アウディA1スポーツバック25 TFSI(FF/7AT)
入り口は広く 2020.12.26 試乗記 アウディのコンパクトカー「A1スポーツバック」に1リッターターボモデルが追加された。試乗車は、なかでも一番装備が簡素な「25 TFSI」。エントリーモデルのエントリーグレード、つまり「最も買い求めやすいアウディ」の仕上がりは?9割を占める1リッターモデル
アウディのブランドイメージは不動の高みにある。トレンドとかプレミアムとかのキラキラした形容語が最も似合うのがアウディなのだ。高性能で完成度が高いとされているドイツ車の中で、オシャレ感を醸し出しているのだから無敵である。クルマ好きと詳しくない人のどちらもが、アウディには好感を抱いているのではないか。
ただ、手に入れるのは簡単ではない。決して安くはないからだ。3000万円超えの「R8」は特別としても、1000万円以上の価格がつけられたモデルはざらにある。一番小さなA1スポーツバックが頼みの綱だが、2019年11月に導入されたモデルは365万円からだった。2020年6月に追加されたのが、待望の1リッター版である。
先代A1の販売台数のうち9割が1リッターモデルだったそうだ。賢明な選択をするユーザーが多いということだろう。コンパクトなボディーのA1スポーツバックは、このエンジンとのマッチングがいい。先代モデルでも先に1.4リッターモデルが発売され、後に1リッター版が追加された。当時はダウンサイジングが花盛りで、ヨーロッパの自動車メーカーが競って小排気量のエンジンを開発していた。アウディにとっては初の3気筒エンジンで、ボトムラインを充実させて販売増を図る重要なモデルだったのだ。
1リッターエンジン搭載モデルには25 TFSIという名がつけられている。1.5リッターエンジン搭載モデルは「35 TFSI」。アウディのルールでは、25が80kW以下、35が110~120kWの出力を意味する。25 TFSIには3つのトリムグレードがあり、上位モデルとして「アドバンスト」と「Sライン」が用意されている。今回の試乗車は、何もつかないただの25 TFSIだった。
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懐かしいたたずまい
試乗車を見て、そこはかとない違和感を覚えた。いつも見ているアウディとはなんとなく雰囲気が違う。理由は、装着しているタイヤにあった。185/65R15というサイズだったのである。最近はタイヤの低偏平化が進んでいて、35や40といった偏平率も珍しくない。65タイヤは肉厚で、ちょっと懐かしいたたずまいだ。A1スポーツバックでも、アドバンストは195/55R16、Sラインは215/45R17である。
取材で借りる、メーカーやインポーターが用意する試乗車は最上級のグレードが用意されていることが多く、今回のようなベーシックなモデルに乗るのはレアケースである。65タイヤのおかげで牧歌的なイメージが漂い、これも悪くないと感じた。とんがってない感じが好ましい。だいたい、薄いタイヤのほうがカッコいいなんて誰が決めたのだ。
乗り込んでみても、いつものアウディではない。ダッシュボードの形状は同じなのだが、どことなく地味に感じる。どうやら、光り物が少ないからのようだ。メーターパネルなどを飾るアルミニウム調のパーツが省かれているらしい。それだけでずいぶん印象が変わるものである。シンプル好きにとってはこちらのほうがスッキリしていいということになるが、わかりやすいアウディらしさを求めるなら残念に感じるかもしれない。
シートはもっと衝撃的だ。表皮のファブリックは純粋な黒である。模様はないしステッチも施されていない。ストイックなまでに黒い布なのだ。「デルタクロス」の標準シートで、アドバンスには「デビュークロス」が使われている。Sラインは「ノヴムクロス」のスポーツシートだ。もちろんデルタクロスでもシートとしての機能に欠けるところはないし、しっかりと腰をサポートしてくれる。
フラットで柔らかな乗り心地
走りだしてしまえば、シートに意識がいくことはない。発進はスムーズで、低速でのコントロール性もいい。7段DCTはギクシャクすることもなく実直に仕事をする。アクセルを踏み込むと目の覚めるような加速……というほどではないが、高回転までエンジンが回る気持ちのよさを味わえる。絶対的なパワーはないものの、レスポンスのよさがドライバーに快感を与えるのだ。ベーシックモデルでも、アウディらしさは十分に味わえる。
狭い道にさしかかってもストレスを感じないサイズなのがうれしい。タイトなコーナーで強めにブレーキをかけ、一転して素早く加速に移るのは得意技である。小さいクルマだけに与えられたぜいたくなドライビングの感覚だ。軽やかさに身を委ねることで、気分が高揚していく。
乗り心地も申し分ない。フラットなうえに上質な柔らかさが感じられるのは、やはり肉厚タイヤが影響しているのだろう。サスペンションの進化で偏平タイヤでも快適さはそれほど失われないようになったが、ゴムがしっかり路面の凹凸を受け止めてくれる感覚は得難いものだ。標準車とオプションの偏平タイヤを履いたクルマを乗り比べると、概して標準車のほうが心地いいと感じられるものだ。
分厚いタイヤだとシュアなハンドリングが得られないのではないかと考えてしまうかもしれないが、無用の心配である。グンニャリした感覚などあるはずもなく、思った通りの方向に鼻先を向けることができる。デメリットは見当たらない。
世の中そんなに甘くない
廉価モデルといってもアウディの基本性能は変わらないわけで、クルマとしてのランクが落ちるということはない。ゴージャスな内装を求めるのでなければ、十分な価値を持つモデルである。パワートレインやサスペンションは同じだし、基本的な使い勝手に違いはないのだ。
高性能なコンパクトカーで、しかもシングルフレームグリルと4つのリングが重なったエンブレムが付いている。憧れのアウディを294万円で手に入れることができるのは魅力的だ。全力でオススメしたいところだが、ちょっと立ち止まって考える必要がある。世の中はそんなに甘くできてはいない。試乗車は、オプションを含めると386万円なのだ。
試乗車だからてんこ盛りにしているというわけではない。「MMIナビゲーションシステム」や「バーチャルコックピット」などがセットになった「ナビゲーションパッケージ」(32万円)は必須である。ACCやアクティブレーンアシストなどの先進安全装備を使いたければ、「アシスタンスパッケージ」(12万円)も欠かせない。便利装備の「コンビニエンスパッケージ」(19万円)、ランプ類の「LEDパッケージ」(16万円)も、ないと寂しいだろう。ボディーカラーのオプションを除けば、ほとんどが必要不可欠なのだ。
これは、いってみれば輸入車あるあるで、車両本体価格だけで済まないのはごく普通のことである。価格が安いだけに目立ってしまったが、数十万円のオプションは珍しいことではない。300万円台後半でアウディが手に入るのだから、お買い得であることは事実なのだ。装備に関しては好みで選べばいいと思うが、タイヤとホイールに関してはこのグレードを強く推奨したい。
(文=鈴木真人/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
アウディA1スポーツバック25 TFSI
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4045×1740×1435mm
ホイールベース:2560mm
車重:1170kg
駆動方式:FF
エンジン:1リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:95PS(70kW)/5000-5500rpm
最大トルク:175N・m(17.8kgf・m)/2000-3500rpm
タイヤ:(前)185/65R15 92V/(後)185/65R15 92V(ブリヂストン・エコピアEP0015)
燃費:15.2km/リッター(WLTCモード)
価格:294万円/テスト車=386万円
オプション装備:ボディーカラー<グレイシアホワイトメタリック>(6万円)/コントラストルーフ(7万円)/ナビゲーションパッケージ<MMIナビゲーションシステム+バーチャルコックピット+3スポークレザーマルチファンクションステアリングホイール+レザーハンドブレーキ>(32万円)/コンビニエンスパッケージ<アドバンストキー+リアビューカメラ+アウディパーキングシステム+デラックスオートマチックエアコンディショナー+シートヒーター[フロント]>(19万円)/アシスタンスパッケージ<アクティブレーンアシスト+アダプティブクルーズコントロール+プレセンスベーシック+ハイビームアシスト+ルームミラー[自動防げん]>(12万円)/LEDパッケージ<LEDヘッドライト+LEDリアコンビネーションライト&ダイナミックターンインジケーター+自動ヘッドライトレンジコントロール>(16万円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:1731km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:---km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。