第660回:2021年に日本に再上陸するオペル その神髄は“空気”であることだ!
2020.06.19 マッキナ あらモーダ!もはやシトロエンを抜いた
オペルが2021年の日本市場復帰を宣言したことは、すでに『webCG』でも報じているとおりである。
2020年6月16日現在、日本語ウェブサイトは準備中だが、すでに「Herzlich Willkommen(いらっしゃいませ)」の文字が表示されるようになっている。
今回はこのオペルというブランドを、あらためて考察してみたい。欧州におけるオペルの立ち位置については、2015年3月の本コラム第391回で「痛快! オペルの自虐CM」として取り上げたが、その後、このブランドには大きな変化があった。
2017年、米国ゼネラルモーターズ(GM)のもとを離れ、フランスのグループPSAの傘下に入ったのである。これにより、PSAは欧州第2位の自動車グループに躍進した。
グループPSAにおける2019年のヨーロッパ圏販売台数で、オペルとその英国向けブランドであるボクスホールの販売台数(81万5683台)は、プジョー(96万4937台)に次ぐ2位だ。DS(4万9795台)はもちろん、シトロエン(63万6849台)を上回る数である(いずれも出典はACEA)。
オペル/ボクスホールは、2020年4月こそ新型コロナウイルスの影響で前年同月比-80%の1万1231台と大幅に販売台数を落とした。だが、それでもマーケット全体におけるシェアは前年比1%減の4.1%にとどめている。
イタリアでもオペルはポピュラーだ。街角で写真を何気なく撮ると、オペル車の1台や2台は写り込んでいることが多々ある。レクサスのスナップ集を明日までにつくれと言われたら断るが、オペルならできる自信がある。
なお、オペルはGM時代に世界の各地域で姉妹車がつくられ、その一部は今日でも生産されている。オペルの世界を評価するには、それらにも言及する必要があるのかもしれない。だが、今回は欧州におけるブランドとしてのオペルに限定して語ろう。
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みんな覚えていない
まずは過去のオーナーに、オペルの思い出話を聞くことにした。いずれも70代である。
1人目は知人の観光ガイド、パオロ氏だ。1980年代に初代「オペル・オメガ」に乗っていたという。「ドイツ系のカタログ通販会社で社員として働いていたとき、カンパニーカーとして支給されたんだ」
ヨーロッパでオペルといえばカンパニーカーとしてのイメージが強いが、80年代からそうだったのである。
「会社は10万km走行すると、『乗り続けるための整備費より安い』という考えで、次々と新車に交換してくれたんだ。その中の1台がオメガだったというわけさ」。ちなみに次に支給されたのは、フィアットのトップモデル「アルジェンタ」だったという。
パオロ氏には最初は面会で、次は電話で話した。それでもオメガに関して彼は「大きくて快適なクルマだった」としか覚えていなかった。加えて、筆者が「困ったエピソードは?」と聞いても思い出せなかった。
2人目は料理学校の女性校長であるレラ氏である。かつてランチアのワンボックスカー「フェドラ」のセカンドカーとして、「オペル・アジラ(アギーラ)」を所有していた。
「快適で、燃費がよかったわ」と語ったあと、続く言葉は「でもあまりよく覚えていないわね」だった。
参考までにパオロ氏は今、イタリアでは決して総数が多くない「スバル・レガシィ」を選んで乗っている。レラ氏は若いころに「シトロエンDS」を所有していたくらいで、この年代の女性にしては自動車に関心があった。にもかかわらず、彼らはオペルを「覚えていない」のである。
この“空気的”とでもいうべき感覚は、筆者にも心当たりがある。東京在住時代から今日まで、欧州各地でさまざまなオペルを広報活動用試乗車やレンタカーで運転した。いずれも、高速道路でその時代のプレミアムブランドカーと肩を並べて走れる性能を有していた。加えて、決定的に嫌な思いをしたこともない。にもかかわらず、それ以上のことを覚えていない。
最初から結論風になってしまったが、やはりオペルは“空気”なのである。
セールスの最前線に聞く
次に、オペル販売歴20年のセールスパーソンに話を聞いてみることにした。筆者が住むシエナのオペル代理店であるシエナ・モトーリのファウスト・ニダージオ氏だ。
ファウスト氏は1979年にルノー店で自動車販売の道に入り、ランチアを経て、2000年にオペル販売店へ転職。2018年にオペルの地元代理権が他の販売会社に譲渡されたのに合わせて自身も移籍し、営業責任者となった。
「現在PSAの方針で、一地区一販社が全ブランドを扱うようにすべく再編が進められています。そのため、従来プジョーを扱ってきたこの会社が、新たにオペルも扱うことになったのです」
ところで、欧州でプジョーやオペルといったポピュラーブランドを求める顧客層の多くは、プレミアムブランドのユーザーとは異なり、長年にわたって価格や装備を最重視してきた。
彼の店では、まさにその2つのブランドを扱っている。顧客が重複してしまうことはないのか。
すると、彼はPSAが現在進行中の計画を説明してくれた。
「(PSAは)オペルに『節度』、プジョーに『アグレッシブ』、シトロエンに『個性』という別々のキャラクターを与えようとしています。例えば『プジョー3008』とその姉妹車である『オペル・グランドランドX』のダッシュボード、特にメーターナセルがいい例です。3008はハイテク感にあふれているのに対して、グランドランドXは、より落ち着いたムードを帯びています」
つまり、性格づけを明確にすることで、差異化を図ろうとしているというわけだ。筆者が思うに、近い将来フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)と経営統合した際、各ブランドのキャラクターはさらに強調されることだろう。
付け加えれば価格にも若干の差が設けられていて、「姉妹車同士で比較した場合、全体的にオペルのほうが安く設定されています」とファウスト氏は説明する。
しかし、ポピュラーブランドを購入するユーザーにとって、そうしたキャラクターは大切なものなのだろうか?
その質問に、ファウスト氏は近年のユーザー嗜好(しこう)の変化を説明してくれた。
「今日自動車を探すときに、最高出力といったスペックを基準にする人はまれです。代わりに多くの人々は、安全性やインフォテインメントと並んで、キャラクターを重視しているのです」
年代別ではどのようなモデルが売れているのか?
「若い方は圧倒的に『コルサ』。ファミリーには『クロスランドX』です」。そう言いながら、彼は納車日にユーザーを撮影した記念写真をスマートフォンで次々と見せてくれた。
オペルの購入者はどのようなクルマを下取りに?
「例えばコルサの場合、他社ではフィアット車や『トヨタ・ヤリス』といったところです。しかし最も多いのは、オペルからオペルへというお客さまですね」
そして最後にファウスト氏は「オペルにとってPSAは重要です。GM時代に刷新が遅れていたエンジンとプラットフォームが次々と新しくなりましたからね」と、PSA傘下でのオペルに期待してほしい旨を話した。
それは欧州での新しい生き方だ
ところでグループPSAは、オペルがドイツ発祥のブランドであることをGM時代以上に打ち出している。
メーカーのウェブサイトにも「ドイツの伝統的価値の粋を結集したオペルの新しい“ジャーマネス”」といった言葉が、未来へのビジョンとして記されている。
オペルの“ドイツ性”の強調は、GM時代にも断続的に行われてきた。日本でも1993年にヤナセが取り扱うようになったときも、ドイツのブランドであることがアピールされた。
しかし、少なくともイタリアやフランスのユーザーの間でオペルがドイツのブランドであるという認識は、フォルクスワーゲンなどと比較して希薄である。
これはオペル自体の“ぶれ”も原因といえる。時期によってはドイツ性よりも、ワールドワイドなブランドであることを強調したからだ。
一例としてGM時代末期に採用され、今日も用いられているスローガン「モビリティー・プロバイダー」から感じるものは、ドイツ性よりも世界的なムーブメントである。
生産拠点にしても、欧州におけるオペルの人気モデルは、スペインやポーランド製が多い。
ここでドイツ性を強調するのは、無理がないか?
今日欧州におけるオペルの人気車種の大半は、スペインやポーランドといった国外拠点製である。セールスのファウスト氏は「メルセデス・ベンツも今や世界中の生産拠点でつくられています。グローバリゼーションの流れということで、お客さまも理解しています」と言うが。
なにより前述のように、オペルは空気の如きキャラクターが特徴だ。それをいきなりドイツ性と言われても……。
そうした複雑な思いを抱きながら、ふとイタリアのテレビニュースを見たときである。コロナ後の政策を考える臨時経済会議の映像が流れた。
閣僚を乗せた車両が次々と会場である城に入ってゆく。その中に白い「オペル・モッカ」があった。モッカとは「日産ジューク」や「マツダCX-3」などと同じ小型クロスオーバーSUVである。スペイン工場製で、中国ではビュイックブランドで販売されてきたワールドカーだが、2019年をもってカタログから落ちている。乗っていたのは、ここ数カ月、コロナ対策のために首相に次いで奔走したロベルト・スペランツァ厚生大臣だった。
世界金融危機を契機にイタリアでは公用車数が減らされ、採用されるクルマの排気量制限なども進められてきたことが背景にある。加えて、スペランツァ氏はポピュリズム政党出身だ。支持者へのポーズと察することもできる。
しかし第一線の閣僚がオペルの小さなSUVで、オフィシャルの場に乗りつける時代なのである。
参考までにプライベートカーにまで範囲を広げれば、前の南部担当大臣、バルバラ・レッツィ氏の愛車もオペルのアジラであるという。
閣僚のクルマというと、公用・私用を問わずドイツのプレミアムスリーで、それもトップモデルがずらりと並んだシルヴィオ・ベルルスコーニ元首相時代とは隔世の感がある。
過度なナショナリスト(国産車志向)でもなければ、周辺国に過剰な譲歩(輸入品礼賛)をするでもない。そして前時代の優越的感覚(プレミアム)でもない。
それは今のヨーロッパ社会で最もスマートに生きていくセンスであり、それこそがオペルの空気感と一致する。
空気のようなオペルは、果たして日本でヒットするのだろうか。その結果は、昭和的な舶来品崇拝がまだ残っているかどうかを、リトマス試験紙のように教えてくれるだろう。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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