第670回:嘘か誠か? 自動車史に残るレジェンドたちの名言・金言・エピソード5選
2021.12.27 エディターから一言 拡大 |
自らの自動車メーカーを興す、あるいはブランドの経営権を買収するような一角の人物であれば、その残した言葉や行動に特別な意味が込められていることも少なくない。今回は、自動車の歴史をつくってきたレジェンドたちが残したエピソードとともに名言・金言を5つ紹介する。
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「われわれが完璧でないクルマをつくろうとしても不可能である。なぜなら工場の門番が、それを表に出すことを許さないからだ」
──ヘンリー・ロイス──
1906年、チャールズ・スチュワート・ロールスとともにロールス・ロイスを設立。世界最高級自動車ブランドに育て上げたフレデリック・ヘンリー・ロイス卿は、貧しい苦学生から自らの力ひとつで立身出世を果たした技術者であるとともに、至言の宝庫ともいうべき哲人だったようだ。
ロイスは「正しくなされしもの、ささやかなれどもすべて尊し(Qvidvis recte factvm qvamvis hvmile praeclarvm)」、そして「その価格は忘れ去られても、品質は残る」と語ったとされる。いずれも、同社の企業哲学を示したあまりにも有名な言葉である。
そんなロイスのフィロソフィーは、彼に心酔する部下たちにも浸透。「われわれが完璧でないクルマをつくろうとしても不可能である。なぜなら工場の門番が、それを表に出すことを許さないからだ」という彼の言葉は、その事実を端的に示す一例だろう。
そしてロイスは1933年に逝去するが、その後も彼の後継者たちがつくるロールス・ロイス車は、英国王室をはじめとする世界各国の王族や国家元首、貴族たちが重用するものとなる一方、アメリカなどでは企業家や映画スターたちからも愛され、現在も世界の道を走り続けている。
「街でアルファ・ロメオを見かけたら、帽子を取ってあいさつせずにはいられない」
──ヘンリー・フォード──
20世紀の黎明(れいめい)期から「モデルT(T型フォード)」を世界各国で1500万台以上も量産。自動車という乗り物を大衆に初めて普及させた最大の功労者であるヘンリー・フォードは、かつて「街でアルファ・ロメオを見かけたら、帽子を取ってあいさつせずにはいられない」という名言を残したとされている。
自動車が、天才的エンジニアたちによる英知の集合体だった、第2次世界大戦前のベル・エポック時代、アルファ・ロメオは現在のフェラーリに相当する、レーシングカーおよび高級スーパースポーツ/ツーリングカー専門のコンストラクターだった。
鬼才ヴィットリオ・ヤーノが車両開発からレースチームの監督まで一手に引き受けていた時代のアルファ・ロメオは、スピードと強さ、そして美のシンボルとして世界の頂点に君臨。自動車を愛好するすべての人にとって特別な存在であり、畏敬と憧憬(しょうけい)の念を覚えずにはいられないブランドであったのだろう。
そんなアルファ・ロメオの出身者たちによって創立され戦前アルファの精神を継承したフェラーリと、自分の孫であるヘンリー・フォードII世が、1960年代のサーキットを舞台に“全面戦争”を巻き起こしたのは、また別のストーリー。だが、すでに鬼籍に入っていたヘンリーは、草葉の陰できっと複雑な思いを巡らせていたに違いあるまい。
「私は母を殺してしまった」
──エンツォ・フェラーリ──
1929年にアルファ・ロメオのサテライトチームとして「スクーデリア・フェラーリ」を設立。国営企業となったアルファ・ロメオのモータースポーツ活動を支えてきたエンツォ・フェラーリだが、1930年代後半になると、時のファシスト政権との確執もあって、アルファ・ロメオと決別することになった。
そして第2次大戦後、1947年に自らのブランドとして創業したフェラーリは、翌1948年ごろから少しずつ復活し始めたグランプリレースに参戦。宿敵であるアルファ・ロメオが生んだ絶対王者「アルフェッタ」こと「158」も手がけた、ジョアッキーノ・コロンボ技師の設計による1.5リッターV12スーパーチャージャーを搭載した「125 F1」で挑んだ。しかし、そこでさしたる戦果は挙げられなかった。
ならばと、コロンボ技師に代わってフェラーリの主任設計者となったアウレリオ・ランプレーディ博士は、1気筒あたりの排気量を大きめにするという考え方を採り入れ、新たに自然吸気のV12エンジンを1950年から正式発足したFIA-F1グランプリのために開発。
最終型の4.5リッター「375 F1」は、1951年シーズンの終盤戦イギリスGPでようやくアルフェッタを打ち破り、エンツォ・フェラーリをして「私は母(アルファ・ロメオのこと)を殺してしまった」という名文句を生み出したのだ。
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「フェラーリを超えるクルマを自分でつくってやる」
──フェルッチオ・ランボルギーニ──
第2次大戦終結の直後から、軍払い下げの資材を利用した農業用トラクターで財を成したフェルッチオ・ランボルギーニは、一代で成功したイタリア人実業家の例に漏れず、数多くの愛車の筆頭として「フェラーリ250GT」を手に入れる。
ところがフェルッチオは、同乗した女性のマスカラが室内に漏れた熱で流れ落ちてしまうようなクオリティーや、自分の会社で生産するトラクターと同じボーグ&ベック社製クラッチに、10倍ものプライスをつけるようなアフターサービスにも不満を抱く。そこで品質向上に向けたアドバイスのつもりで、エンツォ・フェラーリに手紙をしたためた。
しかし、マラネッロの帝王の対応はにべもないもの。それに激怒したフェルッチオは、「フェラーリを超えるクルマを自分でつくってやる」という激情からアウトモビリ・ランボルギーニ社を設立した……。それが、ちまたで語られているストーリーである。
ただし、その後にフェルッチオがとった行為は、伝説のなかで語られるような彼自身のプライドと怒りの発露だけによるものではなく、一流ビジネスマンとしての賢明な判断のもと、高級グラントゥーリズモにビジネスチャンスを見いだしていたことも重要な要素だったに違いない。
蛇足ながら、当時のエンツォ翁が怒らせた大物顧客はフェルッチオ・ランボルギーニに限らなかったようで、実はこれと似たようなストーリーは当時の同業者“イソ・リヴォルタ”の創始者、レンツォ・リヴォルタとの間にも存在する……ともいわれているようだ。
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「うちのお客さんのほとんどは、原価よりも安い値段で買われていますよ」
──デイヴィッド・ブラウン──
第2次世界大戦をはさんだ時期に、トラクターやギアボックスを製造するコングロマリットの社主として成功を収めていたデイヴィッド・ブラウン卿は、1946年末にアストンマーティン社を買収。続いてW.O.ベントレーを擁していたラゴンダ社も傘下に収め、アストンマーティン・ラゴンダ社を創業した。一時は破綻の危機にひんしていた名門アストンマーティンとラゴンダを救ったばかりか、世界でも最上級の高級スポーツカーメーカーに育て上げたのだ。
そんなデイヴィッド・ブラウン卿については、1960年代にハリウッドスターのクラーク・ゲーブルが彼の工場を見学した際の逸話が残っている。
ゲーブルはアストンマーティンに魅せられ、自身も1台入手したいと希望。そこで、世界的スターである自分が所有していることによって得られるPR効果を理由として、「アストンマーティンの市販モデルを原価で販売してほしい」とブラウン卿にオファーしたという。
すると、ブラウン卿は満面に笑みをたたえ「それはありがとうございます、ミスター・ゲーブル。でも、わが社のお客さんのほとんどは、原価より2000ポンドも安い値段で買われていますよ」と、答えた。
おそらくは双方ともにジョーク交じりだったと思われるこの会話だが、デイヴィッド・ブラウン時代のアストンマーティンが採算度外視の品質至上主義だったのは事実。それが後に、アストンマーティン・ラゴンダ社を窮地に陥れることになるのだ。
※エピソードや語ったとされる言葉には諸説あります。
(文=武田公実/写真=ロールス・ロイス・モーター・カーズ、フォード、フェラーリ、アウトモビリ・ランボルギーニ、アストンマーティン・ラゴンダ/編集=櫻井健一)
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武田 公実
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