第678回:車齢20年超のモデルがワンサカ イタリアで古いクルマが乗り続けられるのはなぜなのか?
2020.10.22 マッキナ あらモーダ!気がつけば欧州屈指
2020年9月の欧州圏(EU・英国およびEFTA)の新車登録台数は130万台で、2020年初の前年同月比増(1.1%)となった。
スペインと英国、そしてフランスが減少したのに対して、ドイツとイタリアが台数を伸ばして市場回復のけん引役となった(データはACEA調べ)。
イタリアの場合、自動車販売業界の支援を目的に夏に導入した、新車買い替え奨励金政策が功を奏したと見るのが正しかろう。ただし、新型コロナ以降、イタリアのセールスパーソンたちを取材してきた現地在住の筆者としては、彼らの努力が報われたようでうれしい。
いっぽう、イタリアの自動車環境を語るうえで欠かせないもうひとつのデータが、今回のお話である。
2020年8月にイタリアの業界団体である輸入代理店全国連合(UNRAE)が発表した年報の内容だ。
それによると、イタリアで使われている乗用車の平均車齢は11.5年。欧州水準(10.8年)を上回る。ヨーロッパで平均車齢が最も若いのは、オーストリアの8.2年だった。
またイタリアでは約6割の乗用車が、欧州の古い排出ガス基準であるユーロ0からユーロ4にしか対応していないクルマであることもわかった。
より厳しいユーロ5の施行が2008年10月だったので、それ以前に生産された車齢12年以上のクルマが該当する。
ここからは筆者の計算だが、2000年までに登録されたユーロ0~ユーロ2のクルマに絞っても666万4000台が該当し、全体の17.4%を占める。つまり6台に1台近くが車齢20年以上ということになる。
実際、路上でも、古いクルマの姿が目立つようになってきた。
そうしたクルマは、国境を越えて訪れる外国人、特に東欧からやってくる人のクルマとあまりに対照的である。
20年ほど前には、左官工や高齢者家庭のホームヘルパーといった出稼ぎ労働者の故郷と考えられることの多かった地域である。そうした国の人々が豊かになったのだ。そのため、イタリア人が乗れないような高級車に乗って訪れ、ワイナリー巡りを楽しんでいる。
筆者が住むシエナ周辺は有名な観光地のため、そうした光景をたびたび目にする。いっぽうのイタリア人はといえば、よく車検を通過したもんだと驚くようなコンディションのクルマを使っている。
それらをイタリア経済停滞のせいにするのは簡単だが、実は他のさまざまな原因があることを次に説明しよう。
新車を買いにくい空気
ひとくちに言えば、新車に買い替えにくい昨今の風潮のためである。2008年のリーマンショック以降の税収強化政策が、個人事業主の自動車購入マインドを低下させている。
参考までに欧州中央統計局によると、イタリアでは就労人口の21.7%を個人事業主が占める。つまり、5人に1人以上である。ギリシャに次いで高い割合だ。
具体的に見てみよう。第1は日本の消費税に該当する付加価値税(IVA)の控除率減少だ。
かつては個人事業主がクルマを購入する場合、どのような使途でもIVAは100%控除だった。イタリアのIVAは商品価格の22%だから、それが丸々なくなるわけで、これは大きかった。
対して今日では、仕事以外の移動にも使うと見られると、半分以下のたった40%までしか控除が認められない。
第2は、自動車を購入した際の税務関係の検査が厳しくなったことがある。収税当局は、納税者が高額商品を購入すると「レッディーメトロ」と呼ばれるデータバンクと照会する。申告所得に不釣り合いなクルマを購入すると、調査が入る仕組みだ。
筆者がある税理士に確認したところ、課税馬力で21CV(総排気量2080.2cc)以上の車両を購入したオーナーは、それが高級車か大衆車か、新車か中古車か、ガソリン車かディーゼル車かということを問わず、すべて調査対象となる。
価格を基準としないところが不可解だが、モーターボートなどと同様のぜいたく品とみなす、というわけだ。
そればかりではない。普段の路上でも高級車ドライバーを主な対象に、イタリア財務警察はデータベースとの照合のために検問を実施している。
たとえ正しく納税していても、あらぬ疑いをかけられたくないのがユーザーの心情だ。かくして、冒頭のような一時のブームこそあれど、多くの人が古く小さなクルマに乗り続けるのである。
今回記すにあたり、実際に古いクルマに乗っているユーザーの話を聞くことにした。
24年落ちを日常使い
訪れてみたのは、知人であるファビオとマルチェッラ(敬称略)の家である。ファビオは勤務医を、マルチェッラは歯科助手を、いずれも数年前に定年退職したので、前述したような個人事業主とは諸事情が違う。
それでも、古いクルマに乗り続ける理由という視点で、何か発見がありそうだ。
彼らの家には3台の自動車がある。1台はファビオが現役時代に通勤用だった現行の「スズキ・ビターラ(日本名:エスクード)」。2台目はマルチェッラが別の町に住む姉の家を訪ねるとき使っている2代目「ダイハツ・テリオス(日本名:ビーゴ)」だ。
注目すべきは3台目である。「フィアット・チンクエチェント」だ。といっても、現行の「500」でも、傑作の呼び声高い先代の500でもない。発音こそ同じながら、イタリア車ファンの間でも忘却のかなたに消えつつあるシティーカー(170型)である。「フィアット126」の後継車で、ポーランドのティヒ工場において1991年から1998年にかけて製造された。
ファビオ&マルチェッラのチンクエチェントは1996年式。つまり車齢24年である。
ファビオが病院の同僚から譲り受けたのは2008年だが、それでも12年使い続けていることになる。
なぜ所有しているのかと聞くと、彼らの口から出るのは「とにかく便利」の繰り返しだった。
ファビオは「後部座席が簡単に倒せるので、庭で収穫したオリーブをたくさん載せられる」と言う。彼らはブドウからワインまで自作しているので、瓶をはじめとした関連グッズ運びにも役立てているに違いない。たとえ「スマート・フォーツー」のほうがコンパクトでも、この積載量にはかなわないのだ。そのうえ、必要に応じて4名乗車できる。
マルチェッラが力説する最大の美点は、1kmほど離れた旧市街に買い物や散歩に行くときのことだ。「狭い駐車スペースしかなくても、このクルマなら簡単に潜り込ませることができる」と証言する。
参考までにチンクチェントのボディーサイズは全長3230mm×全幅1490mm。日本の現行の軽自動車規格と比較すると10mm幅広いが、全長は170mmも短い。
ヒットのカギがそこにある
もちろん、チンクエチェントの排ガス基準はユーロ2にとどまっている。安全性も今日の標準には到底達していない。なにしろ後継モデルである「セイチェント」でさえ、欧州の安全基準に適合できないことから、今から10年前の2010年モデルイヤーをもってカタログから落とされた。
ファビオによれば、機関系でも車体系でも、さして気になる問題はないという。そのシンプルな構造が奏功しているのであろう。例えばその4気筒OHVエンジンは、1955年の「フィアット600」にまでさかのぼる「100系」と呼ばれるユニットだ。
ただし、そのコンディションからいってマイナートラブルはもはや日常茶飯と思われる。リアのウオッシャー液が出なくなっただけで真っ青になり、ディーラーのサービス工場に飛び込むような筆者では到底我慢ならないにちがいない。
ネットオークション流に言えば「神経質な方はご遠慮ください」状態であることは確かだろう。
燃料代を除いた年間の維持費は自動車税が86.80ユーロ(約1万1000円)で、保険が270ユーロ(約3万4000円)。2年ごとの車検費用は66.80ユーロ(約8400円。民間車検場の場合)という。
これを機会に、ある民間車検場に確認したところ、一般的に「ブレーキ」「排ガス濃度」「タイヤ摩耗」が車検を通過できない3大要因だという。逆にいえば、それさえクリアできれば、かなりのコンディションでも乗り続けられる可能性があるということだ。
ただし繰り返しになるが、ファビオ&マルチェラがあくまでも強調するのは、その使い勝手のよさと機動性の高さである。彼らのように悠々自適のリタイア生活を送る人が乗っているということは、経済的理由による選択ではないことを示している。
結論として「実は便利なクルマが新車ラインナップにない」ことも、前述した状況とともに古いクルマに乗り続けるユーザーが多い理由と理解できる。
初代「フィアット・パンダ」や「プジョー206」が今なお人気なのも、それを裏づけている。
ヨーロッパ向けモデルの開発に携わる人々は、なぜそうしたクルマが今もって人気なのかを真剣に考えることが、次なる成功作のカギとなるかもしれない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。