第669回:イタリア人もクルマ離れ? 当の若者たちに聞いてみた
2020.08.21 マッキナ あらモーダ!免許を取らない若者急増
日本では「若者のクルマ離れ」が叫ばれて久しいが、イタリアでも同様の現象が起きている。筆者が知る限り、その傾向を明らかにした最初の記事は『イル・メッサッジェーロ』紙2013年10月6日電子版である。イタリア自動車クラブの話とともに、21歳未満で免許を取得した人の数は2004年には約74万3000人だったのに対して、今日では59万2000人になったと伝えている。さらに21~24歳では2004年の約20万人に対し、現在では10万5000人と、半数近くに減少したことを報じている。
2016年にはインフラ運輸省が別の統計を発表している。それによると、18~19歳の免許取得者数は28万7551人で、2012年と比べて8.4%減少した。それを報じた『コリエッレ・デッラ・セーラ』紙は、教習費用が多くの都市で1000ユーロ(約12万5000円、2020年8月現在のレート。以下同)を超えること、加えて車両代とその維持費が高額であることを背景として挙げている。
筆者が補足すれば、イタリアでは若者がたとえ職についても、決して十分に生活を支えられる賃金は保証されていない。イタリアでは若年労働者の30%が月収800ユーロ以下である(出典:オックスファム・インターナショナル 2020年1月発表)。つまり、約10万円以下だ。最低賃金制度はEUの方針を受けて導入の動きこそあるものの、いまだ実現には至っていない。自活を選んだ場合、免許取得やクルマの所有は、かなり困難だ。
免許取得を志す若者の減少には、彼らの都会志向も影響していると考えられる。それが顕著に表れているのは、多くの地方から若者が移り住むミラノだ。不動産検索サイト「インモビリアーレ・イット」などによる2019年の調査によると、ミラノでは35歳以下の73%が持ち家よりも賃貸住宅を好んでいることが判明した。長年、持ち家志向が強かったイタリアだが、今日では賃貸でも構わないので都会に住みたいと考えている若者の多さがうかがえる。
都会のほうが就職しやすいことも、そうした傾向に拍車をかける。筆者の知人の子供たちも、1人はミラノ、1人はロンドンで就職してしまい、生まれ故郷のシエナに戻るつもりはない。大都市では公共交通機関が充実しているので、必然的に自動車が要らなくなる。
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「初心者は高馬力車ダメ」も影響か
依然クルマにある程度魅力を感じ、お金を投じられる若者にとっても、その魅力が半減するような道路交通法が2011年に施行された。当時社会問題となっていた、若者が週末にディスコやクラブなどといった娯楽施設への往復途上で起こす事故を、低減しようとしたものだった。以後、免許取得後最初の1年間は、車両重量1tあたりの出力が55kW(75PS)を超える車両、または最高出力が70kW(95PS)を超える車両を運転できなくなった。
今回の執筆を機会に筆者が調べたところ、2020年現在、イタリアで販売されている新車で“免許取得1年生”が乗れるモデルは、国内外24ブランド・60車種である。しかし、クルマ好きが関心を示しそうなブランドに限れば、BMWは該当車なし。メルセデス・ベンツは、「Aクラス」にかろうじて70kWのディーゼル仕様があるのが実情だ。
一方、街なかの中古車店でも「初心者OK」といったプレートが掲げられたクルマは発見できる。中古車検索サイトの一部にも「初心者OK」の選択ボタンが設定されている。だが、こちらもフィアット、オペル、ルノーなど実用志向のブランドが大半で、こだわりのある若者に訴求できるものは、あまりない。数少ない朗報は、前述のインフラ運輸省によって、既登録車両のナンバープレートを入力すると初心者運転可かどうかが即座に表示されるウェブサイトが開設されていることくらいだ。
また免許取得後3年間は、郊外道路で90km/h、高速道路で100km/hと最高速度も制限された。反則金も最高641ユーロ(約8万円)、免許停止8カ月と重い。この法改正がどこまで効果を及ぼしたかは測定が難しいものの、2019年の交通事故死者数は過去10年で最少となった。だが、走り志向の若者の購買意欲をそれなりにそいでしまったことも考えられる。
また、その導入自体に決して異論はないが、自動速度取り締まり機の積極的な導入も、少なからず若者の購入意欲を低下させているだろう。近年、特に地方道を運転していると、かなり小さな町村でも取り締まり機の新設が見受けられた。実際、車載レーダー探知機メーカーの「コヨーテ」が2017年に発表したデータによると、イタリアの速度取り締まり機数は7043基。2位フランスの3324基を大きく引き離して欧州1位だ。たとえ制限速度を順守していても、どこか運転の楽しさが低減する。
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実際に聞いてみよう
実際の若者は、どうクルマを捉えているのか? 筆者の周囲で、若い順に聞いてみた。まずは1996年以降に生まれた、いわゆる「ジェネレーションZ」といわれる世代だ。
1人目は2020年7月に高校を卒業したばかりのラリスさんである。「すでに教習所に通い始めたり、免許を取得したりした友だちもいます」と語るものの、彼自身は「まだ免許は持っていません」という。父親の職業を継ぐべく、大学の医学部を目指しているからだ。
「入試に集中しているので、免許を取るのはその後です。合格したらクルマに乗ります」
彼の最初の自動車は、ホンダ製エンジン搭載の「ローバー600」になるかもしれない。かつて両親が乗っていて、今は祖父のもとにある、最も身近なクルマだからだ。
2人目のエミリオさんは、すでに免許を取得して運転している。理由は、「大学や仕事場との往復。趣味で、もっと自由に移動したいと思ったから」と振り返る。彼は前述の免許取得1年未満の初心者に該当する。そのため家にある2台のうち、父親の「日産キャシュカイ」は規定の出力に収まらないので、母親の「フィアット500」に乗っている。
「同世代では10人中3~4人が免許を持っているかな。通勤に必要な人は取得するし、自宅からあまり遠くに移動する必要がない人は関心ありません」
エミリオさんは、イタリアにおける若者の車離れを、自身の視点で解説してくれた。
「人々は自分の街や周辺で生活することに慣れてきている。クルマを必要としなくなっているのかもしれません」
たしかに彼の祖父母の世代は、毎週のように家と別荘を往復して過ごしたりする人が多く、そうしたライフスタイルが豊かさの象徴でもあった。だが、そうした習慣も憧れでなくなって久しい。
「バス・電車移動の便利さと、それらの運賃が若者でも手ごろであることを考えると、さらに自分でクルマを所有する理由がなくなります」と彼は語る。例えば2009年には、最高営業速度300km/hで走る「フレッチャロッサ」が開業して、イタリア半島の南北移動は格段に楽になった。すでに開業10年。彼らは、そうした交通機関があって当たり前のジェネレーションなのである。
クルマよりも大切なものを発見
次はワン・ジェネレーション上の、一般的にいう「ミレニアル世代」である。
地元テレビ局勤務のマッティアさんは、免許を取得して「スマート」に乗っている。「友だちも、みんな運転免許を持っているよ」と証言する。彼も先述のエミリオさんと同様、両親と同居。かつ取得した理由もほぼ同じで、「自由で独立した移動のため」と答える。加えて、彼の場合は「仕事のためでもある」とも語る。「多くの会社では、今でも採用条件に含まれているよ」と教えてくれた。日本でいう「要普免」だ。
最も興味深いストーリーを聞かせてくれたのは、今回の最年長である30歳のマッテオさんだ。彼は、日本でいうところのペーパードライバーである。免許を取得して「フィアット・プント」を運転していたが「ひどい大事故に巻き込まれた」のをきっかけに運転をやめた。もともと生活至便な旧市街在住、かつ当時料理人として働いていた食堂が徒歩圏内だったことも、決断を容易にさせた。
さらに、マッテオさんにとってクルマよりも大切なものが見つかった。留学でイタリアに来ていたオーストリア人の彼女ができたのだ。それがきっかけで彼もウィーンに渡り、現地で料理人として働き始めた。
帰省の往復は? ウィーンとは最寄りのフィレンツェ空港から直行便もあることはあるが便数は極めて少ない。経由便は時間がかかる。自動車がなくて困らなかったのか? その質問に彼は「ブラブラカーがあったから、大丈夫だった」と教えてくれた。
BlaBlaCarとは、2004年に設立された乗り合いマッチング・サイトである。交通費を割り勘にしたいドライバーと同乗者の双方が、区間と希望日を入力する。シエナ-ウィーン間は片道900km以上。途中で乗り継いだのかと思いきや「日にちを合わせれば、なんとか“直行”が見つかったよ」と振り返る。
ちなみに長時間、同じドライバーと一緒に旅することについては「いいことも、そうでないこともあった」と告白する。ついでに筆者の見解を述べれば、相乗りアプリは、見知らぬ人とでもすぐに打ち解けるイタリア人の性格と親和性が高そうだ。
今も“ノー自動車生活”を送るマッテオさんだが、郊外のクラブ/ディスコなど遊興スポットへのアクセスは困らないのか? との質問に「友だちの誰かが送り迎えしてくれるから、まったく問題ないね」と答える。
これからもクルマを購入する意思はないという。「自動車を持っているとタイヤだ、保険だと、2000ユーロ(約25万円)くらいすぐ消えてしまう。でも自転車なら同じ予算でかなり楽しめるからね」というのが持論だ。
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生き残るのは「冷静な客の声を聞くブランド」
「クルマ離れ」をキーワードに取材を始めた今回だったが、少なくとも取材した彼らの誰ひとり、自動車の存在を否定しているわけではなかった。他に優先するものがあったり、他の交通機関を併用したりした結果、時間や費用をかける対象として、自動車の優先度が低下した、というのが正しい解釈だ。
参考までに、最初に紹介したラリスさんのような学業優先派は、他にも心あたりがある。十数年前知り合ったレティーツィアさんという女性だ。彼女は成人した際、親から「免許を取るか、留学するか」と聞かれ、すかさず留学を選択した。後年その経験を生かして、観光案内所やホテルの職を得ることができた。彼女が免許を取得したのは結婚後、仕事中に子供を親に預けに行く必要が生じてからだった。
一方で、クルマ生活をやめたマッテオさんは約5年のウィーン生活ののちシエナに戻り、現在の高級刃物店に就職した。店主がなかなか弟子をとらないことで有名なその店で職を得られたのは、温和な物腰に加えて、ドイツ語圏観光客が多いこの街で語学力が買われたに違いない。
イタリアでの25~26歳の就業率は56.3%。欧州平均76%よりもかなり低い(出典 : 2020年欧州中央統計局)。そうしたなかで免許やクルマより学業やスキルを優先するという選択は、十分にありなのである。
若年層の大半が自分にクルマが必要か、あるいはどの程度のクルマが必要かを冷静に判断するようになる近未来において、逆に自動車メーカーに就職する若者は、かなり先鋭化すると考えられる。言葉を換えれば、本当のクルマ好きしか就職しなくなるのだ。そうなったとき、実社会に生きる若いユーザーの声を吸い上げられなくなってしまう恐れが、今日以上にある。
幸いにして、今のところは体形がまったくスポーティーでないのにスポーツカーに乗ったり、本人が全然スタイリッシュでないのにデザインアワード受賞の大型SUVを買ってくれるおじさんたちがいる。
しかし、そうした古い世代の人たちが消え、今回取材したような実生活とのバランスを重視する世代が増えると、メーカーにとって利益率が高いうまみのあるクルマは売れなくなる。新型コロナウイルス感染の長期化で、その傾向はさらに加速するだろう。
自動運転や電動化技術への投資と同時に、新たなジェネレーションに対する市場分析をおろそかにするブランドに将来はない。これこそイタリアの若者たちの話を聞きながら抱いた思いである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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