第676回:自動車販売の未来はキミたちの双肩に! イタリアの若手セールスパーソンに話を聞いた
2020.10.08 マッキナ あらモーダ!自動車営業マンはつらいよ
最近、わが街シエナの自動車ディーラーの2店舗に、新人セールスパーソンがそれぞれ配属された。
そのようなことをあえて書くのは、イタリアの販売店において、近年は20代の自動車営業担当が極めて少ないからである。
それには背景がある。イタリアの自動車販売は下降している。2007年の年間登録台数は249万2000台だったが、2019年には191万6000台にまで減少した。販売店の人員削減はやむを得ない。
2台続けて筆者のクルマを担当してくれたメーカー半直営ディーラーのセールスパーソンもしかりだ。気がつけば日本でいうリストラ対象となり、風の便りによると今は外洋クルーズ船のクルーをしているらしい。
こうした状況である。販売店が若い新人を採用する必要性が薄くなるのだ。
給与水準も厳しい。イタリアの求人情報サイト『ジョビードゥ』が掲載した過去12カ月のデータを確認してみる(2020年10月閲覧)。
この国における自動車セールスパーソンの平均手取り給与は、月額1350ユーロ(約16万7000円)だ。他の職種平均より、率にして13%、金額では200ユーロ(2万5000円)も低い。
これに販売報酬の月額20~860ユーロと月あたり賞与の10~360ユーロを加えても、年間の平均給与総額は約2万4300ユーロ(約300万円)にとどまる。
さらに、勤務経験3年未満の場合、月額給与の平均は850ユーロ(約10万5000円)だ。
若年層にとっては決して魅力ある職場ではないといえる。さらに長年慣習になかった土曜の午後や日曜の営業も頻繁に行われるようになった。
それでもクルマの販売を志した若者とはどんな人物なのだろうか。早速ショールームに赴いて聞いてみることにした。
シャツ7枚分の汗
最初はオペルの販売店である。2人いる営業スタッフのひとりとして働くジャコモ・ピエリーニさんは1999年生まれ。取材時点で20歳だ。
高校卒業後は父親が地区代理人を務めている酒類や食品の販売会社で働いていた。しかし、顧客がホテルやリストランテだったことから「同じ販売でもエンドユーザーとじかに接する仕事がしたかった。それが、自動車ディーラーを選んだ理由です」と語る。
初めてショールームに立って、ちょうど6カ月が経過したところである。
「最初の勤務地は、隣町のプジョー店でした。しかし、同じ販売グループが経営するこのオペル店の1人が病欠で長期休暇となったため、僕が2店を掛け持ちすることになったのです」
先輩や上司の商談に同席するかたちで、オン・ザ・ジョブ・トレーニングを重ねた。その上司のひとりは、本連載の第660回でインタビューに応じてくれたファウストさんである。オペル販売歴20年。地元の同業者の間でも知られた人物だ。
そのファウストさんは2020年に販売テコ入れ策としてイタリア政府が導入したエコカー奨励金のおかげで多忙だった。そこで、彼が最初に配属されたプジョー販売店の先輩であるキアラさんに、SNSを通じてジャコモさんについて聞いてみた。彼女は「ジャコモは私たちの小さな宝石です」という、「オロナミンCは小さな巨人です」をほうふつとさせるフレーズで彼への期待を表現してくれた。
「食品よりも高価格な商品を扱うことにも憧れたのも、この道に入った理由です」というジャコモさんであるが、最初に自分ひとりでクルマを売ったときのことを、今もしっかり覚えている。
「お客さまは35歳のインテリアデザイナーでした。最初はクルマを見るために、2回目は詳しい商談をするためにやってきました。そして3回目に、ようやく赤の『プジョー2008』を買ってくださいました。契約のサインが終わった瞬間、私のアドレナリンは1000%分泌されていましたね!」
加えてジャコモさんはその経緯を「苦労する」ことを意味する「ho sudato sette camicie」という言葉でも表現した。直訳すると「7枚のシャツを汗まみれにする」となる。イタリア語のイディオム(慣用句)であるが、彼の心境が的確に伝わってくるではないか。
いっぽうで、この仕事をしていてつらいのは、せっかく商品に高い関心を抱いて訪れたお客さんにもかかわらず、クレジット会社のローン審査が通らないときだという。
クルマと並ぶ彼の趣味は、「レゴブロック」の収集と、近年イタリアの若者の間で流行中の33回転のLPレコードやカセットテープの鑑賞である。
筆者が思うに、同世代の顧客との会話に使えるし、そうした音楽記録媒体を現役で使っていたおじさんたちとの接点としても使えそうだ。
半年が経過しても、毎日お客さんを相手にするときは「コメ・プリマ(最初のような)感覚です」と、くしくもイタリアの名カンツォーネのタイトルと同じ表現で締めてくれた。
おじいちゃんも“指導”
もう1人はFCAの販売店に勤務するアレッシオ・ドゥーキさん。ジャコモさんと同じ1999年生まれである。
高校卒業後、まずは2019年にルノー販売店に就職した。
「最初のクルマは、幸いにも知人が買ってくれました。とてもうれしかったですね」と振り返る。
2020年1月から現在の職場に転職。彼の場合も「お客さんとじかに接する仕事ですから」と、この仕事の醍醐味(だいごみ)を語る。いっぽうで、難しいのは「下取り車の査定ですね」と語る。
イタリアでは、2020年3月初旬から新型コロナ感染症対策として、全土で外出および営業制限が敷かれ、5月初旬まで2カ月近くにわたって継続された。
その間、発令直前に登場した「フィアット500」や「フィアット・パンダ」、そして「ランチア・イプシロン」の各ハイブリッド仕様をはじめ、電気自動車となった次期型500、ジープの「レネゲード」と「ラングラー」のプラグインハイブリッドモデル「4xe」など、次世代を担う環境対策車が立て続けに投入された。
かつて先輩たちがサーキットなどで受けていた新製品研修を、アレッシオさんはすべて営業の合間に、インターネットを通じたいわゆるウェビナーで受講してきた。
このあたりの適応性は、さすがデジタルに慣れ親しんだZ世代である。アレッシオさんのホビーは乗馬。シエナ一帯には伝統行事の競馬「パリオ」があることから、馬に関心をもつ人が広い世代にわたって存在する。ジャコモさんのLP&カセットと同様、トークに十分活用できることだろう。
ところで筆者が「営業職に興味をもったきっかけは?」と聞いたときだった。
アレッシオさんは「祖父ですよ」と答えるとともに、ショールームの一角に目を向けた。そこには、ひとりの老紳士がいるではないか。本当にアレッシオさんの祖父だった。
今どきイタリアでも珍しいスーツ&ネクタイ姿は、現役時代に訪問セールスで百科事典を売りまくっていた時代からのこだわりだという。「今でも外出するときは、毎日このスタイルですよ」と彼は語る。
そこで姓を聞くと「カルツォーニです」と言ってから、「ズボン(ブランド)のCalzoniと一緒ですよ」と、ズボンをひらひらさせてみた。往年の現役時代もこうして、顧客に自分を印象づけていたに違いない。
いつかオペルに乗せてみせる
再び、筆者がアレッシオさんに「セールスとして心がけていることは?」と聞くと、彼が答える前に、すかさずズボン、いやカルツォーニさんが割って入った。
「なによりもお客さんを知ること。時には弱点もね。趣味も探る必要がある」
すでに引退し、時間にゆとりがあるカルツォーニさんである。筆者が訪れたあとも、孫がいるショールームに頻繁に顔を出しているに違いない。アレッシオさんにとっては、毎日が保護者参観だ。
ところで今回話を聞いた2人の共通点は、生まれ年や接客業への情熱、そして本人のクルマへの関心だけでなかった。「父親がクルマ好きだった」こともある。
ジャコモさんの父親はメルセデス・ベンツの熱烈な愛好者だという。「いつかオペルに乗せてみせますよ」とジャコモさんは笑う。アレッシオさんの父親もSUVの大ファンだと教えてくれた。
さらに「同級生にクルマ好きはほとんどいなかった」という証言も共通だ。地元自動車販売業界にとって貴重な人材の成長を、周囲の人々は大切に見守ってほしい。
そう書いていたら、2020年9月のイタリア国内乗用車登録台数の速報が手元に届いた。2019年9月と比べて9.9%増。前年同月比ベースでは、1月以来初めてプラスに転じた。実際にはエコカー奨励金の終了後が勝負になるだろうが、今回取材した2人の奮闘が数字に表れたかと思うと、それなりにうれしくなった筆者であった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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