ホンダe(RWD)
エコよりワクワク 2021.01.23 試乗記 「ホンダe」が素晴らしいのは運転してワクワクできるところだ。航続可能距離の短さがデメリットのようにいわれているけれど、それこそがホンダeの持つ強みだ……と筆者は主張するのだった。果たしてどちらがいいのか?
ホンダ初の本格量産EVであるホンダeには、ベースモデルの「ホンダe」と、モーターがより高出力で装備を充実させた「ホンダeアドバンス」の2タイプがある。あるのですよ、ベースモデルはあまり表に出てきていないけど。
そのベースモデルとアドバンスはどっちがいいのか? 前者は最高出力136PSで、タイヤ&ホイールが16インチ。後者は154PSで17インチ。WLTCモードの航続距離は前者が283km、後者が259km。価格は前者が451万円、後者は495万円。
ベースモデルはアドバンスより、最高出力は18PS低いけれど、315N・mの最大トルクは同じで、航続可能距離は24km長く、44万円もお求めやすい。
国の補助金を入れると、この差はさらに広がる。航続距離によって補助金額が異なり、前者が23万6000円もらえるのに対して、後者は16万8000円にとどまるからだ。つまり、国からの補助を受けたうえでの支払額はベースモデルが427万4000円、アドバンスが478万2000円ということになる。
ちなみに東京都在住の方であれば都から一律30万円が、さらに江東区にお住まいであれば区から10万円が助成されるなど、自治体からの補助も大きいし、自治体によって補助の内容が異なるので注意ください。
いずれにしても、日本国在住の方が等しく受けられる補助金を加味すると、その差は50万8000円。これだけあったら、なにが買えますか? もちろん、いろいろ買えます。おまけに16インチと17インチである。カッコいいのは17インチだろうけれど、乗り心地がいいのは16インチにちがいない。と、筆者は試乗前に予想した。
間違っておりました、筆者の予想。今回ホンダeのベースモデルに都内で初めて試乗し、横浜で試乗した記憶のなかのホンダeアドバンスと比べてみて思った。
やっぱり、自動車は乗ってみないとわからない。
充電器の空き情報もわかる
ただし、これはあくまで記憶のなかのアドバンスとの比較で、同時に乗っていないということをお断りしておかねばならない。基本的に、ホンダeが楽しい、ワクワクするEVのコミューターであることは、スタンダードもアドバンスも同じだ、ということも強調しておきたい。
そう。ホンダeはダッシュボードのスターターの丸いボタンを押した瞬間からワクワクする。パソコンのスイッチをオンにしたときよりも、もうちょっとエンターテインメント色の濃い電子音がとどろき、初代「シビック」をちょっと思わせるレトロなダッシュボード上に並んだ、モダンな5つのスクリーンが明るくなって、ちょっと先の未来へと連れていってくれる。
バッテリー残量は55%。ちょっと心もとないので、まずは充電しよう。ホンダeの車載システムで検索すると、現在地の東京・丸の内から3kmほど離れた文京区役所近くに1カ所、EV充電スタンドがある。しかもいま空いている。空きかどうかもわかるのだ。
ホンダeは、リアモーター/リア駆動のRRで、キビキビしていて、運転していて誠に楽しい。前述したように、315N・mの最大トルクは同一で、1510kgの車重はアドバンスより30kg軽い。だから、速さ的にはほとんど不満がない。「ポルシェ911」みたいに、とはいかないにせよ、「ルノー・トゥインゴ」よりは後ろから蹴り出されている感があって、アクセルを深く踏み込むと、ひゅい~ん、というモーターだかギアだかの音が聞こえてくる。
充電したら、首都高速に上がってみよう。と思いつつ、車載ナビゲーションにしたがって文京区役所近くにやってきたけれど、目当てのスポットが見当たらない。区役所のまわりを2周し、東京メトロ丸の内線のガード下でブルー地に白抜き文字の「EV QUICK」の看板を見つけた。そして、その1台ぽっきり用の充電スタンドにはすでに土浦ナンバーの白い「リーフ」が止まっていた……。
遅かりし由良之助。
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日本にはちょっと早かった?
ふとメーターを見れば、バッテリー残量44%、航続可能距離79kmと出ている。前向きに捉えれば、まだ80kmぐらいは走れる。距離的には横浜まで往復できる。仮に半分としても、40km走ることができれば、なんとでもなるだろう。だから、大丈夫なのだけれど、臆病風に吹かれるとコワイ。人間、明日のことなんて、まったくわからない。わからないのに明るく生きていられる。ホンダeのバッテリー残量なんて小事である。ゼロになったところでケ・セラ・セラ。なのだけれど、心中に黒い雲がモヤモヤしてくる。
ホンダeが悪いわけではない。EVのインフラが整っていないことが問題なのだ。ホンダeはもともとEUのCAFE(企業別平均燃費)対策で構想された、「街なかベスト」を目指した都市型コミューターである。ヨーロッパではたぶん、EV用の充電スポットとか、日本の都市より普及が進んでいるのだろう。正直、よく知りませんけれど、でないと成り立たない。
そういう意味では、ホンダeは日本にはちょっと早すぎた。だからこそ、ホンダは国内での販売台数を年間1000台に絞っているのだろう。EVのパイオニアである「三菱i-MiEV」とか日産リーフとかはだいぶ早すぎた……ということになるわけですけれど、世界にはパイオニアと呼ばれる存在が必要だということもまた確かである。
ホンダeのような都市型コミューターを自称するEVは、往復40km程度の通勤・通学等、毎日のルーティーンに使うべきで、筆者のように気ままにどこかへ走りに行く、なんてのは使用方法として間違っているのである。
だけど、自動車の魅力というのは、いつ、どこへでも、たとえコロナ禍であっても、自由に行けるところにあるはずで、その自動車本来の魅力が「街なかベスト」の都市型コミューターには欠けている、とまではいえないにせよ、現時点ではいささか制約があるということはいえる。
いや、これが現代における「日常生活の冒険」なのだ。そう捉え直したらどうだろう。
たかが24kmじゃないですか!
で、結論。普通のホンダeとホンダeアドバンス、どっちを筆者が選ぶかといえば、記憶のなかのホンダeアドバンスに軍配を上げる。思い出が美しすぎるだけなのかもしれないけれど、ホンダeは前185/60、後ろ205/55の、いずれも16インチで、いわゆるエコタイヤ、ヨコハマの「ブルーアースA」を履いている。
対して、ホンダeアドバンスは前205/45、後225/45の、ともにZR17で、タイヤの銘柄は「ミシュラン・パイロットスポーツ4」。
サイズは1インチ大きいのに、ミシュランの高性能タイヤのほうがエコタイヤより乗り心地面でも優れている、と筆者は判断する。
さてそこで、問題は航続距離をとるか、乗り心地とグリップ力をとるか、である。
地球環境のことを考えれば、航続距離(=電力消費量の小さいほう)をとるべきでしょうけれど、その差24km。24kmは、筆者のような気まぐれなタイプにはどっちみち短い。だったら、短くてけっこう。「街なかベスト」のEVの航続距離は短くてもいい、という悟りをホンダは開いた。であれば、その悟りを筆者は尊重したい。ホンダeの強みは、その航続距離の短さにこそある、と。50万8000円のことは忘れよう。
なお、2050年までにカーボンニュートラル社会を目指すのはけっこうなことだけれど、EVがほんとうにエコなのかどうか検証するべきだという趣旨の、日本自動車工業会の豊田章男会長の提言に筆者もうなずきました。
ホンダeがいいと筆者が思うのは、運転してワクワクするからなのだ。
(文=今尾直樹/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ホンダe
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3895×1750×1510mm
ホイールベース:2530mm
車重:1510kg
駆動方式:RWD
モーター:交流同期電動機
最高出力:136PS(100kW)/3078-1万1920rpm
最大トルク:315N・m(32.1kgf・m)/0-2000rpm
タイヤ:(前)185/60R16 86H/(後)205/55R16 86H(ヨコハマ・ブルーアースA)
一充電最大走行可能距離:283km(WLTCモード)
交流電力量消費率:131Wh/km(WLTCモード)
価格:451万円/テスト車=462万6600円
オプション装備:ボディーカラー<プラチナホワイトパール>(3万8500円) ※以下、販売店オプション フロアマット<プレミアム>(3万8500円)/フロントドライブレコーダー<16GB>(3万9600円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:1112km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(6)/山岳路(0)
テスト距離:137.2km
参考電力消費率:5.5km/kWh(車載電費計計測値)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。