マクラーレン765LTスパイダー(MR/7AT)
サーキットに本領あり 2022.01.08 試乗記 マクラーレンのハードコアモデルを示す「LT」=ロングテールの名を冠した「765LTスパイダー」。“出力向上+軽量化+空力リファイン”という、レーシングマシンと同じ手法で高性能化が図られたオープンスポーツの走りやいかに。高度な空力設計がうかがえる
「マクラーレンF1」をベースとしたレーシングモデル「GTR」の空力特性を改善するため、車体前後端を延長したロングテール仕様が登場したのは1997年のこと。その年のルマンでの総合2位という戦績を最後に、封印されていた名称が「LT」として市販車にあてがわれたのは2015年のことだ。
そのモデル「675LT」は、「650S」をベースにサーキット走行を強く意識したキャラクターが与えられていた。そこに用いられたのは軽量化・高出力化・シャシー強化と至って正道的で、ロングテールの名から想像するほど伸ばされた感のないテールまわりも含めて、空力特性の最適化も大きなテーマのひとつだった。
その後、「570S」をベースとした「600LT」も同様の手法でつくられるなど、LTシリーズは各商品群の世代を締めくくる位置づけも担わされたようにうかがえる。であれば、この765LTは「720S」世代の終焉(しゅうえん)を意味するモデルとなるのだろうか。と、そんな邪推はさておき、765LTの詳細を追ってみよう。
試乗に用意されたモデルは765LTスパイダー、つまりオープン仕様となる。先に発売された「クーペ」は765台の限定数をすでに売り切っているが、スパイダーも同様に765台の限定となり、左サイドシルのシリアルプレートには通し番号が振られる。ちなみにこの個体はマクラーレン本体のデモカーゆえ番号は000、つまり限定数にはカウントされていない。
765LTはロングテールの名を持つも、実は延伸量はスプリッターなどがリデザインされたノーズの側が大きく、テール側はアクティブリアウイングが9mm延びているのみだ。それでもダウンフォース量は720Sと比べて25%も向上しているというから、サイドスカートやリアスプリッターなどの付加物や後端のメッシュパネルなど、空気を整え抜く側のマネジメントが、いかに車体安定に寄与しているかが伝わってくる。330km/hの最高速をうたうサーキット走行前提車両としては外観の印象がすっきりしているあたりからも、その空力設計の高度さがうかがえるだろう。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
「セナ」の開発で得られた知見を投入
軽量化についてはボディーパネルのカーボン置換による20kgのマイナスを筆頭に、チタン製エキゾーストシステムやウインドスクリーンの薄板化、F1由来のニッケルクロム鋼を採用したファイナルピニオン&クランクギア、リチウムイオンバッテリーの採用、タイヤ&ホイールやシャシーの核たるカーボンの「モノケージII-S」本体にも減量は及び、「720Sスパイダー」に対して80kgの軽量化を果たしている。ちなみに日本の車検証上の重量は装備等での差異はあるものの、クーペが1350kg、スパイダーが1400kg。同じ指標のライバルたちに比べると歴然と軽い。
搭載されるエンジンは4リッターV8ツインターボのM840T型。鍛造ピストンの採用やバルブまわりのカーボンコート化、燃料、潤滑系の性能向上やECUのリプログラミングを経て最高出力765PS、最大トルク800N・mを発生する。言うまでもなく、2018年に発表されたマクラーレンのアルティメットモデル「セナ」のノウハウが注ぎ込まれていることは想像に難くない。組み合わされるトランスミッションは7段DCTとなる。
サスペンションはメインとヘルパーのデュアルスプリング構造となり、1.5kgの軽量化を達成。「プロアクティブシャシーコントロール2」の設定もソフトとハードの両面から見直しを受け、ここでもセナの開発で得られた知見が投入されている。車高は720Sに対して前軸側で5mm低く、前トレッドは6mm拡大している。
タイヤはセナと同じく専用設計の「ピレリPゼロ トロフェオR」を装着。ブレーキもセナと同じキャリパーを用いたシステムとなっている。さらにセナと同じ大径カーボンセラミックディスクと専用ブレーキパッドの組み合わせからなるサーキット走行前提のアップグレードパッケージを選択することも可能だ。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
高回転域はライバルとも一線を画す
エンジン始動とともにキャビンで感じる振動からして、伝わりくるただならなさ。765LTスパイダーのスパルタンさは予想の上をいくものだった。日常的な速度域では舗装の粗目が微震としてキャビンに伝わり、路面のささいな凹凸も容赦なく体を揺さぶる。引き締められたスプリングのレートは実感するも、微小入力はダンパーがよく吸収していた675LTや600LTに対すれば、その硬さは明らかに異質だ。もっとも、理由の筆頭に挙げられるのはSタイヤ級に相当するPゼロ トロフェオRの弾性で、これを「Pゼロ コルサ」あたりに替えることで快適性は目に見えて改善されるだろう。
とはいえ、摺動(しゅうどう)部がことごとくタイトに締められていることも確かだ。回転上昇や変速時のリアクションからは、エンジンやドライブトレインのマウントの引き締まりっぷりを実感させられる。ロードノイズやメカノイズ、風切り音……と、侵入音の類いの大きさを鑑みれば、クルージング時の快適性にも音抜けのいいオープンモデルの利はあるのかもしれない。
0-100km/h加速2.8秒、最高速330km/hはクーペと同じ。0-200km/h加速がクーペに対してわずかに劣る7.2秒と、ほぼ同等の動力性能を備える765LTスパイダー。火勢もさることながら軽量化も効いているのだろう、その速さは発表値から想像するものを上回り、ちょっと経験したことのない猛烈なものだった。
とりわけ5500rpmあたりから向こう、高回転域でのパワーの乗りと伸びは、720Sはもとより同級のライバルとも一線を画する息をのむものだ。パワーを上方に盛ったぶん、痩せたであろう低回転域のトルクは車重の軽さで相殺されている印象で、その域でももっさりした印象はない。さらにバンカラな4本出し形状から奏でられるエキゾーストノートの整いぶりも今までのマクラーレンとは一味違うところで、このクルマの空恐ろしい速さに、あろうことか華やぎを添えている。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
マクラーレン流のアンダーステートメント
ただし、ここでもネックとなるのはタイヤの特性だ。加速時は上り坂だというのに3速でもホイールスピンを誘発。公道レベルでは熱入れもままならないことを思い知る。もちろんドライブモードを過激化することなど、然(しか)るべき場所以外では考えるべきではない。
それでもコーナリングではペタンと路面に張り付くように車体が安定しているのは、多分に空力効果によるところだろうか。各部が引き締められたことで高められたゲインの立ち上がり、それに合わせて温度変化を抑えた、剛質感の高いブレーキのフィーリングとインターフェイスは、隅々までダイレクト感が高められている。720Sより20%面積が大きく、作動時は60mmハイマウント化されるアクティブリアウイングは制動時にエアブレーキとしても作動するが、そのおかげもあってだろう、制動姿勢も安心感が高い。
リアウイングがせわしなく仰角を変えて仕事をしているところをミラー越しに眺めながら思ったのは、このクルマはやはりサーキットにこそ本領があり、公道を走れることや屋根が開いたりすることは余技・余興だということだ。
前述したとおり、タイヤを替えればクルマの雰囲気はかなり変わるという確信はあるも、想像以上に強烈だった動力性能を躊躇(ちゅうちょ)なく担わせられるのはやはりトロフェオRかという思いもある。765LTのキャラクターは、単純に720Sとセナの間に立つものというよりは、間違いなくセナの側にほど近い。そんな性能を大仰なエアロ巻きでしつけようというのではなく、限りなく720Sに近い側でサラッと受け流すというのが現代版LTの矜持(きょうじ)、マクラーレン流のアンダーステートメントということだろうか。
(文=渡辺敏史/写真=花村英典/編集=櫻井健一/取材協力=河口湖ステラシアター)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テスト車のデータ
マクラーレン765LTスパイダー
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4600×1930×1193mm
ホイールベース:2670mm
車重:1388kg(DIN)
駆動方式:MR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:765PS(563kW)/7500rpm
最大トルク:800N・m(81.6kgf・m)/5500rpm
タイヤ:(前)245/35ZR19 93Y/(後)305/30ZR20 103Y(ピレリPゼロ トロフェオR)
燃費:12.3リッター/100km(約8.1km/リッター 欧州複合モード)
価格:4950万円/テスト車=--円
オプション装備:カーボンファイバーエクステリアアップデートPack3/リアエアロブリッジ<MSOディファインドCF>/エクステリアエリートペイント<アンビットブルー>/エレクトロクロミックルーフ/MSOボディーカラーカーボンファイバーフード/フロントナンバープレートプリンス<CFグロス>/バイマクラーレンインテリア<ブラック&ミッドナイトブルーアルカンターラ>/アッパートリム<MSOディファインドカーボンファイバー>/セカンダリーインテリアコンポーネンツ<CF>/フェイシアベント<MSOディファインドCF>/10スポークスーパーライトウェイトホイール/360°パークアシスト/カーカバー/バッテリーチャージャー<リチウムイオン>
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:2238km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:269.4km
使用燃料:41.5リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.8km/リッター(満タン法)/7.4km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
-
アウディQ3スポーツバックTFSIクワトロ150kWアドバンスト(4WD)【試乗記】 2026.8.31 フルモデルチェンジした「アウディQ3スポーツバック」に試乗。プラットフォームやパワートレインこそ従来型の改良版ではあるものの、内外装のデザインやインフォテインメント、効率性のすべてにおいて大幅な進化を遂げたという。その仕上がりやいかに。
-
トヨタbZ4XツーリングZ(4WD)【試乗記】 2026.8.29 「トヨタbZ4X」にワゴンのようなロングボディーを持つ「ツーリング」が登場。ただ長くなっただけではなく、今回試した4WDモデルではパワーもアップ。乗り味にも微妙な影響を及ぼしているから見逃せない。経路充電を試しつつ、370km余りをドライブした。
-
BMW 120オリジナル(FF/7AT)【試乗記】 2026.8.25 BMWの主要モデルに新グレードの「オリジナル」が設定された。位置づけとしては新たなエントリーグレードということになるが、BMWらしさを損なうことなく装備を厳選し、価格を抑えたのがポイントだという。「1シリーズ」の「120オリジナル」の仕上がりをリポートする。
-
トライアンフ・スラクストン400(6MT)【レビュー】 2026.8.25 カフェレーサーの本場である、イギリスのトライアンフがリリースした「スラクストン400」。車名のとおり、カジュアルに楽しめる400ccクラスのマシンではあるのだが、その実物からは、エントリーモデルとは思えない本物の香りが漂っていた。
-
スズキeスカイ プロトタイプ(FWD)【試乗記】 2026.8.24 スズキが満を持して世に問う、軽規格の新型電気自動車「eスカイ」。軽乗用車の本質である、生活の足としてのちょうどよい性能を追求したという一台は、どのようなクルマに仕上がっているのか? 2026年秋の正式発表を前に、プロトタイプモデルに試乗した。
-
NEW
第127回:新型BMW X5(後編) ―迷走するBMW 結局アナタは“ノイエクラッセ”でなにがしたかったの?―
2026.9.2カーデザイン曼荼羅その姿が明らかとなるや、賛否両論を巻き起こしている新型「BMW X5」。このクルマは既存のBMW製SUVとはなにがちがうのか? そもそもBMWは“ノイエクラッセ・デザイン”になにを託していたのか? カーデザインの識者と、迷走するBMWの明日を探った。 -
NEW
BMW X1 sDrive20iオリジナル(FF/7AT)【試乗記】
2026.9.2試乗記BMWのコンパクトSUV「X1」に新グレードの「オリジナル」が登場。走りの楽しさをはじめとしたBMWらしさをキープしつつ、装備の厳選によって価格抑制を図った新たなエントリーグレードだ。都市部におけるドライバビリティーとユーザービリティーをリポートする。 -
スポーツカーに未来はあるか?
2026.9.1あの多田哲哉のクルマQ&A年々、開発環境が厳しくなるといわれるスポーツカーは、この先も存在しうるのか? トヨタのエンジニアとしてさまざまなスポーツカーを開発してきた多田哲哉さんに“未来のスポーツカー像”を聞いた。 -
トヨタGRヤリスRZ“ハイパフォーマンス”+エアロパフォーマンスパッケージ【試乗記】
2026.9.1試乗記2020年のデビュー以来、間断なく進化を続けてきたコンパクトスポーツの「トヨタGRヤリス」。一般ユーザーの間ではもちろん、コンペティションの世界でもチューニングのかいわいでも光を放つ一台は、2026年モデルでどう進化したのか? その走りを報告する。 -
“自然を連想する車名”の名車特集
2026.9.1日刊!名車列伝暑さが和らぐ一方で、台風シーズンとも呼ばれる9月。その風をはじめ、星座、景観など自然を連想させる名前が与えられた、世界の名車を日替わりで紹介します。 -
興味があるのはたったの3割!? 自動車業界を揺るがすSDVやAIって本当に必要なの?
2026.8.31デイリーコラム自動車も、スマホのように機能がアップデートできるようになる! ……ということで注目されるソフトウエアディファインドビークル(SDV)だが、日本のユーザーの多くが「いらない」と思っていることが判明! 急速に進むデジタル技術の、必要性について考えた。

















































