アウディA1シティーカーバー リミテッドエディション(FF/7AT)
渋好みのクロスオーバー 2021.02.16 試乗記 アウディが新たに提案する、SUVっぽいコンパクトカー「A1シティーカーバー」。雰囲気だけのニッチなモデルかと思いきや、いざステアリングを握ってみると、このクロスオーバーならではのメリットがみえてきた。限界ギリギリのカスタマイズ
「citycarver」と書いてシティーカーバー。果たしてその“carver”のほうの和訳はなんぞやと調べてみると「彫刻師」「彫師」とある。
街の彫刻師……つまりは表立ったところではなく、裏側に隠れた街の魅力を掘り出してくる者。シティーカーバーにはそんな意が込められているのだろう。車格の利に機動力をプラスしたコンパクトカーにそんな小じゃれた愛称を与えるあたりがアウディらしい。
A1シティーカーバーは「A1スポーツバック」のバリエーションモデルとして、2019年のフランクフルトモーターショーでお披露目された。デザイン的には「Q2」以降、アウディのSUVにじんわりと浸透しつつあるオクタゴングリルを採用、バンパーやサイドスカート、ホイールアーチなどの意匠でラギッドなテイストを加えている。日本車で言えば「ホンダ・フィット クロスター」や「トヨタ・アクア クロスオーバー」などと同様のコンセプトということになるだろう。
最低地上高は40mm高められており、発表されている基準車の欧州参考値に照らせば205mmということになる。これは恐らくフロアパンなどからの計測値であって過信は禁物だが、ともあれ雪路のわだちでも不快な思いをしないくらいのグラウンドクリアランスは確保できているということだろう。ちなみに40mmという向上しろはタイヤの大径化とサスストロークとで、設計ジオメトリー的に影響が表れないギリギリのところといえるだろう。兄弟にSUVを持つMQB採用モデルならではの攻め技といえるかもしれない。
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兄弟たちとのビミョーな関係
と、そこで思い出すのがQ2の存在だ。ホイールベースこそQ2の側が若干長いが、アーキテクチャーレベルでみればA1とQ2とは兄弟的な位置づけになる。シティーカーバーはA1の小ささとQ2の機動力を両立したモデルとみることもできるが、一方で両車の板挟みで所在不明な存在にも捉えられかねない。
インポーターとしても恐る恐るの感はあるのだろう、結果としてA1シティーカーバーは「リミテッドエディション」というかたちで全国250台の限定販売になっている。市場の評判次第ではあわよくばカタログモデル化という流れへの試金石という側面もありそうだが、ともあれ貴重なA1ということにはなるだろう。
限定車ということもあってか、ボディーカラーはガンメタ、赤、黄の3色に限られ、いずれもルーフ部が黒のバイカラー仕立てとなる。オプションの選択肢はない代わりに10.1インチMMIナビゲーションとも連携する12.3インチバーチャルコックピット、ADASにリアカメラ、シートヒーターと、A1ではオプション扱いとなるアイテムはあらかたが標準装備だ。
内装もモノトーン基調の「S lineインテリアプラスパッケージ」でスポーティーに飾られるなど、まぁほかにイジりようがないほどてんこ盛りとなっているが、同等のパワートレインと装備を盛ったQ2と比べると若干高めの設定となっている。
見た目も違えばパワーも違う
エンジンは1リッター直噴3気筒ターボで最高出力116PS、最大トルク200N・mを発生。これを7段Sトロニックを介してドライブする。アウディ的な区分で言えば「30」に該当するエンジンだ。対してA1の日本仕様は同形式のエンジンを搭載するもアウトプットは同95PS、同175N・mの「25」ゆえ、ここにシティーカーバーならではの差異が設けられたともいえるだろう。
さりとて、走りだしからのパワーの違いは如実というわけではない。フォルクスワーゲンの「up!」とともにデビューしたこのエンジン、そもそも自然吸気でも低回転域からしっかりトルクを伝える仕立てとなっていたこともあり、ターボとの組み合わせでも骨太な力感を匂わせる。コストと重量の双方を低減するバランサーレス構造ながら、アイドリングから振動がしっかり抑えられているあたりは相変わらず見事だ。
ただし7段Sトロニックは保護的制御を加えているのか、特に発進時のつながりの間合いがちょっと遅く、もっさりした感触だったのが惜しい。
独自のよさはちゃんとある
A1シティーカーバーの低速域での乗り心地はベースモデルと大差ない感触だが、速度域が上がるにつれてサスストロークのゆとりを感じさせるおおらかな乗り味へと変わり、“ならでは”の価値をみせてくれる。
例えば、無理くりな設計の都市高速などではイレギュラーなアップダウンも多く、並みのBセグメントではサスが底づきしそうな場面にも出くわすも、しっかりバネダンパーで受け止めてくれる安心感が得られるのは、このクルマらしい長所といえるだろう。
加えて40mmの地上高アップは、乗降性を大きく向上させるとともに、視界も若干開けたものとしている。一方でハンドリングの側への影響は軽微で、ロールの量や推移もしっかりとコントロールされているから運転感覚にベースモデルとの差はほぼ認められない。
とはいえ、Q2から客を引き抜いてくるほどの誘引力がA1シティーカーバーにあるかといえば、ちょっと難しいかなとも思う。武器になるのはひと回り小さい車格やSUVらしからぬたたずまいといった、言い換えれば目立ちにくい、チャラついていない存在感ということになるだろうか。試乗車は工事現場か阪神ファンのような色味だったが、日本でこのモデルを望むお客さんは燻(いぶ)し銀っぽい渋味を求めるのかもしれない。
(文=渡辺敏史/写真=田村 弥/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
アウディA1シティーカーバー リミテッドエディション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4045×1755×1485mm
ホイールベース:2565mm
車重:1210kg
駆動方式:FF
エンジン:1リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:116PS(85kW)/5000-5500rpm
最大トルク:200N・m(20.4kgf・m)/2000-3500rpm
タイヤ:(前)205/55R17 95W/(後)205/55R17 95W(ファルケン・アゼニスFK510A)
燃費:15.3km/リッター(WLTCモード)
価格:483万円/テスト車=483万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:890km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(8)/山岳路(0)
テスト距離:277.9km
使用燃料:20.2リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:13.8km/リッター(満タン法)/14.9km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。