第163回:見た、乗った、驚いた! フランス・パリの最新EV事情(前編)
2012.11.09 エディターから一言第163回:見た、乗った、驚いた!フランス・パリの最新EV事情(前編)
日常生活の中で目にする機会も増えてきた、電気自動車(EV)。日本では「日産リーフ」や「三菱i-MiEV」が知られるが、海の向こうでは、どんなEVが活躍しているのだろうか? モータージャーナリストの森口将之が、注目の2モデルにフランスで試乗。その走りを紹介する。
知られざる「超小型モビリティー」
いま一番乗りたいEVが二つある。そのうちの1台が「ルノー・トゥイジー(Twizy)」だ。“ツイン(twin)&イージー(easy)”を車名としたこのクルマ、日本では「日産ニュー・モビリティー・コンセプト(NMC)」の名で実証実験に使われている、超小型モビリティーである。
フランスは超小型モビリティー王国で、「エクサム」や「リジェ」など10以上の専門メーカーがある。現地では「クワドリシクル(4輪自転車)」と呼ばれ、「クワドリシクル・ルール(重量級)」と「クワドリシクル・レジェ(軽量級)」のカテゴリーに分けられる。
高速道路の通行はどちらも不可。完全なシティーコミューターとして位置付けられる。よって「スマート」や「トヨタiQ」はこのカテゴリーに入らない。 両者の大きな違いは最高速度と免許制度で、「ルール」は昔の日本の軽自動車免許のような専用免許が必要となるが、「レジェ」は最高出力が4kW、最高速度が45km/hに制限される一方、16歳以上なら免許なしで乗れる。現地では若者がスクーター代わりに乗り回すか、地方の高齢者が近所の移動用に運転するシーンも多く見受けられる。
ただし価格はベーシックなモデルでも1万ユーロ(102万円)前後とそんなに安くはないし、生産台数は最大手のエクサムでも年間1万2000台程度にすぎない。ルノーのような大メーカーがこれまで参入してこなかった理由は、このあたりにあったようだ。
ではなぜルノーはトゥイジーを造ることになったのか? パリモーターショー会場で製品担当者に聞いたら、ちょっと意外な言葉が返ってきた。
ルノー・スポールが手掛けるEV!?
「これは若者にターゲットを絞ったクルマです」と言うのだ。既存の超小型モビリティーのように、地方の高齢者には目を向けていない。そのためだろう、現地で見かけるトゥイジーの広告はポップアートそのものである。
若者に焦点を絞った理由のひとつに、クルマ離れを食い止めたいという気持ちがあるのは間違いない。以前ルノーのスタッフに聞いたら、日本ほどではないものの、欧州も似たような悩みを抱えているとのことだった。でもそのための解決策として、スポーツカーではなく超小型EVという革新的なアプローチを選んだところが、フランスのメーカーらしい。
もうひとつ注目される点は、「ルノー・スポール・テクノロジーズ(RST)」が開発を担当したことだろう。「少量生産車だから小回りの利く組織に任せた」というのが表向きの理由だが、原動機を後車軸直前に搭載したリアミドシップ方式をRSTが「ルーテシアV6」などで経験していることも、大いに関係しているかもしれない。
価格はレジェ規格の「トゥイジー45」が6990ユーロ(約71万3000円)、ルール規格の「トゥイジー」が7690ユーロ(約78万4000円)から。ドアはオプション扱いで590ユーロ(約6万円)だ。バッテリーはリースで、走行距離と契約期間により料金が異なり、年間7500km以内、期間36カ月以上だと月額50ユーロ(約5000円)になる。
今回はパリモーターショーの取材ついでに、トゥイジーに乗れればと思い、ルノー・ジャポンを通して広報車の手配をお願いした。ところがいつもと勝手が違う。ブローニュ・ビヤンクールの本社近くにある「スクエアコム」という建物でキーを受け取って地下駐車場のクルマを引き取るのではなく、同じスクエアコムの東側にある「ルノーZ.E.(ゼロ・エミッション)センター」に行ってくださいと言われたのだ。
試乗は歴史ある工場跡地で
スクエアコムのZ.E.センターに着くと、入り口脇に2台のトゥイジーが止められ、内部にはルノーZ.E.4車種が勢ぞろいしていた。たしかにZ.E.センターだ。でも、外に置かれたトゥイジーを自由に乗り回して良いわけではなかった。
隣に止められた4ドアセダンのEV「フルーエンスZ.E.」の後席に、同行した自動車新聞社の記者、楠田さんともども案内される。別の場所で試乗するようだ。走り始めたフルーエンスは、できたての橋でセーヌ川を渡る。運転するスタッフから「静かでスムーズだろ?」と言われたが、車格が近い「日産リーフ」を経験しているので驚きはなかった。
到着したのは、かつて「4CV」や「キャトル」を送り出した工場があったセガン島だった。看板には「ルノーZ.E.テストセンター」とある。往年の大衆車を産んだ地が、最新技術を試す場に生まれ変わったのだ。ちょっと感動のストーリーである。
試乗車は最高出力13kW、最高速度80km/hのルール仕様。まず簡単なコックピットドリルを受ける。前後進の選択がステアリングホイール左のボタン操作になり、タンデム2座なのでルームミラーがないことを除けば、他のEVと大差はない。すぐに女性インストラクターの運転するトゥイジーに続いて、全長2kmのコースに出た。
まず驚いたのは、インストラクターのペースだった。日本のテストドライブではあり得ない速さだ。車重わずか450kgだから加速は軽快。回生ブレーキの効きはリーフと「テスラ・ロードスター」の中間で扱いやすい。サイドウィンドウはないけれど、風の巻き込みは思いのほか少なく、爽快なオープンエアモータリングが味わえる。
ルノーの“EV魂”に圧倒される
ではコーナーはどうだろう? 全長2.34mに対して全幅1.24m、全高1.45mという、操縦安定性については不利と思える体格だ。でも結果はまったく心配なかった。
依然としてハイペースのインストラクターについてコーナーに入ると、ノンパワーのステアリングの切れ味は鋭いものの、狭いトレッドから想像できないほど前後輪がガシッと踏ん張ってくれる。次のコーナーでは早くも走りを楽しんでいる自分がいた。
もうひとつ感心したのは車体剛性。今まで経験した超小型モビリティーの多くがゴルフカートを連想させたのに対して、トゥイジーは完全に自動車のレベルにある。おかげで硬めの足まわりにもかかわらず、乗り心地に不満を覚えることはなかった。
走行を終えて車両を観察すると、タイヤはフロントよりリアのほうが太く、前後とも明らかにネガティブキャンバーになっていた。超小型EVのトゥイジーもまた、れっきとしたルノー・スポールの仕事であることを教えられた。
しかもトゥイジー、ただ車体が売られているだけではない。ルノー自ら「トゥイジー・ウェイ」と名付けたカーシェアリング事業を立ち上げ、9月からパリ近郊の都市サン・カンタン・アン・イヴリーヌでサービスを始めているのだ。
「他に乗りたいクルマはありますか?」と聞かれたので、迷わず「カングーZ.E.」を指名した。ガソリン仕様のカングーが日本で販売されているので、比較しやすいと思ったからだ。
試乗車は日本仕様よりホイールベースを約400mm伸ばした「カングー マキシZ.E.」だ。運転席は見慣れたカングーのそれ。でもセレクターレバーをDレンジに入れて走りだすと、強力な加速に驚かされた。226Nm(23.0kgm)もの最大トルクが効いている(最高出力は44kW)。史上最速のカングーであることは間違いない。しかも床下にバッテリーを敷き詰めた効果で、コーナーの安定感も一枚上手に感じられた。
他社に先駆けてEVを4車種も発売しただけでなく、専用ショールームやテストコースを用意し、カーシェアリングまで展開する。トゥイジーに乗りたいという軽い気持ちで訪れたのに、結果的にはEVに賭けるルノーの本気に圧倒されたのだった。(後編につづく)
(文と写真=森口将之/取材協力=楠田悦子・株式会社自動車新聞社)

森口 将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。ヒストリックカーから自動運転車まで、さらにはモーターサイクルに自転車、公共交通、そして道路と、モビリティーにまつわる全般を分け隔てなく取材し、さまざまなメディアを通して発信する。グッドデザイン賞の審査委員を長年務めている関係もあり、デザインへの造詣も深い。プライベートではフランスおよびフランス車をこよなく愛しており、現在の所有車はルノーの「アヴァンタイム」と「トゥインゴ」。
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