「C5 X」で久々に復活! シトロエンの上級モデルに宿る前衛の魂
2021.04.26 デイリーコラム戦前から続く“シトロエンの大型車”の系譜
先ごろ発表された「C5 X」は、シトロエンとしては久々の“大型モデル”だ。
もともと、近年のシトロエンには大衆車の「2CV」(1948年)と大型高級車の「DS」(1955年)という、2大ヘリテージの系統があった。それが、2014年にDSの名を冠するプレミアムブランドが新規に立ち上げられてからは、シトロエンはもっぱら2CV的世界観のクルマに注力するようになる。加えて「C6」や「C5」が生産終了になって以来、仏本国ではそのラインナップから大型モデルが不在となっていた。そんななか、全長4.8mを超える新型車が、意外にもDSでなくシトロエンから出てきたのである。
シトロエンは戦前から大型高級車をつくっていた。1919年創業の同社は、当時のニューウエーブといえる存在で、近代的な大量生産をヨーロッパメーカーのなかでいち早く導入した。低価格な大衆車のほうが主眼だったといえるが、大型高級車も同じような手法で量産し、フルライン体制を敷く。シトロエンの大型車は、モダンな存在だった。
製品そのものに目をやっても、シトロエンのDNAには革新性の追求が刷り込まれていた。1934年に登場した「トラクシオン アヴァン」は、前衛的な設計を極めていた。前輪駆動やモノコックボディーをはじめ、当時の最新技術・次世代技術が、全身に採用されていたのである。
トラクシオン アヴァンには、相似形のように小型モデルと大型モデルがあったが、大型モデルでも、ことさらなにかを誇示することはなかった。存在それ自体が革新的であり、前輪駆動ゆえの室内の広さや操縦安定性などが、高いレベルにあった。それにフレームレスのボディーの低さはそれだけで際立っており、一見普通を装っていても、あきらかにシトロエンだけがほかのクルマとは違ったのだ。
その後の流れを決定づけた「DS」の先進性
トラクシオン アヴァンの後継車は、21年たった1955年にようやく世に姿を現した。DSの誕生だ。
トラクシオン アヴァン同様、革新性の極致のようなクルマだったが、先達のように正攻法でつくられたクルマではなかった。既存のものとはまったく別の発想でつくられたかのようなクルマで、トラクシオン アヴァンのあとには数世代遅れて世界中のメーカーがその技術に追随したが、DSのあとには、誰もついていくことができなかった(ついていかなかったともいえるが……)。
前輪駆動の特質を生かしつつ、空力志向も強い独特のスタイリング。斬新なデザインで広く快適な室内空間。そして、雲に乗ったような乗り心地のハイドロニューマチックサスペンション。これらがその後のシトロエン、とくに大型シトロエン特有のスタイルの原型となる。現在では、ハイドロニューマチックや独特な操縦感覚を生み出す油圧回路の制御機構は途絶えてしまったが、その設計哲学は今なお受け継がれている。
また、DSの誕生には特別な力も働いていた。このクルマは第2次大戦で壊滅的状況となったフランスの復興が進むなかで開発されており、とくに戦争で途絶えたフランス高級車の遺志を継いで生まれてきたかのようなところがある。フラミニオ・ベルトーニによるスタイリングも、もとはシンプルなファストバックとなる予定だったものが完成間際に横やりが入り、結果として独特な造形を得るに至ったことが知られる。唯一無二の傑作と評されるデザインの創出には、偶然も味方していた。
今日のシトロエンに通じる趣を持つ「CX」
DSといえば、フランスの栄光を体現したド・ゴール大統領が贔屓(ひいき)にしていたことも有名である。ただ、かの国の高級文化を表したようなその要素は、今ではDSブランドのほうに集約されており、DSが分離したあとのシトロエンブランドは、ややドライな趣に徹している。見方にもよるが、その感覚に近いといえそうなのが、次の代の「CX」だ。その前に発売された「SM」もシトロエン製高級車の傑作ではあるが、そちらは2ドアの高性能モデルだった。
CXは、またも前作から約20年を経て1974年に世に出る。しかしDSやトラクシオン アヴァンとは異なり、新しいものはほとんどなかった。スタイリングの面でも、DSよりはだいぶ薄味になった感がある。より現実的になっているのだ。ただ、ハイドロニューマチックの継続採用もあり、CXは依然として十分に先進的に見えた。
ロベール・オプロン(惜しくも先ごろ訃報が届いた)によるデザインも独創性こそないのだが、凝りすぎない優美なスタイリングはむしろ現代的で、今の目で見ても違和感があまりない。空力を追求したドーム型の長大なファストバックスタイルは、先にSMや中型モデルの「GS」でも採用されていたもので、以後の中・大型シトロエンで定番になった。新型車にリアデッキがあると、紹介記事では毎回それに「シトロエンでありながらも……」などと注釈をつけるといった具合である。ちなみにCXは、ファストバック形状でもテールゲートは持っておらず、独立したトランクルームを備えた4ドアセダンだった。
C5 Xは、メーカーでは公式には言っていないが、このCXを意識した面があるといえる。C5 Xの元となったコンセプトカー「CXPERIENCE」に、名前が物語るようにCXへのオマージュがあったからだ。C5 Xを見ても、そのファストバックスタイルやモダンで快適な室内空間などに、CXに通じるものがあるように感じられる。
「C5 X」にみる歴代モデルのヘリテージ
CXの後継は、1989年登場の「XM」で、スタイリングは角張っていたが、やはりCXのヘリテージが感じられた。ただこれはベルトーネのデザインで、ある意味CX以上に、いかにもシトロエン的なエキゾチックさがあった。
2005年に登場した「C6」は、このころシトロエンが進めていた「シトロエンらしさ」を復活させる施策のなかで誕生した。このデザインはコンセプトカーをかなり忠実に再現した野心的なもので、DSのモチーフも見受けられたが、これもあきらかにCXを連想させるスタイリングだった。そんなC6も、2012年で生産終了となってしまう。
一方、C6のひとつ下に位置した「C5」は2世代続き、C6の消滅後もしばらくはシトロエンの最上位モデルとして健在だった。ただC5は、より広い顧客層にアピールするためか、モデルチェンジを経てだいぶ普通のデザインになっていった。……それでもやはりシトロエンらしさはにじみ出ていたのだが。
車名にも表れている通り、間もなく登場するC5 Xは、このC5の線上に位置づけられるモデルとなる。ただC5よりもサイズは少し大きいし、車名には既存のモデルにはない「X」の文字も付く。恐らくは、C5よりちょっと、“プラスα”のある存在なのだろう。
ところで、歴代の大型シトロエンには、C6以外は常にワゴンモデルが用意され、またそれらに独特の存在感があった。翻って見れば、C5 Xはハッチバックのようでも、セダンのようでもある。それどころか、ワゴンやSUVの要素も併せ持っているようである。大型シトロエンのヘリテージが混然としつつ、21世紀風の仕立てになっている。それがC5 Xなのではないだろうか。
(文=武田 隆/写真=ステランティス、グループPSAジャパン、Newspress/編集=堀田剛資)
