第704回:高級車ってなんだろう? 大矢アキオにとってはアームレストのあるクルマだ!
2021.04.29 マッキナ あらモーダ!ハイグレードの定義とは?
今回は、こどもの日が来るのにちなんで、筆者の幼少時代からの自動車装備に関する思い入れと、ある玩具のお話を。
読者の皆さんは、自身のなかに高級車の基準をお持ちだろうか。
かつては「気筒数の多さ」が高級車の基準であった。世界のメーカーが、それをあおっていた。日本でも同様で、一例は1983年に日本初のV型6気筒エンジンを搭載した日産の「セドリック」と「グロリア」だ。前者のCMでは俳優の故・二谷英明氏が「V6は高級車の証し」と高らかにうたっていたものだ。
いっぽうここ10年ほどは、ダウンサイジングの潮流で気筒数が少ないクルマに乗っているほうが知的なムードがある。「多気筒=えらい」の法則は過去のものになった。
ある特定の装備が装着されているかどうかを基準としている人も少なくないだろう。
最も単純な例として、ダッシュボードにエンジン回転計があるかどうかで上級モデルかどうかを見定められた時代があった。標準仕様では同じ位置に素っ気ない黒いふた(グロメット)がはめられていたものだ。
ただし、そうした装備の有無も、パーツの納入元である一次協力会社による価格低減努力と量産効果によって、永遠の判断基準ではなくなる。最近の例は、安全運転支援機能や衝突被害軽減機能だ。約10年前に発売されたドイツ系プレミアムブランド車のカタログににぎにぎしく紹介されていた装備以上の内容が、今日では日本の軽自動車にも設定されている。
かつては「ダッシュボードの色がボディーカラーと違う」のも高級車の証しであった。安いクルマの場合、車種によっては製造工程でダッシュボードも一緒に塗装してしまうものがあった。そのうえ、表面を覆うプラスチックやレザー製パッドが少なかった。フォルクスワーゲン(VW)の「タイプ1(ビートル)」のある時期までのモデルが好例である。対して、高級車のダッシュボードは、早くから今日の自動車のようにパッドで覆われていた。
その後、衝突安全の観点からソフトな素材が普及し、ボディー色むき出しの鉄板は消えたが、2007年の「フィアット500」が先代モデルのレトロ風情を醸し出すべくボディーと同色の樹脂製パネルを使用したことにより、今度はボディーと同色が格好良くなってしまった。
ハイグレードやモダンという側面において、不変の法則は存在しないことがわかる。
いっぽうで、あるブランド名、もしくは車種名を基準に、別のクルマが高級車であるか否かを判断する人もいる。
1930年生まれだった筆者の亡母は、何かとスチュードベーカーを基準に車格の上下を判断した。ブランドが消滅して二十数年が経過しても、ひたすらメートル原器のようにその往年の米国車を引き合いに出していたものだ。
90歳になる義父にとって、それは「トヨタ・クラウン」である。俳優の故・山村 聡氏がCMに出演していた時代のイメージを長年抱いているのだろう。レクサスが日本に導入されて久しいが、決して代替基準にはなり得ない。2021年4月の上海モーターショーで公開されたSUV「クラウン クルーガー」については、確固たるクラウン観とともに余生を送る本人の幸せを妨げる恐れがあるので、筆者は触れないようにしている。
ところで筆者はといえば、長年にわたってひそかにある装備をハイグレードの基準としてきた。
それはアームレストであった。
メルセデス・ベンツの奥の手
超高級車の世界では、2002年に復活したマイバッハ以降、左右の後席を隔てて2人乗りとするアームレストが潮流だ。しかし、筆者が言うのはそこまで大げさなものではなく、もっと簡単な「収納式」である。
発端は、第699回でも少し話した代車だ。自家用車であった「VWタイプ1 1300(ビートル)」が車検や修理を受けるたび、わが家にやってきた同じVWの「タイプ3」「411LE」といったクルマである。それらの何に引かれたかといえば、リアシートに装備されていた収納式アームレストだった。
代車が返却されるまで、車庫の中で筆者は後席のバックレストから引き出したり畳んだりして遊んでいたものだ。
古来、日本には脇息(きょうそく)というアームレストがあって、囲碁や将棋の対局から故・志村けん氏が演じたバカ殿まで、その活用シーンは広い。しかし、筆者は、その脇息の存在を知る以前から、VWのアームレストに引かれていた。
さらに、アームレストがあるモデルがビートルよりも高額で、当時のわが家ではおいそれと買えなかったことも、羨望(せんぼう)のまなざしで見るようになった理由だった。
タイプ3も411Lも初代ビートルの後継車になるべくしてなれなかった不幸なモデルである。だが、高額なクルマとアームレストという関係が、筆者の頭のなかでは結合していった。
さらにメルセデス・ベンツのクルマには前席、つまり運転席と助手席の間にも可倒式アームレストを備えているのが常だった。それを知った少年時代の筆者は、さらにアームレスト=高級車という憧れを抱くようになった。
メルセデス・ベンツが、筆者のような肘掛けファンの存在を察知していたのは明らかだ。
1982年の「190クラス」(W201)にも、1997年の初代「Aクラス」(W168)にも、可倒式アームレストを装備した。
未開拓のセグメントに進出するたび、それを導入することで、人心を掌握していったのである。奥の手だ。
さらに、2006年に落成した現在のメルセデス・ベンツ博物館をドイツ・シュトゥットガルトを訪ねると、併設されたカフェのチェアには、後席用を模したアームレストが採り入れられていたのである。
他の来場者もしきりにそれをパタパタと出したり引っ込めたりしていた。自分と同じようにアームレストにフェティシズムを感じる人が世界中に存在することを知って安心した。
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49歳のぬいぐるみ
時代は前後するが、その後もわが家のビートルは、しばらく買い替えられることなく家族車であり続けた。
長距離走行するときには父が運転し、筆者が助手席というのがお決まりであった。おそらく筆者を飽きさせないためと、クルマ酔いさせないための配慮であったのだろう。
そうしたときに母は後席におさまった。
母から「アームレストが付いたクルマに買い替えてほしい」という訴えはついぞ聞いたことがなかったが、本人が代わりに考えたのは「ぬいぐるみ」であった。
購入したのは、週末のわが家の定番アミューズメント施設であった東京都立川市の伊勢丹だった。
8階にあったレストラン「プチモンド」で食事をしたあと、すぐ隣にあった玩具売り場で、母は茶色いカバのぬいぐるみを購入した。
ブランド名も製造者名もわからないぬいぐるみだったが、以来家族で長距離旅行する際には、後席で母のアームレストとなった。
自動車メーカーのカタログ装備以外は一切の装飾品を嫌っていた父のおかげで、普段カバはクルマから降ろされていた。
そのうえ筆者はといえば生意気ざかりの小学校低学年だったため、最初はそのカバ型ぬいぐるみを相手にしていなかった。近年のジェンダー論とは矛盾するかもしれないが、当時は「男がぬいぐるみで遊ぶなど格好悪い」と思っていたのだ。一時は押し入れのなかにしまっておいたこともあった。
しかし、親戚や同級生が訪れてそのカバを発見するたび、妙にウケた。
気がつけば筆者は「山野かばひこ」と名づけ、終始自室に置くようになっていた。なぜ「山野」かといえば、当時の筆者がカバは山に生息していると勘違いしていたためである。
1996年にイタリアへと移り住んだ際、山野はしばらく日本の親戚に保管してもらっていたが、2年後に船便で連れてきた。
今でもわが家を訪ねる客は、誰もが山野のことを面白がる。なかには、筆者へのあいさつもそこそこに山野に抱きつく客人もいる。
目に瞳孔と結膜、つまり白い部分と黒い部分があることに加え、哀れみを請うた表情ではないことが、人々に他のぬいぐるみとの違いを感じさせるようだ。
さらに分析すれば、上向きにすればうれしげに、下向きにすれば悲しげになる能面のような表情が、飽きのこない理由と思われる。
たびたび女房の手で口や鼻のフェルトが貼り替えられ、さらには中のスポンジを総入れ替えするというフルレストアも施された。もはやパーツの半分以上がメイド・イン・イタリーだ。
実は山野は、自動車の長距離移動において、今日でも重宝している。女房が後席でふんぞり返るときのアームレスト代わりであるとともに、筆者はとっては枕代わりだ。
イタリアのどんなにうるさいサービスエリアでも山野を枕にすると、不思議と即座に眠りに落ちる。30分ほど仮眠した後の意識は極めて鮮明だ。山野は交通安全にも貢献しているのである。
イタリアの空港やフェリー乗り場で、枕(機内用のエア式ではない)を抱えている人を見かけることがある。山野のおかげで彼らの気持ちがわかるようになった。
高級車ではないクルマに乗り込むための、母のアームレストへの思いから住み着いたぬいぐるみは、推定49歳である。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ゼネラルモーターズ、ダイムラー、フォルクスワーゲン/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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