エンジン車の排除に「国境炭素税」の検討 もはや誰にも止められないEUの環境規制強化
2021.07.30 デイリーコラム「Fit for 55」の衝撃
2035年にはヨーロッパでガソリン車等の販売が禁止に――。いつか来ると分かっていたけれど、思ったよりも早かったと感じた人は多いのではないだろうか。
日本は、第5波だ、ワクチン不足だと、依然としてコロナ禍で右往左往しているが、欧州委員会(EU)はしたたかに戦略を進めている。世界的に感染が拡大している2020年5月の時点で、EUは既にコロナ禍からの経済復興を描いたイニシアチブ「次世代のEU」を打ち出していた。その内容はコロナ禍前の2019年に発表した成長戦略「欧州グリーン・ディール」に新たな施策を加えたものだ。
そして2021年7月14日、2030年の温室効果ガスを1990年比で55%削減するという目標に向けた環境対策政策パッケージ「Fit for 55」を発表した。ここに盛り込まれたのが、2035年に新車で販売される乗用車および小型商用車をすべてゼロエミッション車(ZEV)にするという政策である。ハイブリッド車(HV)もプラグインハイブリッド車(PHV)もダメ。内燃機関を持つ新車はEU域内で販売できなくなる。
これまでは「電動車」という言葉をあえて使用し、電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)のようなZEVだけでなく、HVやPHVのように電動化でエミッションを低減するエコカーも大切だと伝えてきた。しかし、EUは明白に2035年以降のZEV化を打ち出した。
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相変わらずマーケティングが強いメルセデス
自動車業界および関連業界はEUの方針に反対する姿勢を示しているが、政策を覆すほどのムーブメントになるかどうかは分からない。各社とも“Xデー”に向けた技術開発は進めているわけだし、世界の投資家がESGやSDGsを重視するなかで(参照)内燃機関にこだわり続ければ、他社よりも環境対策が遅れていると見られかねない。
これからどうなるかと思っていたところ、ダイムラー/メルセデス・ベンツがオンライン・カンファレンスを開催し、EV専業化を宣言した。EUの戦略発表から6日後というタイミング。メルセデスは相変わらずマーケティングがうまい。EV専業化はアウディやジャガー、ボルボも宣言しており、メルセデスが第1号というわけではないが、EUの政策と同時期に発信したことで、市場に強く印象づけることに成功した。
ただ、メルセデスはこれまで2030年以降もPHVを扱うとしていたので、その意味では惜別の感がある。HVやPHVは日本で普及した技術だが、燃費規制対策に有効であり、「ハイブリッド」という言葉が世界的にエコカーの代名詞と化したことから、この分野は想像以上に多様化した。回生ブレーキを搭載するだけでもハイブリッドと名乗れてしまうのだから、技術の定義があいまい化したと言ってもいいだろう。そうしたなかで、トヨタやメルセデスはHV/PHVの本流といえるモデルで一定の販売台数を保ってきた。相応の投資もしているはずだが、メルセデスは2035年をもってそれらの新車投入を止めることになる。現在の豊富なラインナップを見ると、やはり寂しさはぬぐえない。
メルセデスはEVに必須の電池について、新工場の開設などアグレッシブな計画を発表しているが、内燃機関の開発や製造に携わっていた部門や関係先がどうなるかは気になるところ。これまでに培ってきたパートナーシップや技術をどう未来の産業につなげていくのか、メルセデスならではのストーリーに期待したい。
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全産業に影響する「国境炭素税」に注目
さて、ここまでは自動車業界の話題だったが、実はFit for 55には、もうひとつ目玉といえる施策があった。EU域外からEU域内に対象製品を輸入する際に炭素課金を行う「炭素国境調整メカニズム(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)」の設置だ。ざっくりと説明すると、環境対策が不十分なEU域外で生産された製品については、輸入の際にしっかり炭素税を支払ってもらいますよ、というもの。
背景にあるのは環境対策にかかるコストの問題だ。EU域内で環境規制を強化すれば、当然そのコストは製品に課せられるので、価格が上がる。一方、環境規制が緩やかな地域(主に途上国)では生産コストが安く、製品価格も安い。価格競争になればEU域内で生産した製品が売れないのは明らかで、EU域内の産業競争力の低下を防ぐためにCBAMが必要というわけだ。また、この施策には環境規制の緩やかな地域の製品ばかりが売れるようになると、地球全体のCO2削減につながらないという意味もある。
CBAMの対象製品にはセメント、鉄・鉄鋼、アルミニウム、肥料、電力が挙げられており、自動車業界としても無縁ではない。せっかく安価に生産できる地域に拠点を設けても、国境炭素税がかかるとなれば、大規模サプライチェーンを構築していることが必ずしもコスト低減につながらない可能性さえ出てくる。
炭素税については、これまでもさまざまな国や地域で、幾度も検討が重ねられてきた。日本でもたびたび議論が起きているが、具体的な施策には至っていない。「Fit for 55」でも産業界の反発は必至で、公正・公平かつ既存の政策とバランスする課税制度を実現することは容易ではない。EUが発表したCBAMについても現状は“規則案”であり、詳細はこれから審議を進めていくことになる。
日本は2050年のカーボンニュートラルを宣言しており、Xデーを「30年後」と捉えている人が多いかもしれない。しかし、欧州では「2050年前後」をゴールとしつつも、足もとの政策や規制を固め始めている。日本としては、勇み足は避けたいところだが、欧州の追従となることも避けたい。今できることは果たして何か? “ポストコロナ”の議論を進めていくべきときが来ている。
(文=林 愛子/写真=ダイムラー/編集=堀田剛資)
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林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
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