ルノー・カングー リミテッド ディーゼルMT(FF/6MT)
さよならするのはつらいけど 2021.11.13 試乗記 フランス人もビックリするほど、日本で愛されているフランス車「ルノー・カングー」。商用バンを出自とする丸くてシカクいこのクルマの、どこに私たちは心ひかれるのだろう? 現行型の最後の限定モデルをロングツーリングに連れ出し、その魅力について考えてみた。“乗り物”という枠を超えた存在
来る2022年、カングーは日本における正規輸入販売開始から20年の節目を迎える。その上陸総数は約3万台におよび、2009年秋に発売された現行の2代目が、そのうちの2万台余を占める。モデル末期のここ数年でも年間2000台以上が確実に売れるという、驚きの存在感を示してきた。
単に売れているというだけの話ではない。コロナ禍により今年(2021年)も11月23日にオンライン開催される運びとなったファンイベント「カングージャンボリー」だが、最後のリアル開催となった2019年には、参加車両が1700台余に達したという。実際は「メガーヌ」や「キャプチャー」も参加できるルノー縛りの催しではあるものの、日本最大級の自動車ミーティングの大半を占めるのがそれとあらば、カングーはもはや乗り物に収まらず、文化的な媒体と言っても過言ではなさそうだ。
そんなカングーも、本国では既に3代目が発表されている。順当にいけば来年には、既述の通り正規輸入開始から20周年を迎える日本にも導入されることだろう。他のルノー銘柄に準じたエクステリアデザインやさらなる大型化が、日本でどのように評価されるかはわからない。
が、個人的には「ご立派になりすぎちゃって、いい意味での隙のようなものがなくなっちゃったなぁ」と感じている。商用出自ゆえの至らなさをおのおのの工夫で補ったりセンスで装ったりしながら乗る。そんな楽しさを施す余地が、写真で見る限り、新型にはあんまり見いだせない。
まぁ、いちクルマ好きのいちゃもんはこの辺にしておいて、今回のお題は日本の輸入車史に間違いなく名を残すであろう、2代目カングーのラストモデルだ。ディーゼル+6段MTという好事家が小躍りしそうな組み合わせで登場したそれは、限定の400台が瞬殺。中古車市場ではプレミアムが乗っかった400万円超の値札を下げた物件まで見かけるなど、最後らしい盛り上がりを見せている。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
どこまでだって行ける
取材車のボディーカラーは、カタログモデルにはない「グリ・アーバン」。いわゆるスレートグレー的な色味で、前後のバンパー部は無塗装、スチールホイールはハブナットまでブラックアウトされている。ともあれ地味だ。SUVならともかく、カングーだとこれをシックに乗りこなすハードルはむしろ高そうである。
座っても目の前に広がる光景は一面真っ黒で、ソフトパッドなどカケラも見当たらない。空調の吹き出し口やドアノブに施された銀色のお化粧がいじましく見える。余計な加飾に気を配るより、雑巾でゴシゴシ拭き掃除できることのほうが喜ばれる、商用車上がりらしいディテールだ。同時に、ダストやら花粉やらに加えてウイルスにも気を使う昨今、世のお母さんたちには、かえってこういう仕上げのほうが喜ばれるのではないかという気もする。
とはいえ、競艇場のオッさんのような色味の布シートくらいはカバーを掛けるとかひと工夫を加えたくなるわけだが、そのシート自体の掛け心地が絶品であるからタチが悪い。ふんわりと体を包み込み、ひたっとフィットするこの感触が、余計なことをするとそがれてしまうのではと心配になってしまう。
ドライビングポジションやペダルレイアウトも素直にまとめられたうえで、シートもこの出来栄えだから、カングーは長距離を走ることを苦に思わせない。今回は700km余の日帰りドライブも経験したが、2~3時間の連続走行でもフィジカル的な疲れは全く感じなかった。ただし、後席は着座高こそ適切なものの、バックレストが短くヘッドレストの位置も体にフィットせずで、3座のどこに陣取っても長時間の乗車はあまり快適ではない。もちろん、出自や用途を思えばこれは難癖ではあるものの、ハンドルを握ると何時間でも運転してしまいそうなだけに、後席に座る家族やゲストへの配慮は忘れないようにしておきたい。
クルマ全体を包む円熟した魅力
最高出力116PS、最大トルク260N・mを発生する1.5リッターディーゼルユニットは、フィーリングにおいて特別なうまみがあるわけではない。アイドリングではいかにもディーゼル的なインジェクターノイズも耳につくし、回転フィールにもザラみがあり、極低回転域のトルクはやや薄めで、そして高回転域ももうひと声伸びが欲しいところだ。総じての印象は中庸で、静粛性や回転の滑らかさなどは「シトロエン・ベルランゴ」などが搭載するステランティスの1.5リッターディーゼルに劣るというところだろうか。
でも、トランスミッションとクラッチの扱いやすさや、それに合わせ込まれたスロットルの適性などが、このクルマにバシッと筋を通しているのも確かだ。高荷重対応でギア比が低すぎるというようなクセめいたものもなく、いち乗用車として見ても、走り始めから手になじむ。シフトダウンの回転合わせも苦にならず、思うがままに速度を調整できる。
今回は、上限120km/hの新東名を走ることで、欧州の速度域に近いところでのドライバビリティーも確認することができたが、真っすぐ走ればフラットなライド感に、ちょっと曲がれば予想どおりのロール感や濃密な接地感に、案の定、しみじみと感心させられた。車体の高剛性化により高負荷でもサスを設計どおりに動かし……という“お決まり”のフレーズが当てはまらない、ハコの緩さやゴムものの柔らかさや、タイヤの縦バネや……とクルマのなにもかもをひっくるめての全体最適的な円熟味は、やはりカングーの魅力の核心だと思う。
また、100~120km/hでのエンジン回転数が1800~2200rpmときっちりトルクバンドに入っていることもあって、高速巡航時はシフト操作を頻用する必要もなく、いかにも空気抵抗の大きそうな車体も苦にならない。燃費のよさも相まって、長距離性能はガソリンモデルとは一線を画するところにある。
最後の最後にやってきたかと思えば、あっという間に去っていった2代目カングーの大本命。この感動が限られた数しかもたらされなかったのは残念だが、同じような味わいを3代目が抱えてきてくれることに期待しようと思う。クルマは見た目じゃわからないわけで。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
テスト車のデータ
ルノー・カングー リミテッド ディーゼルMT
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4280×1830×1810mm
ホイールベース:2700mm
車重:1520kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直4 SOHC 8バルブ ディーゼル ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:116PS(85kW)/3750rpm
最大トルク:260N・m(26.5kgf・m)/2000rpm
タイヤ:(前)195/65R15 95T/(後)195/65R15 95T(ミシュラン・エナジーセイバープラス)
燃費:19.0km/リッター(WLTCモード)
価格:282万円/テスト車=312万6795円
オプション装備:2DIN型カーナビゲーション<MT車用>(24万0900円)/ETC2.0ユニット(2万4200円)/マルチルーフレール(4万1695円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:4986km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(7)/山岳路(0)
テスト距離:893.1km
使用燃料:55.0リッター(軽油)
参考燃費:16.2km/リッター(満タン法)/17.5km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
-
スズキ・エブリイJリミテッド(MR/CVT)【試乗記】 2025.10.18 「スズキ・エブリイ」にアウトドアテイストをグッと高めた特別仕様車「Jリミテッド」が登場。ボディーカラーとデカールで“フツーの軽バン”ではないことは伝わると思うが、果たしてその内部はどうなっているのだろうか。400km余りをドライブした印象をお届けする。
-
ホンダN-ONE e:L(FWD)【試乗記】 2025.10.17 「N-VAN e:」に続き登場したホンダのフル電動軽自動車「N-ONE e:」。ガソリン車の「N-ONE」をベースにしつつも電気自動車ならではのクリーンなイメージを強調した内外装や、ライバルをしのぐ295kmの一充電走行距離が特徴だ。その走りやいかに。
-
スバル・ソルテラET-HS プロトタイプ(4WD)/ソルテラET-SS プロトタイプ(FWD)【試乗記】 2025.10.15 スバルとトヨタの協業によって生まれた電気自動車「ソルテラ」と「bZ4X」が、デビューから3年を機に大幅改良。スバル版であるソルテラに試乗し、パワーにドライバビリティー、快適性……と、全方位的に進化したという走りを確かめた。
-
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】 2025.10.14 2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。
-
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】 2025.10.13 BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。
-
NEW
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。 -
NEW
トヨタ車はすべて“この顔”に!? 新定番「ハンマーヘッドデザイン」を考える
2025.10.20デイリーコラム“ハンマーヘッド”と呼ばれる特徴的なフロントデザインのトヨタ車が増えている。どうしてこのカタチが選ばれたのか? いずれはトヨタの全車種がこの顔になってしまうのか? 衝撃を受けた識者が、新たな定番デザインについて語る! -
NEW
BMW 525LiエクスクルーシブMスポーツ(FR/8AT)【試乗記】
2025.10.20試乗記「BMW 525LiエクスクルーシブMスポーツ」と聞いて「ほほう」と思われた方はかなりのカーマニアに違いない。その正体は「5シリーズ セダン」のロングホイールベースモデル。ニッチなこと極まりない商品なのだ。期待と不安の両方を胸にドライブした。 -
MINIジョンクーパーワークス コンバーチブル(前編)
2025.10.19思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が「MINIジョンクーパーワークス コンバーチブル」に試乗。小さなボディーにハイパワーエンジンを押し込み、オープンエアドライブも可能というクルマ好きのツボを押さえたぜいたくなモデルだ。箱根の山道での印象を聞いた。 -
スズキ・エブリイJリミテッド(MR/CVT)【試乗記】
2025.10.18試乗記「スズキ・エブリイ」にアウトドアテイストをグッと高めた特別仕様車「Jリミテッド」が登場。ボディーカラーとデカールで“フツーの軽バン”ではないことは伝わると思うが、果たしてその内部はどうなっているのだろうか。400km余りをドライブした印象をお届けする。 -
ホンダN-ONE e:L(FWD)【試乗記】
2025.10.17試乗記「N-VAN e:」に続き登場したホンダのフル電動軽自動車「N-ONE e:」。ガソリン車の「N-ONE」をベースにしつつも電気自動車ならではのクリーンなイメージを強調した内外装や、ライバルをしのぐ295kmの一充電走行距離が特徴だ。その走りやいかに。