フィアット500Xスポーツ(FF/6AT)
確信的こってり系 2020.10.05 試乗記 フィアットのコンパクトSUV「500X」に新グレード「スポーツ」が追加された。サッと仕立てた雰囲気チューンかと思いきや、さにあらず。走らせてみるとその名に恥じないスポーツカーテイストあふれるクルマに仕上がっていた。13mm低い着座位置
500Xスポーツは欧州では2019年の秋に発売された500Xの最新バリエーションである。スポーツという言葉の意味は幅広いが、今回の500Xスポーツにおける“スポーツ”は、スポーツカーやスポーツセダンといった言葉のそれと同義と考えていい。すなわち、舗装道路でより快活なペースで走って、ときにカーブを曲がることじたいを楽しむクルマだ。
500Xスポーツはそうした目的のために一部を専用仕立てとしているが、かといって「GTI」あるいは「アバルト」と名乗るほど特殊ではない。エンジンも特別ではなく、日本では1.3リッターターボのみの設定だが、欧州では1リッター3気筒ターボにもスポーツの用意がある。というわけで、このクルマのスポーツたる部分は、内外装のコスメ装備とライトチューンされたシャシーにある。
外装では前後バンパーを専用品として、ホイールアーチやサイドシル下端部分を標準のブラックから車体同色に変更。さらに、普通はシルバーやクロームメッキになるディテール部品をダークグレーやブラックのそれに換装している。内装ではステアリングホイールが専用スポーツタイプとなり、それに合わせて各部のステッチは赤く、そしてメーターフードがアルカンターラ張りとなった。シートも本体の形状は標準と変わりないが、表皮が専用のブラックレザーとなる。
シャシー方面では、スプリングとダンパー、そして19インチタイヤとホイールがすべて専用となる。本国資料によると、前後バネレートが10%ほど引き締められて、ダンパー減衰も最適化されたうえに、車高が13mmローダウンされているらしい。ただ、日本仕様の諸元表ではスポーツの全高も非スポーツと同じ1610mmのまま。かわりに日本のプレスリリースには「シート高が『500Xクロス』に比べて13mm低く設定」とある。おそらく、実際には日本仕様の500Xスポーツも13mmローダウンされているが、型式指定の諸元は公差の範囲内として変更せず、かわりに商品魅力として「シート高」という表現になったのだろう。
見た目以上のヤンチャ系
スポーツカー風のバンパーデザインに、ホイールアーチやサイドシルが同色化されたことで、車体そのものはより背高に見えるのに、重心は逆に低く見える……というたたずまいはスポーツ独特である。たったこれだけの意匠処理でも、SUV感が明確に薄れるのだから面白い。
見た目にヤンチャ感が増した500Xスポーツの乗り味は、見た目以上に明確なヤンチャ系だ。昨今のクルマでは、見た目は武闘派でも乗り味はあえて快適性に振っているタイプが多いが、500Xスポーツの乗り心地はけっこう素直なガッチリ型である。私自身、500Xの試乗じたいがひさしぶりだったが、走り出した瞬間に「あ、硬くなった」と気づくくらいに引き締まっている。
ちょっとした路面の凹凸でも素直にズンズンゆすられて、タイヤのゴロゴロが率直に伝わってくる乗り心地は、どことなく古典的である。ただ、少しばかり懐かしくはあっても古くさくは感じないのは、車体にミシリともいわない高い剛性感があり、細かい上下動はあるが盛大に跳ねるようなことはなく、そして荒れた路面でステアリングが取られるワンダリング現象がほとんど起こらないからだ。
このあたりは、車体やサスペンション、そしてタイヤが、さすがの最新技術でつくられている恩恵が大きいはずだが、同時にSUVならではの大きな車高のおかげで、サスペンションストロークが多めに確保されている恩恵もあるだろう。さらに、明確に引き締まったフットワークながら、そのわりにロードノイズが控えめなのは、19インチタイヤが「ダンロップ・ビューロVE304」という静粛性自慢の高級銘柄であることも無関係ではないと思われる。
タイヤ径によるフィーリングのちがい
パワーアシストが控えめな専用設定となったステアリングフィールは、素直に気持ちいい。シャシーは水平姿勢のまま鋭く曲がって、その反応はあくまで正確かつリニアなのに、それほどの過敏さはない。青筋を立ててクリッピングポイントをねらうよりも、6~7割程度のペースで荷重移動も控えめにして、ステアリングをさらりと操りながら走るのが似合う。そういう走りをしたときの、上品かつ爽快で、マニアすぎない調律はなかなか絶妙である。
エンジンは普通の500Xや兄弟車の「ジープ・レネゲード」に2019年のマイナーチェンジ以降に搭載されているものと同じ1.3リッター4気筒直噴ターボである。その体感性能は素直にパワフル。乾いた舗装路でも、225幅のワイドタイヤが瞬間的に路面をかきむしる程度のトルクがある。
諸元表を見るにエンジンチューンや変速機のレシオも、ほかの500Xはもちろんレネゲードともすべて共通のようだ。しかし、以前webCGで試乗させていただいた「レネゲード リミテッド」と比較すると、その印象はちょっと異なる。
というのも、今回もなるほど過給ラグはわずかに残っているものの、レネゲードのときのような中低速の薄さはあまり感じられず、アクセルオフ側も吸いつくようなレスポンスで、荷重移動や速度調整がとてもやりやすい。そのいっぽうで3000rpmくらいからグイッとパンチを増すターボらしさはちゃんとあり、なんというかレネゲードでの弱点めいた部分が、巧妙に解消されているように思えた。
パワートレインの諸元は変速機も含めて共通なのは前記のとおりで、車重もレネゲードと500Xスポーツに明確な差はないのに……と思ったら、タイヤ径がちがっていた。実際に走らせると、トータルの減速比は500Xスポーツのほうが5~10%ほど低い。もしかしたら、このあたりがキモなのかもしれない。
ファミリー内でのポジショニング
このようにある意味で古典的な味わいが魅力でもある500Xスポーツだが、フィアットの技術力があれば、同等の旋回性能をもう少し快適な乗り心地と両立させることも可能だったはずだ。しかし、あえて水平姿勢が強めの古典的で分かりやすいスポーツテイストを演出するのは、弟分の「500」や「500L」もひっくるめた500ファミリーに共通する意図的なキャラ設定でもあると思われる。
いわゆるSUVに、このような舗装路向けのスポーツモデルを設定することを本末転倒という向きもあるだろう。ただ、SUVブームもいよいよきわまり、その種のクルマが乗用車の主力形態として完全定着して、背の低いセダンやステーションワゴンなどはすでに眼中にない顧客も増え続けている。もはや乗用車はSUVであることが大前提で、そこから個性のちがいで差別化する時代に入りつつあるということだ。考えてみれば、スポーツセダンやスポーツワゴンが新しいものとして世に出たばかりのころは、それらが“スポーツカーの真似をした乗用車”と揶揄されたものである。
まあ、そんな大げさな話でなくても、現在のフィアットは「プント」もすでに姿を消しており、本国のラインナップにも伝統的なハッチバックはCセグメントの「ティーポ」しかない。彼らが4~5ドアの手ごろで実用的なコンパクトスポーツ……をつくるなら、素材は現実的に500Xしかないのも、また現実だ。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
フィアット500Xスポーツ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4295×1795×1610mm
ホイールベース:2570mm
車重:1410kg
駆動方式:FF
エンジン:1.3リッター直4 SOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:151PS(111kW)/5500rpm
最大トルク:270N・m(27.5kgf・m)/1850rpm
タイヤ:(前)225/40R19 93W/(後)225/40R19 93W(ダンロップ・ビューロVE304)
燃費:13.4km/リッター(WLTCモード)
価格:344万円/テスト車=349万3900円
オプション装備:ETC車載器(1万8700円)/フロアマット<ロゴプリント入り>(3万5200円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:2657km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:517.8km
使用燃料:45.5リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:11.4km/リッター(満タン法)/11.6km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。