第719回:レンタカー業界に最終兵器? あまりにイタリアすぎる特別仕様車
2021.08.19 マッキナ あらモーダ!家族旅行よりもイタリア車
8月、イタリアの観光地にあるレンタカーの営業所は、かき入れ時である。
思い出すのは数年前に筆者が住むシエナまでやってきたドイツ人家族だ。彼らはユニークな旅程を組んでいた。
夫と息子はドイツから自家用車で陸路をたどったのに対し、夫人は飛行機でイタリアとの間を往復した。
彼女に選択の理由を尋ねると「クルマでわが家から1000km以上走ってくるのに付き合うのは大変」と教えてくれた。だが、さらなる理由があった。ずばり「(2007年に発売された)『フィアット500』に乗るため」という。発売以来そのスタイルに憧れていて「一度でいいから乗ってみたかったのよ」と告白してくれた。
実際、彼女はひとりでフィレンツェの空港で500を借り出し、ドイツから自家用車を運転してきた家族と宿泊施設で合流。帰国日に空港で返却して空路をたどった。
おっと、レンタカーであれば、ユーザーが事前に予約できるのは車両のランクのみで、詳細な車種までは選べないはずだ。「現地ブランド車が当たるといいな」と思ってカウンターに行ってみると、外資系のオペルやフォードだったというのは、筆者が何遍となく経験してきたことである。実際にそれらに携わっている人には失礼な話だが。
聞けば、彼女の場合は「出発前、ドイツから何度もリクエストを出して確約させた」という。
イタリアに住んでいると空気のような感じで、気にもしなかったフィアット500であるが、アルプスの向こうの人には、家族との道中を捨ててまで乗りたいクルマだったとは。恐れ入った。
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高級モデル専科
そうした顧客がいることを認識していたのであろう。国際的レンタカーブランドのひとつであるHertz(ハーツ)のイタリア法人は、ここ数年、夏を中心に「セレツィオーネ・イタリア」なるプランを積極的に宣伝している。
「Selezione Italia」とは英語にすれば「イタリアン・コレクション」だ。2017年にFCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ:当時)の協力で開始されたこの企画は、イタリアにおけるプレミアムブランドの、特に上級グレードやハイパフォーマンス仕様をそろえたものだ。
2021年8月現在の車種一覧を見てみよう。
マセラティは「レヴァンテ」「ギブリ」「クアトロポルテ」を、アルファ・ロメオは「4C」「ステルヴィオ」「ジュリア クアドリフォリオ」を用意。アバルトからは「595コンペティツィオーネ」「595ツーリズモ」「124スパイダー」が、そしてフィアットは「124スパイダー」「500カブリオ」といった車種がラインナップされている。
車体色こそ指定できないものの、車種は予約時点で確定される。ハーツによると、このセレツィオーネ・イタリアのために約600台をイタリア国内8カ所の空港に配備したという。営業所によっては、貸し出しのための専用スペースを用意している。想定顧客層は7割が外国人だ。
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気になるお値段は?
本稿執筆を機会に、実際にイタリアにおけるハーツレンタカーのウェブサイトを訪問してみた。
各車には利用できる最低年齢が設けられている。フィアット500カブリオが23歳以上なのに対して、マセラティ各車は30歳以上、アルファ・ロメオ・ジュリア クアドリフォリオに至っては40歳以上に設定されている。
また、マセラティ全車とアルファ・ロメオの4Cおよびジュリア クアドリフォリオを利用する場合は、クレジットカードを2枚提示する必要がある。
ところで、例としてアルファ・ロメオ・ジュリア クアドリフォリオはおいくら? ということで、仮に借用/返却ポイントをトリノやミラノの空港に指定してハーツの公式サイトで検索してみる。
残念ながら、いくつかの日程を入力してみても、借り出し可能な日がヒットしなかった。そこで参考までに2017年のプランリリース時の料金を記すと、一日あたり510ユーロ(約6万6000円:2021年8月時点の換算レート。以下同じ)である。くしくも2.9リッターV6ツインターボエンジンの最高出力と同じ数字である。
借り出し可能な日時が見つからないばかりでなく、車種によっては「センターに電話でお問い合わせください」といったメッセージが表示されてしまう。
もちろん欧州地域ゆえ、多国語対応のオペレーターが常駐しているだろうから問題は少ないはずだが、今どき電話というのは、今ひとつ面倒だ。
そもそも、こうしたクルマを借りるユーザーのなかには、「借り出しや返却地が、もともとの自分の旅程からちょっと離れていてもいい」どころか「少しくらいなら日程を変えてもいい」という人も少なくないはずだ。
そうした熱烈な愛好家のために、例えば「マセラティ・レヴァンテが空いている日・場所一覧」といった、もう少し柔軟性に富んだサイトにすれば、より多くの顧客を獲得できるのにとも思う。
いっぽう、イタリア各地で最も簡単にヒットするのは、アバルト595ツーリズモである。フィレンツェ空港から9月1日に24時間使用すると仮定して料金を調べてみる。基本的な保険料込みで127.11ユーロ(約1万6500円)だ。ベース車種であるフィアット500の94.18ユーロ(約1万2000円)からすると高めだが、最高出力165PSのパワーと独特のエキゾーストノートを楽しむためと納得できる人にはふさわしい金額だろう。
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レンタカー限定スペシャルも
実はハーツレンタカーは近年、英国やフランスでもご当地ブランドで構成した高級レンタカーの展開を試みている。前者では「ジャガーFタイプ」、後者では「アルピーヌA110」といったモデルを看板車種にしていた。
だが2021年現在、同様のスタイルが継続しているのはイタリアのみだ。欧州で多くの人々が夏に目指す国、車両の持つ強いキャラクター性、ドライブしたくなるエリアが多い、という3要素が功を奏していることは確かだ。
そのイタリアにはハーツレンタカーでなくては乗れない、もしくは乗る機会が少ないオリジナル車種も用意されている。
ひとつは、アルファ・ロメオ・ジュリアの「グランドツアー」と名づけられたスペシャルモデルだ。2019年に投入されたこのクルマをプロデュースしたのはガレージ・イタリア。フィアット創業家の御曹司、ラポ・エルカンが主宰するカスタムカー工房である。
ボディー色にはルネサンス絵画で好まれたラピスラズリ(瑠璃色)が選ばれている。フレスコ画のようなタッチである。
室内の天井には、16世紀マニエリスムの画家であるタッデオ&フェデリコ・ツッカリ兄弟のフレスコ画『黄道十二宮に囲まれたアポロ』が再現されている。休憩でなくても、バックレストを倒して眺めたくなるだろう。
なお、車名の「Grand Tour」とは、一般的に17世紀の英国で富裕層の子弟が知識を広めるために欧州大陸を巡った旅を意味する。ただし、ハーツの説明によると、今回の企画ではルネサンス期のイタリアの芸術家が見聞を広めるべくヨーロッパ各地を旅したことをイメージしたのだそうだ。
もう一台は「フィアット500ジョリー・スピアッジーナ・アイコンe」である。1950~60年代に流行した、カロッツェリア・ギアによるフィアット500のリゾート向け改造車を、電気自動車で再現したものだ。
こちらもガレージ・イタリアのプロデュースである。標準型500のドアおよびルーフを切り取ったうえで補強を施し、そこにニュートン・グループ社による電動パワートレインを搭載している。満充電までの所要時間は4~8時間。満充電からの航続可能距離は120kmという。
こちらはガレージ・イタリアを通じて一般にも販売されているが、レンタカーではもちろん初めてだろう。
2019年に3台が投入されたのに続き、2021年には新たに5台が加えられた。
国内報道によればトスカーナやシチリア、サルデーニャといった人気エリアに配備されたというが、こちらも詳しい営業所や料金は「要電話問い合わせ」なのが惜しい。
日本版もいかが?
「これでもか!」というくらいイタリア風情満点な、レンタカー界の最終兵器のラインナップ。それを見た筆者は、日本版の「ジャパン・セレクション」で対抗したい、とにわかに思い始めた。
思い出すのは、日本通のイタリア人やフランス人と話していて必ず飛び出す“あのカテゴリー”だ。ずばり軽自動車である。「K-Car」だけでなく、どこで覚えたのか「ケイジドウシャ」とそのまま呼ぶ者さえいる。
彼らにとって、欧州に輸入されていない背高の軽自動車は強い興味の対象なのである。
そこで日本のレンタカー会社は、既存の軽自動車の貸し出し車種をジャパン・セレクションとひとくくりにして宣伝すれば、外国人観光客でにぎわう日が戻ってきた暁には、それなりにウケるかもしれない。日本のアニメ映画にたびたび登場する「軽トラック」もよかろう。
日本でも運転可能な国際免許証を取得してまでやってくる外国人は限られているから、市場規模は知れたものかもしれない。しかし、日本ブランド車の多様性と技術を知ってもらういい機会になる。加えていえば、例のゲームキャラクターをイメージした観光用カートよりもずっと安全性が高い。
欧州の日本車オタクの間で今も語り草の「トヨタ・ソアラ」「ユーノス・コスモ」「ホンダ・ビート」といったバブル期の欧州未導入車もそろえたら面白いかもしれない。
ついでに、かつてその中古車をわざわざ輸入したドイツ人を知っている筆者としては、「トヨタ・センチュリー」もラインナップしてほしいところである。
大矢レンタカーの夢は広がりすぎるので、今回はこのあたりで。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=ハーツ・イタリアーナ、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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