかにしてこの姿に行きついたのだろう? 過日催された取材会によると、ホンダeの開発に際してプロジェクトメンバーが欧州に飛んだところ、CO2が大量に排出されるはずの都市部でEVがあまり見かけられず(ついでにホンダ車もあまり見なかったそうな……)、同時にそうした街なかでは、スタイリッシュで個性的なスモールカーが元気に駆け回っていたのだとか。都市部のユーザーに喜ばれるスモール・イズ・スマートなEVを供給できれば、ホンダのプレゼンスも上がるはず。取り回し重視のコンパクトEVは、そうして誕生したのである。
しかし、これだけではホンダeの半分しか説明できていない。このクルマの商品コンセプトは「Seamless Life Creator(シームレスライフクリエーター)」。なにやらジドーシャっぽくない、同時に「人の役に立つ」を社是とするホンダらしいフレーズだが、そもそも「Seamless Life」ってなんなのよ? 開発責任者である一瀬智史氏によると、ホンダeは「いろいろなものが有機的につながる、2030年の社会」を想定したクルマなのだとか。要するにこのクルマは、ただの都市型EVコミューターではない。ホンダが思い描く「未来のクルマ」なのだ。ゆえにBセグメントの5ドアハッチバックであるにもかかわらず、高級車も立つ瀬がないほどにハイテクが満載されているのである。
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まるでCESのコンセプトカー
例えば、アナタがホンダeでお出かけするとしましょう。おっとカギは不要である。専用アプリをインストールしたスマホさえあれば、それがスマートキーの代わりとなるのだ。スマホをBピラーのセンサーにかざしてアンロック。「ソファのあるリビングをモチーフにした」という車内空間に収まると、ダッシュボードを横断する巨大なディスプレイ群がアナタをお迎えする。壁紙は先日撮影&保存しておいた愛猫の写真だ。事前にリモートでエアコンをつけておいたので、車内はすでに快温・快適。EVでは電力消費は走行距離に直結するので、プラグイン状態で空調を使えるのは、いろんな意味でありがたい。
アンロックと個人認証に使ったスマホをしまいつつ、「OK、ホンダ」と呼びかける。するとAI によるドライバーアシスト機能「Hondaパーソナル アシスタント」が起動。「何か食べたいんだけど」というアナタの要望に、ディスプレイに近隣のレストランが列挙される。続いて「イタリアンが食べたい」「駐車場があるお店は?」と条件を伝えて候補を絞り、ランチの行き先が決定するのである。この間、タッチスクリーンには一切触れる必要がない(触っても操作できるけど)。
ささやかなドライブを経てお目当ての店に到着すると、思っていたより駐車場が狭い。しかし心配はご無用。このクルマには「Hondaパーキングパイロット」なる自動駐車機能が付いているのだ。それも「アシストはハンドル操作だけ」といった中途半端なシロモノではない。ステアリング、アクセル、ブレーキ、すべての操作をクルマがやってくれるフルスペック仕様だ。もちろん縦列駐車にも対応しており、出庫時にはわずらわしい“頭出し”までやってくれるという。
さてさて。食事を終えてクルマに戻ると、バッテリーは残りわずか(どんだけ遠くに食事に行ったんだよ? という突っ込みはナシでお願いします)。しかし慌てる必要はない。「OK、ホンダ。空いてる充電施設はある?」と呪文を唱えれば、ホンダeは付近の充電施設、それも他のクルマに使われていない、今利用可能なチャージャーの場所を教えてくれるのだ。幸いにして近所の急速充電器が空いていたので、迷わず直行。充電に要する30分の間、アナタは車載のワイドスクリーンで動物番組を視聴しつつ、優雅なひと時を過ごすのだった。
……われながら、書いてて不思議な気分になってきた。なんだよこれ? CESのコンセプトカーか? いいえ違います。ホンダeでございます。
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生活支援ロボットを研究し続けてきたホンダの強み
こうして個々の機能を見ていくだけでもホンダeは大したものなのだが、プレミアムカーの世界をのぞけば、(すべてではないにしろ)これらの技術を実現しているモデルもないわけではない。むしろホンダeで注目してほしいのは、親身で親切なインターフェイスだ。
例えばインテリアの特徴であるワイドスクリーンは、運転席側と助手席側で別々のコンテンツを表示・操作可能。「さっき使ってたお天気アプリはどこかしら……」なんて探す必要がないよう、コンテンツの呼び出しにはスマホやタブレットのように履歴検索機能も備わっている。
またHondaパーソナル アシスタントの音声認識は、作動中に“丸描いてチョン”みたいなキャラクターが登場してドライバーの言葉を傾聴。読み取られた文字列がディスプレイに表示される。口さがない人からは“子供だまし”なんて言われそうな工夫だが、実際に試してみると、システムに感じられるフレンドリーさ、痛痒(つうよう)のなさが段違いだった。どんな言葉が読み取られているかがリアルタイムで視覚的に分かるし、7種類用意されるキャラクターの動きで、システムの作動状態も直感的に理解できる。体験デモで読み取りミスが起きた際も、某欧州車のそれのように“カッチーン(怒)”とくる度合いは断然少なかった。人間なんて単純なもんである。私だけかもしんないけど。
このキャラクター、ホンダ和光のメンバーが制作したものだというが、あざとくなく、適度に無機的で、それでいて親しみが持てて、機能的で分かりやすい。長年にわたり、生活パートナーとしてのロボットを研究してきたホンダならではの秀作だと思うのだが、いかがだろう? 今はドライブ情報の提供などにしか対応していないというが、ADASだ自動運転だといってクルマが多機能化する将来、ボタンによらないHMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)は絶対に重要になる。音声認識を核としたアシスタント機能はその有力候補であり、ロボット開発で得たホンダのノウハウは、確実にアドバンテージになるはずだ。
そういえば、ホンダeそのものも、どこかホンダの歴代ロボットっぽい意匠をしていませんか? 人への攻撃性を徹底的に排除した造形。無機的だけど親しみのあるデザイン。人が触れる部分、人とコミュニケーションする部分の質感の高さ。先述のドライバーアシスト機能といい、このクルマは「乗って移動できるコミュニケーションロボット」なのだ。
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ホンダがただのEVをつくるわけがない
ここまで読まれた読者諸兄姉、特に、古くからのホンダ党の諸氏の中には「ホンダ、変わっちまったな……」とがっかりしている方もおられるやもしれぬ。こんなライフスタイル商品をつくりやがって。4気筒DOHCの軽トラで四輪市場に殴り込んだころの心意気はどこ行っちまったんだよ(泣)と。安心してほしい。ホンダが自身初の量産EVを上市するうえで、フツーのクルマをつくるわけがないでしょ。ホンダeには、技術者の気合がスポイラーの先っちょまで詰まっているのだ。
既述の通り、ホンダeのプラットフォームはRRの前後ストラット式なのだが、ホンダといえば「N360」のころからFFがお家芸。ホンダeも当初はFFで開発が進められた。ところが、「これではオーバーハングが長くなる」とボディーのプロジェクトリーダーが猛反発。そもそもFFのコンパクトカーなんてパンチがない。これは“ホンダ初のEV”なんだぞ! とのことで開発チームは翻意し、メーカー初のRRに挑むことになったという。
ところが、このRRという駆動レイアウトとEVの組み合わせはなにげに難物で、FFと比べて、強い回生ブレーキと制動時の挙動安定性の両立が難しかったのだとか(自転車に乗っていて、リアブレーキ主体でブレーキングしているところを想像してほしい)。他社の○○や××をテストしてみても、どうもこの辺は妥協しているらしい……。が、ホンダ入魂のEVでその選択肢はあり得ない。そこで彼らは、後輪駆動用の機械式ブレーキと回生ブレーキの協調制御システムを新開発。上述のあれやこれやを見事に両立させたのだった。
こうして、晴れてRRとなったホンダeは、軽自動車あるいは「ルノー・トゥインゴ」あたりと同等の4.3mという最小回転半径を実現。大トルクモーター×後輪駆動ならではの、ダイレクトな加速フィールと強力な発進加速性能も手に入れたという。ちなみにこのモーター、基本的には「アコード」などに使われるものと一緒で、最高出力154PS(113kW)、最大トルク315N・mを発生。EVだから重量はかさんでいるだろうが、それでもこんな強心臓をBセグメントのボディーに積むというのだから、その動力性能は「期待するな」というほうが無理な話だろう。
もちろんシャシーにもこだわっており、サスペンションには「シビック」クラスに採用する大容量ダンパーを装備。フロントにはバネ下重量軽減のため、軽量・高剛性なアルミ鍛造のロワアームを用いている。サスペンションジオメトリーはピッチやロールといった姿勢変化を抑える設計で、床面にバッテリーを積んだEVならではの低重心や、50:50の前後重量配分とも相まって、安定した走りを実現しているという。同じく走行安定性に寄与する前引きのステアリング機構は、かつて「S660」でもコダワリとして語られていた特徴だ。
それよりなにより、展示車の上級グレード「アドバンス」に装着されていたのは、ミシュランのハイグリップタイヤ「パイロットスポーツ4」ではないか! そんなところからも、ホンダeは「ただのエコカーにするつもりはない」という技術者の本音がダダ漏れなのである。
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2030年の小さな高級車
さてさて。このように新しい提案が満載のホンダeを、ワタクシがごとき旧世代の人類はどう理解すればよいのだろう? 間違いなく言えるのは、このクルマはコンセプトカーのころにウワサされていたような「安かろう・短かろう」なEVではないということだ。それどころか記者には、(ホンダは全然そんなこと言ってないけど)ホンダeがこれからの時代の「バンデン・プラ・プリンセス」に感じられた。半分だけ一瀬氏の言葉を借りると、“2030年の小さな高級車”だ。
ご存じの方も多いだろうが、バンデン・プラ・プリンセスは、普段はロールス・ロイスやデイムラーなんかに乗っているような御仁が、混雑したロンドン市内を移動するときに使った、小型の高級セダンだった。当時は本革とウオールナットのインテリア、改良後のモデルでは姉妹車よりちょっとパワフルなエンジンなどで“高級”を実現していたが、これからの時代はどうなのだろう? クリーンでスマートなクルマのコンセプト、リビングでの生活と移動中の車内をシームレスにつなぐテクノロジーに、ホンダは“豊かさ”を見いだしたのではないか。
いずれにせよ、このクルマなら隣にロールスが来ようがベンツが来ようがどこ吹く風。スーパーカーに追い越されようと、「おたくら、まだそんな発想の古いクルマに乗ってんの?」ってなもんだ。デカいグリルと万能主義が幅を利かす、そんな高級車の潮流に乗り切れなかったホンダがこのクルマをつくったと思うと、なにやら痛快である。
まだ旧時代に首までつかっているワタクシとしては、「ついにこういうクルマが出てきたか……」と焦りつつもヒジョーに感慨深い。東京オリンピックもいいけれど、こういうクルマがたくさん売れたほうが、日本の未来は変わると思うのだが、いかが?
(webCGほった)
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。