日本での普及は難しい? 「ホンダe」が提唱する「都市型EVコミューター」の未来を占う
2020.08.24 デイリーコラムホンダが考えるEVの最適解
2020年7月に日本仕様の概要が発表されたホンダの電気自動車(EV)、その名も「ホンダe」。デザインについては多くの評価が好意的なのに対し、満充電での航続距離がWLTCモードで300km未満という数字には賛否が分かれている。
2010年に「日産リーフ」が登場したときはたしかJC08モードで200kmだったが、これは当時のリチウムイオン電池が高価格かつ低効率で、リーフのような量販車ではこれが最良の落としどころと考えられていたことが大きい。しかし、その後「テスラ・モデルS」が大量のバッテリーを搭載することで、いきなり航続距離500kmを豪語。そのぶん車両価格は高かったが、この数字になびく人は予想以上に多く、テスラはたちまちEV界のベンチマークになった。
そこからの「EVは長く走れれば走れるほどいい」という潮流の中で、ホンダeはあえて“ほどほど”な航続距離にとどめてきた。ホンダは1997年から数年間、「EVプラス」という車種を一部の市場でリース販売した実績があり、その航続距離は10・15モードで210kmだった。ちなみにホンダeの欧州仕様は210~220km。どうも彼らは、200km+αの航続距離をEVの最適解と捉えている節がある。
ことホンダeの場合、この航続距離の“根拠”としてホンダが挙げたのは、このクルマが地球環境に厳しい目を注ぐ欧州の都市部をターゲットにしたシティーコミューターであるということだ。開発にあたり欧州視察を行ったところ、ノルウェー以外では街中にEVがほとんどいなかったので、参入の余地ありと決断したようだ。
EVの風向きを変えたディーゼルゲート事件
ホンダeの原型は、2017年のフランクフルトモーターショーで発表された「アーバンEVコンセプト」だ。このモデルを基準に考えると、開発陣が欧州を訪れたのは2014年あたり。フォルクスワーゲンのディーゼルゲート事件が発覚する前の年だ。
当時、筆者が欧州に行ったときの記憶を呼び戻すと、Bセグメント以下のEVとしては「フォルクスワーゲンe-up!」や超小型の「ルノー・トゥイジー」などを目にしたが、多くは業務用で、“マイカーEV”はほとんど見なかった。テスラ・モデルSはデビュー後間もなかったので目立っていなかったし、都市部では当然のように目にする「スマート」も、ガソリン車ばかりだった。ただしパリは、今はサービスをやめてしまったが「オートリブ」というEVシェアリングの車両が多く走っていた(参照「見た、乗った、驚いた! フランス・パリの最新EV事情」)。ホンダのスタッフはパリに行かなかったのか、あるいはカーシェアはカウントに入れなかったのだろう。
欧州の大都市のモビリティー事情は日本と似ていて、庭付き車庫付き一軒家は夢のまた夢。アムステルダムは路上駐車スペースに充電器が多かったり、パリはオートリブ用充電器をマイカーも使えたりしていたが、天国と地獄ほどの差はない。自宅充電の望めない都市部のユーザーがEVを持つのはハードルが高く、郊外でそれなりのサイズのEVを走らせるほうがはるかに楽だ。
しかも欧州には以前からCAFEと呼ばれるメーカー単位の平均CO2排出量規制があり、成績が悪いと優秀なメーカーから排出権を買わねばならない。これを抑えるには排出量の多い大型車から電動化したほうがいい。逆にBセグメント以下のコンパクトカーはガソリン車でも燃費が優秀だったので、高価になるEVを出すブランドは限られていた。
しかし“ディーゼルゲート”が風向きを変えた。いくつかの国が将来エンジン車の販売や走行を禁止するとアナウンスしてきたからだ。すでに一部の都市では古いエンジン車の乗り入れを規制している。コロナ禍でもその傾向は続き、ドイツ政府は自動車業界の反対を押し切ってEVなどへの補助金を大幅に引き上げるなど、ピンチはチャンスとばかりに電動化を加速させている。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
都市のつくりと人々の志向に見る“壁”
ここで注目したいのは、欧州ではそれ以前から“コンパクトシティー”(都市のスケールを小さく抑えて郊外化を抑制し、住みやすく環境負荷の小さい生活圏・経済圏を形成しようという構想)が根付いていたことだ。都市機能が小さく集中していて、逆に郭(くるわ)を出ると次の街まで家ひとつないというところも多い。よって、“都市内”と“都市間”でモビリティーを分けて考える人もいる。航続距離が短めのEVでも、ホンダeのようにデザインにこだわりがあれば、都市内移動用と割り切って使う人は一定数いそうだ。
しかも都市は人が密集しているから、環境問題もより深刻になる。逆に言えば都市からメスを入れていけば地球全体の問題解決に大きく寄与する。ホンダeが“欧州のシティーコミューター”に開発の的を絞ったのは、こうした事情を考えた結果ではないかと想像している。エコのソリューションとしては合理的な判断だ。
ただし、“生まれ故郷”である日本での浸透は難しいだろう。年に1~2回しか3列シートを使わなくてもミニバンを買い、狭い国なのに常に燃料満タンでロングランに備えているような人が多いからだ。街づくりも多くはコンパクトシティーとは正反対。政治を筆頭にいろいろな部分が曖昧で、割り切りができず、引き算よりも足し算のモノ選びを好む傾向がある。
この国でホンダeの航続距離に賛否両論が出ているのは、日本人のマインドを考えれば当然のことと言えるし、ホンダはそれを見越して「欧州向けのシティーコミューターEV」とアナウンスしているのではないだろうか。
(文=森口将之/写真=日産自動車、フォルクスワーゲン、Newspress、webCG/編集=堀田剛資)
![]() |

森口 将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。ヒストリックカーから自動運転車まで、さらにはモーターサイクルに自転車、公共交通、そして道路と、モビリティーにまつわる全般を分け隔てなく取材し、さまざまなメディアを通して発信する。グッドデザイン賞の審査委員を長年務めている関係もあり、デザインへの造詣も深い。プライベートではフランスおよびフランス車をこよなく愛しており、現在の所有車はルノーの「アヴァンタイム」と「トゥインゴ」。
-
トヨタ車はすべて“この顔”に!? 新定番「ハンマーヘッドデザイン」を考える 2025.10.20 “ハンマーヘッド”と呼ばれる特徴的なフロントデザインのトヨタ車が増えている。どうしてこのカタチが選ばれたのか? いずれはトヨタの全車種がこの顔になってしまうのか? 衝撃を受けた識者が、新たな定番デザインについて語る!
-
スバルのBEV戦略を大解剖! 4台の次世代モデルの全容と日本導入予定を解説する 2025.10.17 改良型「ソルテラ」に新型車「トレイルシーカー」と、ジャパンモビリティショーに2台の電気自動車(BEV)を出展すると発表したスバル。しかし、彼らの次世代BEVはこれだけではない。4台を数える将来のラインナップと、日本導入予定モデルの概要を解説する。
-
ミシュランもオールシーズンタイヤに本腰 全天候型タイヤは次代のスタンダードになるか? 2025.10.16 季節や天候を問わず、多くの道を走れるオールシーズンタイヤ。かつての「雪道も走れる」から、いまや快適性や低燃費性能がセリングポイントになるほどに進化を遂げている。注目のニューフェイスとオールシーズンタイヤの最新トレンドをリポートする。
-
マイルドハイブリッドとストロングハイブリッドはどこが違うのか? 2025.10.15 ハイブリッド車の多様化が進んでいる。システムは大きく「ストロングハイブリッド」と「マイルドハイブリッド」に分けられるわけだが、具体的にどんな違いがあり、機能的にはどんな差があるのだろうか。線引きできるポイントを考える。
-
ただいま鋭意開発中!? 次期「ダイハツ・コペン」を予想する 2025.10.13 ダイハツが軽スポーツカー「コペン」の生産終了を宣言。しかしその一方で、新たなコペンの開発にも取り組んでいるという。実現した際には、どんなクルマになるだろうか? 同モデルに詳しい工藤貴宏は、こう考える。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。