第699回:軽トラから「メルセデス・ベンツCクラス」まで 大矢アキオの「代車でGO!」
2021.03.25 マッキナ あらモーダ!代車は最高のアイキャッチ
少し前からわが街シエナのルノー販売店が、店の前に社有車をずらっと縦列駐車するようになった。
店名ロゴ入りであるうえ、隣には地元出身の元F1パイロットゆかりの喫茶店「ナニーニ」があるから、多くの人々の目に留まる。
それらのクルマをよく見ると「Vettura sostitutiva gratuita」と記してある。日本語に訳せば「無料の代車」だ。
早速販売店の経営者一族で、第547回にも登場した横丁のジェントルマンドライバー、ルイージ・カザーリ氏に聞いてみる。
彼は「代車は半年ごとに入れ替えているよ」と教えてくれた。そして「今や全車が電動化車両だ」と誇らしげに語る。
確かに彼らの最新の代車である「トゥインゴ」は、電気自動車版の「エレクトリック」である。
代車として渡す場合にはチャージ方法や場所の説明が必要ではないだろうか。自宅に電気自動車の充電設備を備えている人は、まだまれである。
それに対してカザーリ氏は「もちろんひと通り説明する。加えて、車内のインフォテインメント用ディスプレイには充電ステーションの場所が表示される」と答える。
考えてみればトゥインゴ エレクトリックの満充電からの航続可能距離は190km(WLTP混合モード)である。ひと晩くらいだったら、借りている期間に再チャージが必要な人は少ないと思われる。
ともあれ代車は、最新のEVを試してもらうのに絶好のチャンスである。なかなかうまいストラテジーだ。
それにちなんで、今回は代車についてのあれこれをお話ししよう。
代車が当たり前だったおおらかな時代
筆者にとって、代車は自分で運転できないころから、楽しみのひとつだった。
幼稚園時代、父が乗っていた中古の英国車「モーリス・マイナー」は、毎月のように故障した。そのたび、かつてそのクルマを売ってくれた隣町の整備工場に入庫した。
といっても、東京の環八や環七のような幹線道路沿いにある、英国車が得意なしゃれたガレージを想像してもらっては困る。今思えば、1960年代の情景を描いた映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に出てくるような、町の修理工場であった。
代車として貸してくれるのは、360ccの初代「三菱ミニキャブトラック」だった。室内に露出したさまざまな機構や配線、外気を足元に直接導入するための前面フラップといった、今考えればチープ感あふれるディテールが、逆に幼い筆者を興奮させた。
今回の執筆を機会に「Googleストリートビュー」で検索してみたら、その懐かしい修理工場はほぼ昔の姿のまま現存していた。そればかりか、ブランド名こそ判別できなかったが、白い軽トラックが映っているのを発見したときには、思わず声を上げてしまった。
やがて、わが家に1972年フォルクスワーゲン(VW)の「タイプ1(ビートル)」がやってきた。モーリス・マイナーよりも格段にトラブルフリーではあったが、それでも律義な父は定期点検を欠かさなかった。
営業所とわが家は駅にして4つほど離れていて、いずれも駅から遠かった。そのため、セールスやサービスセンターの人が個人的に機転を利かせて代車を提供してくれた。
代車には同じVWの「タイプ2」「411L」「K70」といったモデルがやってきた。ファンならご存じのとおり、いずれもビートルの後継になりたかったけれど、なれなかったクルマたちである。
しかしながら、最も印象的だった代車は、緑の「アウディ100クーペS」だった。その流麗なクーペは、わが家の小さな車庫には収まり切らず、お尻がはみ出した。
といっても、当時小学生だった筆者である。何に一番引かれたかといえば、走行性能などではない。車内のスイッチ操作によってリアフェンダーから昇降する「オートアンテナ」であった。室内で親に止められるまで操作を繰り返した。
そうかと思えば、メカニックの人が自分の愛車である「いすゞ117クーペ」を置いていったこともあった。丸形4灯時代のそれは再塗装が施されていて、オーナーの愛着が感じられた。
いずれも今思えば、さまざまな社内規定が緩かった、のどかな時代であったから提供できた代車だったのであろう。
いっぽうわが家ではないが、同級生の家に発売間もない「いすゞ・ピアッツァ」が代車で来たと聞いたときは、わざわざ電車を乗り継いで訪ねた。
ただし、「(その原型となった)『イタルデザイン・アッソ・ディ・フィオーリ』と生産型とでは細部が異なる。特にダッシュボードの未来感がスポイルされたのが惜しい」などと、中学生らしくない生意気な講釈を垂れたためだろう。その後は一切呼ばれなくなった。
20万kmでも現役
いっぽう、今日のイタリアで代車といえば、「フィアット・パンダ」が定番である。フィアット/アルファ・ロメオ/ランチア系販売店のほか、独立系のマルチブランド販売店や板金工場などでも、パンダを代車に使っているところは少なくない。
筆者が知るマルチブランドの小さな店も、パンダを長期リースして代車に使っている。受付の女性に聞けば、「代車としてのほか、通勤用にも使っているの。夏の間は観光客向けのレンタカーとしても貸し出しているわよ」と教えてくれた。
ところで冒頭のカザーリ氏のルノー販売店は、前述したように代車を定期的に入れ替えているうえ、いつもきれいにしていて感心する。
いっぽう、一般的なイタリアにおける代車は、日本的な感覚からすると清掃が行き届いていないことが多い。
筆者が以前入庫していた整備工場の代車も同様だった。たとえ室内であっても、下手に触れようものなら、こちらの服が汚れそうだった。
あまりに乗るのがはばかられるので、2時間くらいの整備ならとサービス工場のソファを借りて、原稿を書きながら待っていたこともある。
燃料が最低限しか入っていないのも常だった。決まってフューエルランプが点灯しているのだ。「最寄りの給油所が休業していたら家まで帰れないのではないか」と、いつもひやひやした。同時に、燃料をいつもあんなに少なくキープしつつ、どうやって代車として運用しているのか不思議だった。
オドメーターを見ると、20万km近くに達していた。これでは内外装ともに傷むはずだ。
いっぽうでエンジンは面白いほどよく回った。エンジンの特性を知ったメカニックたちがまめに整備をし、かつ代車としてお呼びがかからないときは通勤用に使って、適切に走らせてきたからに違いない。
怠惰な生活をしている若者よりも、日々体調に留意し、運動を欠かさない高齢者のほうが剛健なのと同じである。同時に、定期点検を真面目に受けていれば、自分のクルマもまだまだ使えるかもしれないという思いにもつながった。
恐るべき定期点検プレゼント
ある日、代車を貸し出してくれるサービス受付のお姉さんが「オートマチック車の運転知ってる?」と聞く。
「おいおい日本じゃ、今や売れるクルマの100%近くがAT車だぜ」と説教をした。そもそも、点検に出すボクのクルマもATである。
ともかく、その日は何のAT車を貸してくれるのかと聞けば、メルセデス・ベンツの現行「C200dステーションワゴン」だった。
いつものクルマが出払っているらしく――代車にそのような制度はあるのか知らないが――グレードアップしてくれたようである。
ボディーは泥はねがひどく、相変わらずフューエルランプが点灯した状態での貸し出しであったが、イタリア生活史上、最もハイグレードな代車であった。
返却の際、サービス工場長がいたので聞いてみれば、そのCクラスはリースで、近いうちにそれと交代する形で同じメルセデス・ベンツの「Bクラス」が来ると教えてくれた。
しかし、禍福はあざなえる縄の如しである。次回点検に出すと、再び例の走行20万km車両に戻ってしまった。
それどころか、走りだしてみると、足元に何かコロコロ転がっているものがある。間違ってペダルの裏に入っては危険だ。路肩に停車して確認すると、なんと小さなガラス瓶だった。未開封のジェノヴァ風パスタソースである。
イタリアに「定期点検お申し込みプレゼント」といったような慣習はない。おそらく前のお客、もしくは従業員の誰かがスーパーで買い物をし、カーブを通過した際に袋からポロッとこぼれ落ちてしまったのだろう。さらに家に戻ってパスタをゆでたとき、気が変わってトマトソースの瓶を開け、ジェノヴァ風ソースの存在をすっかり忘れてしまったに違いない。
わが家もちょうどパスタソースが切れていたものの、こっそり頂戴しようという下衆な考えが湧く以前に、いつから転がっていたのかわからない瓶を開封する勇気が起きなかった。人のものを勝手に捨てるのも気が引ける。仕方ないので、ラゲッジルーム内の隅っこにそっと戻しておいた。
ところが筆者は返却するとき、サービスフロントにこのことを報告するのをうっかり忘れてしまった。あれから数カ月、誰かが瓶の存在に気づいてくれたことを願わずにはいられない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、フォルクスワーゲン、アウディ、イタルデザイン/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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