日産キックスX ツートーンインテリアエディション(FF)
悩めるコンパクトSUV 2020.09.30 試乗記 日産独自のハイブリッドシステム「e-POWER」を引っさげて登場した、新型SUV「キックス」。多くのライバルがひしめき合う激戦区で、勝算はあるのか? 市街地からワインディングロードまで走らせた印象をリポートする。遅れたのにはワケがある
コアな日産ファンの間で、新しいコンパクトSUVのキックスには賛否両論あるらしい。その理由は、コンパクトSUVの世界的パイオニアとなった歴史的日産車「ジューク」の新型(は2019年に欧州発売された)が、日本に導入されないことだ。その事実上のかわりとして日本導入されたのがキックスなのだが、そのキックスは海外では2016年8月に発売されており、けっして真新しいクルマでないことも一部のファンは否定的にとらえたようだ。
白ナンバー登録車の日産ニューモデル登場はじつに2年9カ月ぶりのことなのに、それが海外では4年選手となれば、キックスじたいの良し悪し以前に「日本軽視では?」とのツッコミを入れたくなるのも理解できる。ただ、ここであえて日産をフォローするなら、ここにいたるには紆余曲折があり、日産なりの手を尽くした結果であることも間違いない。
日産関係者によると、日本における初代ジュークの後継商品が検討されはじめたのは2016年という。それはジュークのモデルチェンジ作業のスタートでもあるのだが、くしくもキックスの海外販売とほぼ同時期である。
2010年に日欧で発売された初代ジュークは、その前衛デザインもあって当初は日本でもヒットした。しかし、前出関係者によると「デザインに特化した商品は売れる期間が短いという現実どおり、発売2年を経過したあたりから国内台数が明確に落ちた」という。
前記の2016年におけるジュークの国内販売台数は月間平均で730台。同年クラストップの「ホンダ・ヴェゼル」は月間平均で約6200台で、じつに8倍以上という台数差は「古くなったから」という理由だけでは片づけられなかった。ジュークがヴェゼルに負けていたポイントは、ハイブリッドがないことと後席や荷室の実用性だった。
いっぽうで、欧州でのジュークはある意味でカリスマ的な存在となった。高く評価されたデザインや走行性能はモデルチェンジでさらに磨くしかなく、それと相反する実用性が求められる日本市場が逆に足かせ……といった状況から、日産は2代目ジュークを欧州に特化させて、キックスの日本導入を決めた。
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色眼鏡では見るべからず
前記のとおり、キックスは完全な新型車ではないが、日産では屈指のグローバルヒット商品である。ブラジルを皮切りに、南米、メキシコ、中東、中国の順で発売されていったキックスに“新興国向け”という先入観をもつ人もいるかもしれないが、その後は成熟市場の北米にも導入されている。しかも、メキシコ、チリ、UAE、台湾ではセグメント1位の売り上げを誇り、中国やブラジルでもセグメント上位の売れ行きである。すなわち、今や「日産のコンパクトSUVといえばキックス」が世界の常識であり、いわば日本と欧州だけが例外だった。
また、すでにご承知のように、日本では既存のキックスがそのまま売られるわけではない。「ノート」と「セレナ」に続く1.2リッターシリーズハイブリッドの「e-POWER」のキックスは今回初登場であり、それに合わせて車体骨格にはかなり手が加えられて、サスペンションも全面的にリチューンとなり、内外装デザインも今回に合わせて手直しされている。フルモデルチェンジではないが、世にいう“ビッグマイナーチェンジ”級の大改良である。
そんなキックスe-POWERはタイ工場で生産されて、全数の7割を日本、残り3割をタイで販売する計画だ。この“タイ生産”というところに引っかかるマニア筋もおられようが、古くは「スバル・トラヴィック」や3代目「フォード・フォーカス」、あるいは同じ日産の「マーチ」や「三菱ミラージュ」の例を出すまでもなく、タイは世界でも有数の自動車生産国である。また、現在のタイは電動車生産の優遇政策を実施しており、日産のみならずトヨタやホンダ、三菱も新たに電気自動車やプラグインを含むハイブリッド車の生産を申請中。今後のタイは日本ブランド電動車の一大生産拠点になる可能性が高く、今回のキックスe-POWERはその先駆でもあるのだ。
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これまでのノウハウが生きている
キックスの乗り味は、特筆するほどの新しさや感動はなくとも、昨今のコンパクトSUVとしては快適性も操縦性も平均に達している。基本骨格が低価格車向けのVプラットフォームということで不安に思う向きもあろうが、マーチや初期の「ノート」から想像するほどの安普請感はない。実際、Vプラットフォームはすでに何度も改良・強化されており、キックスのそれも初期のノートあたりとはほぼ別物に近い設計になっているという。
少なくとも舗装路では乗り心地も悪くなく、低速での細かい凹凸もSUVならではの余裕あるサスストロークでソフトにいなす。直進性もまずまずで、日本の高速を法定速度で駆け抜けるときのフラット感も十分だ。
ただ、大きめの凹凸にガツンと蹴り上げられたときの低級音に、安っぽさを感じる瞬間もなくはない。このあたりは「ヤリス クロス」や「ヴェゼル」といった競合車にちょっとゆずる部分かもしれない。
キックスのe-POWERも、ミニバンのセレナを過不足なく走らせているものと基本的に共通で、キックスなら絶対的な動力性能で不足はない。混じりけなしの電動駆動は心地よく滑らかで、不要にアクセルペダルを踏んだ瞬間にみせる、のけぞるほどの強力なピックアップもいかにも電動車らしい。エンジンやモーター、バッテリーといった各コンポーネントは新しくないのだが、これまで蓄積された実践的なノウハウによって、エンジンの始動頻度は従来のe-POWERより激減している。キックスのe-POWER化にあたっては静粛性への手当ては徹底している。前記の対策でエンジン音が物理的に減っているだけでなく、目に見えない車体構造のほか、目に見えるドアシールなども入念なことが確認できる。
売りやすいに違いない……が
ショートホイールベースかつ地上高の大きいコンパクトSUVに、強力レスポンスのe-POWERを組み合わせるのは、じつは簡単ではない。今回の開発でも、当初の試作車は加減速ごとに大揺れするピッチングに悩んだらしい。
そうしたエピソードを聞くと、e-POWERをワンペダルドライブ可能なSモードにして遠慮なく踏んでも、水平姿勢を崩さないまま、ドーンと蹴り出してくれる今のキックスには素直に感心する。さらに、山坂道でコーナリングに挑んでもアゴを出すような兆候はみじんもない。まあ、長い上り坂などで貯蔵電力が尽きると、ただの1.2リッター車になってしまう瞬間があるが、それでもこの重量なら控えめながらも普通には走る。
初代ジュークと比較すれば、やはり後席と荷室において、南米やアジアでファミリーカーとして受け入れられているキックスが光る。後席も荷室も空間はクラストップレベルだ。荷室にも特別な工夫はなにも用意されないが、素直に四角くて大きいのは嬉しい。このような高い実用性に自慢のe-POWERが組み合わせられて、プロパイロットでの半自動運転も電動車ならよりスムーズ……となれば、キックスは日本でも売りやすい商品であることは間違いない。
残されたネガがあるとすれば、基本的に1種類しかないグレードが300万円近い価格であることと、国産SUVながら4WDの用意がないことだ。ただ、充実した標準装備を差し引けば、実質的には割高ではないし、これまでの日産の例でいえば、今後はいろんな特別仕様車が追加されて、気がつくとけっこう膨大なグレード数になっている可能性が高い。4WDについても、ノートe-POWERには用意があるから、遠からずキックスに追加されても不思議はない。
……とはいえ、コアな日産ファンとしては、世界のトレンドセッターとなり、欧州ではいまだに一目置かれているジュークへの誇らしい気持ちの行き場がほしいのだ。キックスはキックスで日本発売を歓迎すべき魅力的な商品といっていいが、「もし、今のトヨタが日産の立場なら、もったいぶらずに、キックスもジュークも両方売るだろうな」とないものねだりをしたくなったりもする。
(文=佐野弘宗/写真=荒川正幸/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
日産キックスX ツートーンインテリアエディション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4290×1760×1610mm
ホイールベース:2620mm
車重:1350kg
駆動方式:FF
エンジン:1.2リッター直3 DOHC 12バルブ
モーター:交流同期電動機
エンジン最高出力:82PS(60kW)/6000rpm
エンジン最大トルク:103N・m(10.5kgf・m)/3600-5200rpm
モーター最高出力:129PS(95kW)/4000-8992rpm
モーター最大トルク:260N・m(26.5kgf・m)/500-3008rpm
タイヤ:(前)205/55R17 91V/(後)205/55R17 91V(ヨコハマ・ブルーアースE70)
燃費:21.6km/リッター(WLTCモード)/30.0km/リッター(JC08モード)
価格:286万9900円/テスト車=340万0674円
オプション装備:ボディーカラー<プレミアムホライズンオレンジ×ピュアブラック>(8万2500円)/インテリジェントアラウンドビューモニター<移動物検知機能付き>+インテリジェントルームミラー(6万9300円)/ ※以下、販売店オプション ウィンドウはっ水12カ月<フロントウィンドウ+フロントドアガラスはっ水処理>(1万0285円)/ナビレコパック<MM319D-L>+ETC2.0(30万8629円)/キッキングプレート(3万3660円)/フロアカーペット<エクセレント/オレンジ>(2万6400円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:2182km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:410.0km
使用燃料:31.1リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:13.2km/リッター(満タン法)/14.2km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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