アウディRS 6アバント(4WD/8AT)
代役などあり得ない 2021.04.10 試乗記 最高出力600PS、最大トルク800N・m。スーパーカー顔負けのスペックを誇る「アウディRS 6アバント」にむちを入れたら……? 全知全能と思えるほどのスーパーワゴンの走りとは、こういうものだ。隠しきれない“隠れマッチョ”
好事家ならば誰もが一目置く特別なモデルでありながら、決して悪目立ちはせず、普通の人にはその存在さえ気づかれない。そういうクルマに、ここ日本では絶えることなく一定のニーズがある、その背景は、かつてS54B型「スカイライン」のパーソナリティーを羊の皮うんぬんと説いた、その琴線に響くものがあるのだろう。秘すれば花。なんなら世阿弥の風姿花伝まで引っ張り出してさかのぼれる日本人の美徳でもある。
お国は違えど、ドイツにも同種の価値観があるのかなぁと思うことはある。「M」しかり、アルピナしかり。素人さんには区別がつかずとも、走ればまるで別物というパッケージに、それゆえ日本のクルマ好きは昔から共感を抱いてきた。数年前までアメリカとドイツに次いでAMGが売れる国であったことも、それを表しているといえるだろう。
そういった隠れマッチョ的な要望に、アウディは2段構えの商品構成で応えてきた。ひとつは1990年代初頭から展開されている「S」シリーズ、もうひとつが1990年代前半の「RS 2」に端を発する「RS」シリーズだ。
Sシリーズは絵に描いたようなバランス重視のアンダーステートメント銘柄であるのに対して、RSシリーズは、ちゅうちょなしの強烈なパワーを、はちきれんばかりに膨らませたフェンダーにおさめた超大径タイヤで受け止めるガチムチの極北。羊の皮ではないが、同じスーツ姿の実業団でも、Sシリーズが野球ならRSシリーズはラグビーと、そのくらいの肉弾差がある。
好事家に刺さるポルシェキラー
無慈悲なまでの破壊王。そんなRSシリーズの印象を決定づけたのは、2002年にデビューしたC5系「A6」をベースにした「RS 6」だろう。スーパーカーも顔負けの4.2リッターV8ツインターボをセダンやワゴンの鼻っ面に押し込んで0-100km/h加速は当時の「ポルシェ911 GT3」をも上回る4.7秒。その“怪速”をいさめるのはブレンボの8ポット対向ピストンブレーキと、何から何まで規格外のそれは、路面をかみちぎりながら走っているんじゃないかというエグいコンタクト感をもって、本気のクワトロとはこういうものということを世に知らしめた。1200万円という当時の価格は「911」や「Sクラス」をも超える勢いのものだったが、A6の風体に秘めたるとんでもない暴力性に、好事家は喜んでお財布を開いていた。
以降、RS 6はアウディの裏の顔を代表する銘柄として一定の支持を得続けてきたように思う。3代目からは「アバント」に一本化されたが、そのころから現れ始めた小山のような爆速SUVたちと相まみえても路上での存在感を失わなかった理由は、背高グルマとは物理的に一線を画するドライバビリティーと代を重ねるごとに洗練されてきた乗り心地にうまく折り合いをつけてきたこと、はやりものに囲まれることでクールなイメージがかえって引き立てられたことなどが挙げられるだろう。
それでも、過激化する市況を鑑みてか、4代目となるRS 6は主張が一段と強まり、SUV全盛で棚ぼた的に得ていた秘匿感は文字通り影を潜めた。全幅1960mm。ベースモデルに対して実に75mmの拡幅を示すフェンダーは正面から見てもそのフレアがくっきりと別物感を主張する。おさめられるタイヤは前後285幅で、試乗車はオプションの22インチを装着。もはや全体印象としてはメーカー謹製というよりは市井のチューニングカーのそれに近い。さすがにここまでむっちり膨らんでいれば、クルマに全然興味のない人からしても、何やら不穏なのがやってきたくらいの違和感は覚えるだろう。
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拍子抜けするほど常識的
RS 6が搭載するエンジンはポルシェが設計を主導し、グループのランボルギーニやベントレーなども用いるEA825型4リッターV8直噴ツインターボだ。最高出力600PS、最大トルク800N・mのアウトプットは、通常時で40:60、駆動状況やドライブモードに応じてセンターデフが最大で70:30から15:85までの割合で前後の駆動配分を振り分けるガチのクワトロシステムが切り盛りする。
と、その火力から想像する手ごわさは、普段乗りからは全然感じられない。アクセルの操作にはじわりとリニアに速度を加減し、見た目にも勇ましいオプションのカーボンセラミックブレーキも冷間時から踏力・踏量に相応なコントロール性を備えている。同じく見てくれから発せられる物々しさからしてみれば、乗り心地は拍子抜けするほど常識的だ。絶望的なタイヤサイズからしてみれば、低中速域の足さばきはお見事の感もある。
試乗車は標準仕様のエアサスだったが、RS 6にはオプションでコイルサスとの組み合わせからなる各輪の可変ダンパーを対角でつなぎ、車体姿勢や接地力を3次元的に制御する「RSスポーツサスペンションプラス」が用意されている。こちらは初代RS 6を連想させるようなゴリゴリのロードコンタクト感が得られる一方で、乗り心地面では確実に一歩退くことになるので、目的意識をはっきり持って選択すべきアイテムだと思う。
破綻とは無縁のドライバビリティー
オン・ザ・レールとはこのことかというほどの高速域でのスタビリティー、そしてワインディングロードでのライントレース性は、初代から引き継がれるRS 6の真骨頂だ。とはいえ、読者の皆さんは経験値からタイヤの限界を超えたら何が何であれおしまいけるということも重々ご存じのことかと思う。
でもここは酸いも甘いも知ったる大人のひと時という前提で語弊を恐れずに言えば、もうお前らごときの小細工で破綻などあろうはずがないと叱咤(しった)されているかのように、想像を絶するド鉄板なドライバビリティーがRS 6さまには宿っている。クルマはここまで全知全能を得るに至ったのかという、乗る側にとってのエクスタシーは技術に対する敬服だ。そのベネフィットは、いかにもアウディらしい。
ちなみに、この試乗の後に上陸間もない「RS Q8」に乗る機会も得ることができた。同系のエンジンを搭載した巨大SUVのRS銘柄、それがワインディングロードではマスも重心もガン無視の旋回力を示しながらも、重たい上屋の動きに人工的な抑制感はない。世間的にはますますRS 6の居場所が狭まってきている、それは間違いないと思わされた。これもまた、技術による前進の一環なのだろう。
でも、真の好事家がこだわるであろう微妙な領域では、やはりRS 6の味わいはRS Q8には代弁できない。体格なりの利は間違いなくあるわけだ。多少の不利も顧みずそこに一票を投じる、求道的なグルメのためのクルマ。RS 6はその座を守り続けなければならないとは、恐らくアウディの側も気づいているのではないかと思う。
(文=渡辺敏史/写真=田村 弥/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
アウディRS 6アバント
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4995×1960×1485mm
ホイールベース:2925mm
車重:2200kg
駆動方式:4WD
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:600PS(441kW)/6000-6250rpm
最大トルク:800N・m(81.6kgf・m)/2050-4500rpm
タイヤ:(前)285/30ZR22 101Y/(後)285/30ZR22 101Y(ピレリPゼロ)
燃費:7.6km/リッター(WLTCモード)
価格:1764万円/テスト車=2140万円
オプション装備:RSスポーツエキゾーストシステム(21万円)/エアクオリティーパッケージ(7万円)/アルミホイール 5Vスポークグロスアンスラサイトブラック 10.5J×22(34万円)/デコラティブパネル カーボンツイル(12万円)/Bang & Olufsen 3Dアドバンストサウンドシステム<19スピーカー>(78万円)/スピードリミッター<305km/h>(15万円)/セラミックブレーキ+カラードブレーキキャリパー<レッド>(130万円)/カーボン/グロスブラックパッケージ<ブラックルーフレール+ブラックスタイリング+グロスカーボンRSエクステリアパーツ+ブラックエクステリアミラーハウジング>(68万円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:3418km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(8)/山岳路(0)
テスト距離:148.1km
使用燃料:29.3リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.1km/リッター(満タン法)/5.8km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。