第697回:【Movie】3.8リッター波動エンジン搭載! 大矢アキオが「日産GT-R50 by Italdesign」を試す
2021.03.11 マッキナ あらモーダ!名門デザイン会社の新ビジネス
イタリア・トリノのイタルデザイン本社から「日産GT-R50 by Italdesign」に乗ってみませんかとの誘いが届いた。
「日産GT-R NISMO」をベースに、日産とイタルデザインが共同開発したこのスペシャルモデルの概要は、すでに本サイトで紹介されているので、そちらをご覧いただこう。
誕生するまでの経緯を振り返ってみる。
イタルデザインは2015年にフォルクスワーゲン(VW)グループの完全な傘下となった。より詳しく言うと組織内ではアウディのオペレーション下にある。
翌2016年、イタルデザインの新規事業として社内に超限定生産部門「ウルトラ・リミテッド・シリーズ・プロダクションズ(ULSP)」が立ち上がる。1968年の創業以来培ってきたプロトタイプや少量モデルの生産技術を駆使し、ブランドを問わず、選ばれた顧客のために車両を製作・提供するサービスである。
イタルデザインがアプローチしたのは日産だった。計画が前進したのは、2017年のジュネーブモーターショーにイタルデザインが超限定生産車の第1弾として展示したハイパースポーツカー「ゼロウーノ」がきっかけだった。イタルデザインのプロダクトマネジャーであるアンドレア・ポルタ氏によれば、日産の中村史郎専務執行役員、そして青木 護およびアルフォンソ・アルバイサの2人のエグゼクティブデザインダイレクター(いずれも役職は当時)がゼロウーノの完成度に感銘を受けたようだと回想する。
素朴な疑問として、今日VWグループにあるイタルデザインが、他社ブランドを手がけるうえでの機密保持体制はどうなっているのだろうということが浮かぶ。それに関してポルタ氏は「サードパーティー用のスタジオは完全に分離され、担当外のスタッフは一切アクセスできないようドアのアクセス認証で管理されています」と説明する。世界の自動車メーカーが長年用いているの方法で、セキュリティーを徹底しているわけだ。さらに「万一を考えて、コンピューターサーバーも、従来のイタルデザイン用とは完全に分離しています」と胸を張る。
「社内で全員がアクセスできるのは社員食堂と化粧室のみです」
イタルデザインの創立50周年が2018年、GT-Rの前身である「日産スカイラインGT-R」の誕生50年が2019年にあたることを記念し、GT-R NISMOをベースにアルティメットGT-Rを製作する構想が固まった。生産台数は最大50台に設定された。
エクステリア/インテリアデザインは英国ロンドンおよび米国カリフォルニア州サンディエゴの日産デザイン拠点が担当。エンジニアリングと製造、ホモロゲーション、そして販売をイタルデザインが行うこととなった。開発過程では2シーター化の案も浮上したが、「4シーターこそGT-Rの伝統」との見解から却下されたという。
2017年末から翌2018年5月にかけて日産&イタルデザインの両チームで共同作業が進められ、コンセプトモデルが2018年の英国「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」でデビューを飾った。モーターショーとは異なり走行シーンが披露できることから、その姿は動画サイトを通じてファンの間に拡散された。
海を渡る完成車両
市販版は昨2020年6月、イタリア北部ロンバルディア州のタツィオ・ヌヴォラーリ・サーキットからオンライン公開された。
生産のプロセスをポルタ氏に説明してもらう。
「ベース車両は日産の栃木工場から完成車状態でここイタルデザインまで運ばれ、分解されます」
いずれは分解される運命にあるのに、なぜ完成車ごと運ぶのかという、これまた素朴な疑問が浮かぶ。
それに関してポルタ氏は「仮に箱に分けてパーツを輸送した場合、こちらでそれを組み付けるほうが工数を要するからです」と解説する。いったん完成させることで、日産側で完全なテストを実施できるのもメリットだ。
考えてみれば、日産側でもイタルデザインのためだけに“ヌード仕様”をつくるのは難しい。生産ラインに規格外の仕様を流すことが工数および費用の上昇を招くのは量産の大原則である。
イタルデザインでは、モンカリエリの本社工場と、別の拠点であるニケリーノ工場との間を往復させながら製作を進める。カーボンパーツは外注だが、金属製ボディーパネルはプロトタイプやショーカー製作を手がけてきた職人による手たたきだ。バッジは手塗りで、フィラーキャップなどの一部パーツは3Dプリンターを使って一つずつ製作。ワイヤハーネスはGT-Rのものをベースに、長さが不足する部分を丹念に継ぎ足す。「一台あたり6~8カ月」という製作期間の長さにもうなずける。
販売は前述したとおりイタルデザインが行う(日本地区は独自のエージェントが担当)。従来は自動車メーカー相手の、いわばBtoBビジネスが中心だった同社としては、ゼロウーノに続く対顧客、つまりBtoCへの挑戦である。
すでにポルタ氏は自ら世界各地を回って顧客と接触してきた。新型コロナウイルスの影響で出張が自由にできない状況でも、ネットを通じてポテンシャルカスタマーとコンタクトをとり続けている。デポジットを支払った客とは車両の細かな仕様について詰めを行っているという。
走るコンセプトカー
今回イタルデザインが用意してくれたのは、サーキットでのテスト走行とホモロゲーション取得用に製作された車両である。
彼らが「ムゼオ(博物館)」と呼んでいる非公開の歴代コンセプトカーの展示室を抜けると、ペパーミントブルーとでも表現すべきボディーカラーの日産GT-R50 by Italdesignがクルマ寄せで筆者を待っていた。
フロントフェンダーの絶妙な隆起と、甲冑(かっちゅう)の面のごとくブラックアウトされたフロントグリルのミステリアスな感覚が妖艶(ようえん)なコントラストを演出している。
日産からのシビアな要求に的確に応じたイタルデザインの技術は、まさに長年のコンセプトカーや試作車づくりのたまものといえよう。
油圧で上下するリアエンドのスポイラーは、GT-Rのアイコンである4灯コンビネーションランプの形状に沿う形で美しく波打たせてある。
いっぽうダッシュボードは、より現実的である。これは安全関連、特にエアバッグ作動の認証をクリアするためで、アッパー部分およびステアリングホイールはベース車両と同じだ。
フロントウィンドウも天地こそベース車両よりも45mm低くされているが、エアバッグの作動域を確保するため角度は変更されていない。おそらくデザイナーとしては、よりスタイリッシュにすべくAピラーをより傾けたかったかもしれない。だがそうしなくても、フォルム的に破綻をみせていないのは見事である。
ホモロゲーションといえば、ドアミラーについても言及しなければならない。コンセプトカーの時点では天地が絞られた極めてシャープなものだったが、より大きなサイズに改められている。「アウディe-tronスポーツバック」のようなバーチャルミラーの可能性はなかったのかと聞いてみると「各国のホモロゲーションに円滑に適合するため、物理的なミラーを選択した」との答えが返ってきた。
ダッシュボードの下部やセンターコンソール、ドア内張り、サイドシルなどには、カーボンが惜しみなく用いられている。
今回はイタルデザインによる最新の仕事を堪能するのが目的なので、GT-R NISMOのキャラクターを継承している部分の解説は最小限にとどめておくべきだろう。
それでも記すならば、最高出力720PSの3.8リッターV6ツインターボエンジンは、スターターボタンを押すなり、あたかも街乗り用「日産マーチ」のごとく何事もなく始動する。スロットルレスポンスや6段デュアルクラッチATの変速タイミング、加速などは極めてリニアであり、低回転域での滑らかさは、日常使用における快適さをイメージさせる。
NISMOロードカーの目指すところを誰もが堪能できるハイパフォーマンスモデルであることは知っていたものの、その威嚇的なスペックとはかけ離れた扱いやすさに驚いた。
トリノ市街を見下ろす高台の寺院、バジリカ・ディ・スーペルガとの往復が試乗コースだ。約50kmの行程は、大半がワインディングロードである。
扱いづらさはないと記したが、気をつかうシーンもある。欧州の市街地にはクルマの速度を落とすために路上に設けられた突起物、通称“スリーピングポリスマン”があるからだ。
ロードクリアランスは十分確保されているものの、フロントバンパー下部のスカートが大胆に突き出しているから、乗り越えるたびにかなり気をつかうことになる。
運転席からの右後方視界も限られている。特に狭い道から広い道への合流には慣れが必要だ。ただし、後退はリアビューモニターの助けを借りられるので苦労はない。
3000rpm前後の加速と排気音の咆哮(ほうこう)はすさまじい。それでもターボの利きは極めて紳士的で、唐突感をドライバーに感じさせることはみじんもない。実は前日までの冷気でスリップしやすいスポットが数々あるので注意するよう、イタルデザインのスタッフから試乗前にインストラクションを受けた。確かにこのコースには、万年日陰のような場所が多い。しかしタイヤへのトルク配分は常に自然で、どのような路面状況であろうとドライバーに平常心を維持させてくれる。
イタリアの荒れた地方道はボディー剛性を確認するのにうってつけである。GT-R50 by Italdesignからは、大改造を施したことによる破綻は感じられない。モックアップのショーカーが多くなった時代も、2013年の「パークール」といった高速走行可能なコンセプトカーや、「アウディQ2」のプレシリーズ生産車など、数々のランニングプロトタイプに携わってきた彼らの技量がひしひしと感じられる。
知日派プロダクトマネジャー
折り返し地点であるバジリカ・ディ・スーペルガで撮影していると、自転車に乗っている人や歩いている人が次々と近づいてきた。
試乗コースは異なるが、昨年秋に試乗した「フェラーリ・ローマ」よりも寄ってくる人が多いのは、GT-R50 by Italdesignが放つ独特のエキゾチック感からに違いない。
テールランプユニットの精緻を極めたつくりも、イタルデザインの技術水準を物語っている。
思えば2006年、まだ在職中だったジョルジェット・ジウジアーロ氏に会ったとき、彼は「今、灯火類の開発チームを強化しているところだ」と教えてくれた。そうした彼の先見性が結実したものといえよう。
よく観察すると、1959年「キャデラック」の炎を模したテールランプを思わせるし、1963年のクライスラー製ガスタービン実験車のそれにも似ている。どこかアニメを見ているようでもある……と思ったところにポルタ氏が語りかけてきた。
「ヤマトみたいでしょう?」
そうだ。『宇宙戦艦ヤマト』の波動エネルギー噴射口である。実際に、ポルタ氏と日産のデザイナーとの間では、完成したテールランプを見て「ヤマトだ!」の声が上がったという。
なぜ彼の口からヤマトが? 帰路の車内で話すうち、ポルタ氏の愛すべきプロフィールを知ることができた。
彼は知日派であった。「イタリアで私たちの世代は、民間放送で放映されていたアニメで育ちました」と1974年生まれのポルタ氏は語る。「1976年に東京を訪れ、大の日本ファンになった父親の影響も大いにありました」
高校卒業後は日本へ留学し、日本語検定も取得した。
日本のコミック、特にクルマを題材としたものに引かれ、『サーキットの狼』『頭文字D』といった作品も読みあさったという。日本車、特に1990年代のモデルに関しては、彼は筆者の数倍詳しいと言っても過言ではない。ポルタ氏との会話には「ケンメリ」といった言葉も登場する。
その後も彼は、公私合わせてたびたび日本を訪れている。
あるときは集まるクルマ見たさにタクシーで大黒ふ頭を訪ね、サービスエリアの従業員を驚かせたこともあったという。
「本田宗一郎、盛田昭夫といった日本の実業家の伝記からも感銘を受けました」
大学で学んだのちにイタルデザインに入社。ショーカーやプロトタイプのプロジェクトマネジャーとして活躍した。関与したジュネーブモーターショー用のコンセプトカーは「ブリビド」など10台以上にのぼる。
そうした彼が、中近東および極東担当のビジネスデベロップメントマネジャーに抜てきされたのは自然な流れであった。イタルデザインでの在職歴は19年になる。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
これぞ地上戦艦
実は今回、“日伊の架け橋”ということで、明治新政府の紙幣印刷に貢献したエドアルド・キヨッソーネか、ジャコモ・プッチーニのオペラ『マダム・バタフライ』に結びつけて文をしたためるか、などと試乗前は思案していた。
だが、もはや頭の中には、作曲家である宮川 泰氏の1977年『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』しか浮かんでこない。
この作品のオーバーチュア(序曲)は川島かず子氏のスキャット『無限に広がる大宇宙』であり、テレビアニメ版のように最初から全開でスタートするわけではない。やがて「さらば地球よ~」の動機(モチーフ)が徐々に姿を現し、例の勇壮な旋律がフルオーケストラで奏でられるのは約8分が経過してからである。
その変貌ぶりは、GT-R50 by Italdesignが、1500-3000rpmの回転域では前述のように極めてジェントルにふるまうにもかかわらず、さらにスロットルを開くと性格が豹変(ひょうへん)するのとまさに同じである。
気がつけばアクセルペダルを踏むたび「波動エンジン始動!」などと心の中で叫びながら地上戦艦を楽しんでいる自分がいた。
GT-Rファンの中には、アニメーションや音楽と同列に語られることに違和感を覚える向きもあるかもしれない。しかし、日本のポップカルチャーが、ヨーロッパの数々の国において、確実に市民権を得ていることは疑いもない事実だ。1995年の『YAMATO 2520』では米国人の著名なイラストレーター、シド・ミード氏が新ヤマトのデザインを手がけている。
『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』も、ロマン派や近代音楽を知るものでなければできないオーケストレーションである。さらに後年さまざまな編曲が行われ、日本を代表するオーケストラのNHK交響楽団までもが演奏している。GT-R50 by Italdesignを表現するにあたり、この曲は引き合いに出すだけの価値がある。
ジャパニーズカルチャーに憧れ、イタルデザインのコンセプトカーに驚いてきた世代が社会の中核を担い、その一部はスーパースポーツカーを所有できる財力をもつ時代である。すでに多くのメディアが報じているが、価格は99万ユーロ(約1億2700万円。税およびオプション料別)から。比較の対象としてふさわしいかはさておき、5億円を超える「ホンダジェット」よりも手ごろだ。
この日伊合作が、少なからず彼らの琴線に触れることは間違いなかろう。
【日産GT-R50 by Italdesignでドライブ!】
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真と動画=Akio Lorenzo OYA、イタルデザイン/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。