第213回:ビニール傘の如く
2021.08.16 カーマニア人間国宝への道マクラーレンを14台所有する超VIP
マクラーレン東京の営業マンである平野氏から、メッセージが届いた。
「マクラーレン東京のVIPのお客さまが、清水さんの記事がとてもお好きだそうでして、機会があればぜひ一度お会いしたい、とのことです。弊社からマクラーレンを14台お求めいただいている、最も大切なお客さまです。近いうちに一度ご紹介できたら幸いです」
マクラーレンを14台! それもここ10年以内に、ということになる。まさに超ド級のお客さま!
そもそも平野氏は、元コーンズの営業マン。思い起こせば23年くらい前。私がコーンズ芝浦ショールームのガラスの外側に張り付いていたところを、「清水さん、そんなところでご覧になっていないで、中へどうぞ」と声をかけてくれたのが平野氏だった。彼は、一介の中古「348」オーナーだった私の顔を見知っていてくれたのだ。さすがヤリ手営業マン。
ということで、善は急げと赤坂のマクラーレン東京ショールームに向かい、まずは平野氏とよもやま話に花を咲かせた。
平野氏がコーンズからマクラーレンに転職したのは2012年。当時コーンズは、フェラーリの輸入権を失っていちディーラーに転換し、多くの社員が去ったが、平野氏も希望退職に応じた口だ。その後マクラーレン東京に誘われたのは、コーンズでの経験と人脈を買われてのことだったが、当初は苦戦したという。
平野氏:フェラーリのお客さまにたくさんお声がけさせていただいたんですが、見に来てはくださっても、実はあまり買っていただけなかったんです。フェラーリブランドの強さを見せつけられました。
……なんとなくわかる気がする。
新車を毎年10台から15台購入
フェラーリとマクラーレンは、遠目には似たような形をしているが、コンセプトはまるで違う。私の周囲のフェラーリオーナーで、マクラーレンに興味を持っている人はひとりもいない。官能的で芸術的なフェラーリに対して、マクラーレンは徹頭徹尾速さを追求し、色気がない。近いようでまったく別世界なのである。私自身、マクラーレンの良さがほとんど理解できない。
平野:その一方で、ポルシェのオーナーさまには、すんなりとマクラーレンになじんでいただけました。
それも「なるほどぉ!」である。ポルシェの精密なメカに魅せられた者なら、レーシングカー直系であるマクラーレンの魅力を消化しやすい気がする。
そこに、気さくな50代オッサン風のM氏が現れた。
スーパーカーのオーナーは、一見そこらのオッサン風が多いが、M氏もまさにそこらの自由なオッサン。自分を縛る存在がなにひとつないと、人はそこらのオッサンになるのである。
M氏にマクラーレン14台の内訳を聞いて仰天した。通常モデルを一通り買っているのはもちろんのこと、「P1」を2台、「セナ」も2台ご購入されているという! そして、そのほとんどを現在も所有されているという!
M氏:僕は毎年、新車を10台から15台買うんです。酒もタバコも女もやらず、クルマだけが好きなんです。新車しか買わないのは、お金と不動産以外は新品が好きだからです(笑)。
これだけ新車を買い続けていると、連載中の『北斗の拳』を毎週読んでいるみたいなもので、前に戻る必要も余裕もないという。
M氏:もちろん値上がりを待とうなんて気はありません。スーパーカーに限らず、あらゆるクルマを買ってますし。「ランクル300」も3台注文しました。なんで3台もって聞かれますが、自分の活動拠点に、ビニール傘みたいに置いておきたいんです。
トヨタ・ランドクルーザーの300がビニール傘! さすがの超ド級ぶりだ。
それでいてM氏は、「急に雨に降られても、ビニール傘はもったいないから買いません。僕はコスパがいいものだけが好きなんです。だから100均は大好きで、よく行きます」と仰(おっしゃ)るのだから、まさに超ド級の激震!
本物の花の香りが好き
それにしてもなぜ、マクラーレンを14台だったのか。
M氏:ほかのスーパーカーは、元はしょせん乗用車だと思うんです。でもマクラーレンはレーシングカーなので、アプローチがまったく違う。マクラーレンを買っている人は、本当のクルマ好きが多いと思いますよ。フェラーリのオーナーは、フェラーリより自分が好きな人が多い気がする(笑)。ランボルギーニもかなり買ってますけど、あのクルマのポイントは、変身ベルトで喜べるかどうかでしょうね。
マクラーレンはストイックなレーシングカーであり、フェラーリは自分を飾る宝飾品、そしてランボルギーニは仮面ライダーの変身ベルトということになる。言い得て妙なり! まぁ私のような中古フェラーリオーナーの場合、フェラーリは宝飾品というより、たまにキメたくなる麻薬だが。
M氏:本物の花の香りと芳香剤の香りって、同じようで違うじゃないですか。僕は本物の花の香りが好きなんです。
オレ:なるほどぉ! 私はたぶん芳香剤派ですね。いい夢を見させてくれる麻薬的な芳香剤が好きなんですよ!
M氏:清水さんの仰ることは完全に理解できます。素晴らしいと思います(笑)。
別れ際、サプライズで、M氏のセナの助手席に同乗させていただいた。もちろん初体験であった。
マクラーレン・セナは、見た目はまるでバットマンカーだが、乗ればまさにレーシングカーであった。妥協も演出も一切ない、ひたすら速く走るためにつくられたピュアなマシンである。サウンドの色気のなさは、色気に乏しい「720S」のさらに上を行っていた。
より速くて高価な、つまり、よりレーシングカーに近いモデルほど色気を排し、徹底的にマシンに仕上げる。私はセナに、マクラーレンの神髄を見た気がしたのでありました。
追伸
M氏はセナを2台ご購入と書きましたが、3台の間違いでした! ここに訂正と土下座をばさせていただきます。ガバッ。
(文と写真=清水草一/編集=櫻井健一)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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