第730回:複雑化するカーオーディオ そして復活を切望する「究極のボタン」
2021.11.04 マッキナ あらモーダ!「回してポン」が懐かしい
近年、筆者が各国でホテルに滞在するときの変化といえば、「テレビを見なくなった」ことである。理由は、ずばり「操作が面倒」になったことだ。
「ホテルTV」などと名づけられたそれには、家庭用のスマートTVに似た初期画面が現れる。施設によっては「Benvenuto Sig.OYA(大矢さま、いらっしゃいませ)」などと、わざわざ客の名前までうやうやしく表示される。
問題はそこからだ。地上波チャンネルを映し出すのに、家庭用のそれ以上にボタンがあるリモコンを何回も操作する必要がある。
「ボタンを押し間違えて、有料番組(ペイTV)が始まってしまったらどうしよう」という恐怖が頭をよぎる。他人がいないのをいいことに「もう、まいっちんぐ」などと、古い日本アニメのセリフが口に出てしまう。
ようやく操作を覚えたころには、チェックアウトの日がやってくる。アメリカの安モーテルに置かれた古くさいRCA製ブラウン管テレビのほうが、よほど扱いやすい。
クルマに関しても、昨今は同じことが言える。
気がつけば、オーディオ操作の大半を大型ディスプレイに依存するモデルが増えてきた。
廉価モデルにも変化が見られる。1DINスペースに収まる従来型パネルではなく、操作はステアリング脇のサテライトスイッチで、動作状態の確認はメーターパネル内のインジケーターに依存するモデルが現れるようになった。
困るのはレンタカーを借りたときだ。恐らく車両の清掃要員が作業のテンションを上げるためラジオをオンにしたあと、消し忘れるのであろう。イグニッションオンと同時にオーディオが大音量で鳴り始めることが、たびたびある。
どうやってオフにするのか、駐車場内で数分格闘しなければならないのは明らかに時間の無駄である。ステアリングパッドで操作する車種でも、メーカーごとに位置や表示が違うので、同様に戸惑う。
逆に、ラジオを聴きたいときにも数分を要する。
そうした場面に遭遇するたびに思い出すのは昔のカーラジオだ。ダイヤルを「押す」、もしくは「ボリュームを最低位置から右に回す」でスイッチオン、「もう一度押す」か「ボリューム最低位置まで左に回す」とスイッチオフ。筆者が勝手に命名した「回してポン」方式だ。
近年の音声コマンドやジェスチャーコマンド、そして「Apple CarPlay」「Android Auto」は、それ以上の操作性をアピールしている。
しかし欧州において実装しているのは高級車、もしくはポピュラーカーの上級仕様のみで、いまだマジョリティーとはいえない。
いっぽうでラジオ放送の技術も進化している。
イタリアでは周辺諸国と同様、デジタルラジオの運用が開始されて久しい。「DAB(Digital Audio Broadcast)」と呼ばれるそれは、今では進化版の「DAB+」に進化している。
丘陵地が多く、かつて取材したプロのオーディオ取り付け業者をして、「FM波の受信には最悪」と言わしめるわがトスカーナ州で、デジタルラジオは福音といえる。
できれば、すぐにでも愛車で楽しみたいところだ。
ただし、筆者のクルマは車齢13年で走行15万km。イタリアの多くのユーザーからすればまだまだいけるが、いつ大きなトラブルに見舞われて買い替えを迫られるか分からない。
ましてや、ダッシュボードには新車当時、円換算で40万円近くした2DIN型メーカー純正オーディオ&ナビがきれいに収まっている。
なんとか現状維持をしつつ、簡単操作で新しいことを楽しめないか、と考えるようになった。
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スマートフォン+ポータブルスピーカーという選択
そう考えていたところ、ワイヤレスホームオーディオで知られるSonos(ソノス)からポータブルスマートスピーカー「Roam(ローム)」を借用できたので試してみた。
ソノス・ロームのサイズは高さ168×横幅62×奥行き60mm。重量は500mlのペットボトルよりも軽い430gをアピールしている。日本では「Apple AirPlay2」や「Amazon Alexa」に対応。室内ではWi-Fiが、屋外ではBluetoothが使用可能である。アウトドア性能としては、IP67規格に準拠している。
空間を認識してサウンドを自動チューニングし、最適なリスニング環境とする「TruePlay」機能も売りだ。
日本では2021年9月30日に全国で一般販売が開始され、すでにさまざまなレビューがインターネット上で公開されているので、筆者は自動車生活の観点に絞って印象をつづりたい。
参考までにソノスでポータブルスピーカーと称する製品は、すでに「Move(ムーブ)」が2019年にリリースされている。ただしこちらは高さ240×横幅160×奥行き126mmで重さが3kgと、日本人の視点からすると明らかにアメリカンサイズであった。
そうした意味で今回のロームは、ポータブルスピーカーの本命といえる。
デザインも好ましい。ポータブルスピーカーというと、どこか荒々しいデザインだったり、ビビッドな色彩だったりすることが多い。それゆえこの手の商品のなかでは比較的落ち着いたデザインの――600g超ゆえにもっぱら家庭用であるが――BOSEの「Sound link mini」を愛用してきた。
そうしたなかロームのデザインはシンプルで、どのようなクルマと組み合わせても、インテリアのムードを壊さないだろう。かつてソノスのデザイン担当者に「貴社の製品デザインには、キャラクターが足りないようだが」と言ってしまったのを反省している。
ひとつの選択肢になるか
第698回で記したが、2021年3月の商品プレゼンテーションで筆者が最も印象に残ったのは、ロームをダッシュボード上に置いて楽しんでいる動画だった。
残念ながら、大平原のごとくフラットなダッシュボードを持つ米国製SUVとは違い、わが家の欧州製小型車にそうしたスペースはない。そもそも走行中に固定せずに使うのは、安全上好ましくない。
最終的に落ち着いた定位置はカップホルダーだ。ロームは縦にしても横にしても状態を検知し、リスナーの耳に向けて上方向に音を発する。
家庭内ではWi-Fi接続でロームに送られていたストリーミング放送や自分のスマートフォン内の音楽ファイルは、屋外へ移動するとシームレスにBluetooth接続に切り替わることになっている。だが実際には、途切れてしまう場合がままあることは記しておかなければならない。
いっぽう屋外でロームを通じて聴いていた音楽は、帰ったあとに自宅のソノスシステムスピーカーに引き継ぐには、近づけて再生・一時停止ボタンを長押しするだけでよい(「Sound Swap」機能と呼ぶ)。
ロームはモノラルスピーカーである(もう1台ロームを持っていると、自動的にステレオ再生に切り替わる)。普段家庭内で使っている同じソノス製のサウンドバー「Arc(アーク)」からすると、クラシック音楽におけるピアノのハンマーやフルートのキーのアクションといった繊細な表現はスポイルされる。
しかしやみくもに低音を強調したり、パーカッションの高音を必要以上にきらびやかに響かせたりする一部のポータブルオーディオとは異なり、大半のジャンルの音楽を素直かつ上品な音質で再現する。
筆者の場合は、『Tune In Radio』をはじめとするインターネットラジオを車内で聴いてみた。Bluetooth接続時にバーチャルアシスタントの音声認識が作動しないのは、ドライバーの立場からすると惜しい。
しかし走行中も大半の状況で、音楽やナレーションの明瞭さを維持している。製品発表時、筆者の質問に本社スタッフが認めたとおり、True Play機能は車内に持ち込んだ場合のことも想定されている。それがプラスに働いているのは確かだろう。
シリコンで覆われたボタンは、再生と一時停止、音量調節、スキップ、リプレイ、マイクオフの操作を4つのボタンに集約している。エンボスが付いているので、前述のようにドリンクホルダーに立てて運転したときにも操作しやすい。できれば次世代モデルでボタンに照明が付加されれば、夜間に助かると思う。
結論としてロームは、高級オーディオやコネクテッドシステムが搭載された車両に乗っている人にとってはmustな商品ではない。
しかし頻繁に複数の車両を乗り換えるような人にとっては、いつでも同じ操作で音楽を楽しめることからひとつの選択肢になるであろう。
また筆者のようにケーブル接続が面倒になり、いつしかスマートフォンからじかにストリーミング放送を聴いているような人には、スマートフォンの内蔵スピーカーに限界があることを、いやがうえにも知る機会となる。
レジェンドをうならせたラジオ
自動車内のオーディオについて記すうち、筆者のなかで忘れられない、究極の利便性を備えたボタンを思い出した。
それは、6代目「トヨタ・マークII」(1988年)に装備されていた「交通情報」ボタンだ。押すと1620kHzの『ハイウェイラジオ』がすぐ立ち上がるようになっていた。
漢字表示のボタンは“ハイソカー”のダッシュボードではかなり異質であった。しかし使ってみると、他のあらゆる装備より便利だった。おかげでイタリア在住25年が経過した今日でも、そのボタンを押すたびに聴いた「日本道路公団ハイウェイラジオ♪」というジングルが脳裏によみがえる。
しかし、それを筆者よりも先に評価した人がいた。
当時勤務していた雑誌編集部で上司だった『カーグラフィック』の初代編集長、小林彰太郎氏だ。彼はマークIIという車両の評価とは別に、「あの交通情報と書かれたボタンはいい」と、筆者に繰り返し絶賛した。それは「アルファ・ロメオ164」のセンターコンソールにピアノ鍵盤のごとく並んだ、一見スタイリッシュだが極めて使いにくいエアコン操作スイッチを酷評していたのとは対照的だった。
高レベルの自動運転が実現するまで、まだまだオーディオの操作は運転の片手間に行う必要がある。そうしたなか、触感だけでは操作が難しく目視を伴うタッチパネルは、決して最適解とはいえない。
残念ながら交通情報ボタンは今日、トヨタの最高級車「センチュリー」の室内写真を見ても見当たらない(ショーファーカーではあるが)。「回してポン」同様、個人的には復活を願ってやまない装備である。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ、トヨタ自動車、フェラーリ/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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