第1回:豊田社長の発言とは裏腹? デンソーが描く自動車の電動化戦略
2021.06.08 カーテク未来招来![]() |
デンソーが2035年の未来へ向けた戦略を発表。電動パワートレインや運転支援システムの事業に注力し、エンジンなど既存技術の分野は、段階的に縮小していく意向を示した。自動車を取り巻く環境が急速に変化するなか、彼らはどのような未来を想像しているのだろうか。
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世界第3位の部品メーカーが考える自動車の未来
今回から新しい連載を担当することになった技術ジャーナリストの鶴原と申します。『webCG』ではこれまでにも記事を書いているので「初めまして」ではないのだが、新しい連載を始めるにあたり、最初にその狙いを少しだけ紹介しておきたい。
読者の皆さんもよくご承知のように、いま自動車は「100年に一度」と言われる変革期にある。この連載では、その100年に一度の変革によって、クルマが、自動車産業が、そしてわれわれのカーライフがどうなっていくのか、読者の皆さんと一緒に考えていきたい。この連載につけたタイトル「カーテク未来招来」の「招来」という言葉には、「招き寄せる」という意味があるそうだ。まだ見えていない未来を少しでも招き寄せて、読者の皆さまに見えるようにしたい、というのが筆者の願いである。
前置きはこのくらいにして、今回取り上げるのは「デンソーの戦略」である。デンソーといえばご存じの通り、日本最大にして世界第3位(米Automotive News紙の2020年サプライヤーランキングによる)の巨大部品メーカーである。そして、世界最大の自動車グループであるトヨタ自動車グループ(2020年のグループ世界販売台数で)を支える縁の下の力持ちでもある。そのデンソーが報道関係者や証券アナリストを招き、今後の戦略を語る「ダイアログデー」というオンラインイベントを開催した。ここで明らかになった内容から、クルマのミライを模索してみたい。
電動関連を2倍に エンジン関連を半分に
今回のイベントは「安心戦略」「環境戦略」「ソフトウエア戦略」、そして「財務戦略」という4部構成で行われ、それぞれ担当役員が今後の戦略について説明した。このうち、筆者がまず紹介したいと思うのは、読者の皆さんがふだんならまず関心を持たないだろう「財務戦略」だ。なぜここから紹介するかというと、このパートで注目すべき発表があったからだ。
その注目すべき発表とは、2035年までのおよそ14年間で、デンソーが大幅な事業の入れ替えを計画していることである。具体的には、エンジン系を中心とする「成熟」事業の売り上げを半分とする一方で、先進運転支援技術(ADAS)や自動運転、電動パワートレインを中心とした、いわゆる「CASE(Connected、Autonomous、Share&Service、Electric)」関連の売り上げを倍増させる。
特に高い成長を期待しているのが電動化の分野だ。デンソーの現在の電動化関連の売り上げは5500億円だが、これを4年後の2025年度には2倍近い1兆円まで拡大する。電動駆動の分野は、まさに世界の自動車部品メーカーが激戦を繰り広げている領域であり、コスト競争も厳しい。デンソーはどう勝ち抜こうとしているのだろうか。
デンソーが強みとして挙げたのが、既にハイブリッド車(HEV)の分野でモーターやインバーターの量産実績を積んでおり、製造のための設備投資も済んでいることだ。「ドイツの競合メーカーはこれから電動駆動システムを製造するための投資がかさむが、当社は大きな投資は終えており、今後はむしろ設備投資を健全な水準にする」(同社CFO・経営役員の松井靖氏)。インバーターやモーターといった電動駆動システムの構成部品は、電気自動車(EV)用やHEV用、プラグインハイブリッド車(PHEV)用を混合生産可能で、今後それぞれの比率が変わっていっても対応できるという。
実際、今後の設備投資計画の見通しをみると、設備投資額は2019年度の4365億円をピークに、2021年度は3950億円に減り、2025年度は3500億円まで減らすことになっている。ついでに言えば、研究開発費もピークだった2019年の5078億円から、2025年には4500億円に絞り込む。ただしその内訳を見ると、減らすのはエンジン部品の領域や汎用(はんよう)部品といった成熟分野であり、CASEを中心とする分野向けは横ばいかほぼ微増で、相当メリハリをつけているイメージだ。
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多様な製品群が強み
トヨタ自動車は今年(2021年)5月の決算発表で、2030年時点で800万台を電動車両とし、そのうちEVとFCVは200万台を目指すという計画を発表したが、証券アナリストのなかでは、この発表について「トヨタがEV化で遅れている」と受け止めた向きが多いようだ。デンソーの今回の発表でも証券アナリストから「EV化で遅れているのではないか」というニュアンスの質問が出た。
これに対して同社代表取締役・経営役員の篠原幸弘氏は、「CASEが始まったときから、電動化の方向は多様化すると考えていた。現在、電動駆動システムでトヨタ以外からも10社ほどの受注が決まっているが、EVだけでなくHEVも展開したいというメーカーもある。電動駆動システムをシリーズで持っているのが強みになっている」と、EVに“決め打ち”しないことが強みになっているとの分析を示した。EVの普及では中国が世界をけん引しているが、「中国のローカルメーカーからの引き合いが強い」とも語り、電動化が急速に進展する市場を取りこぼしていないことも強調する。
それにしても、今回のデンソーの戦略から分かるのは、強力な「CASEシフト」である。先に触れたように、2035年には成長分野であるCASE関連の売り上げを2倍に伸ばす一方で、エンジン関連を中心とする成熟分野の売り上げは半減すると予測している。しかも、売り上げの減少に先立って、成熟分野への設備投資、研究開発投資は2025年の時点で早くも減少させる見込みだ。
ドイツの大手部品メーカーであるコンチネンタルは、2019年7月に「2025年に開発が始まり、2030年に生産が始まるディーゼルおよびガソリンエンジンが、内燃機関の最後の世代になり、2040年以降は内燃機関が順次廃止されるだろう」との予測を披露したことがある。このときには「まさか」と思ったのだが、デンソーの投資計画を見ると、同社の研究開発方針も、コンチネンタルが披露したのに近い方向を向いているように見える。
こうした設備投資計画、研究開発投資計画は当然トヨタも承知しているはずだ。トヨタの豊田章男社長はこのところ、性急な電動化を懸念する発言をしているが、それとは裏腹に、デンソーの戦略からは、今後急速に電動化シフトを進めるトヨタグループの戦略が透けて見える。(次回に続く)
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=デンソー/編集=堀田剛資)
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鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
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