アウディe-tron GTクワトロ(4WD)
電気クワトロ新境地 2022.01.15 試乗記 総出力500PSオーバーという高性能を誇る、アウディのフラッグシップBEV「e-tron GTクワトロ」。では、日常の相棒として優れた一台といえるのか? 電費や使い勝手を含め、試乗した印象を報告する。ポルシェのアレのアウディ版
アウディの純EV(BEV)のフラッグシップがe-tron GTクワトロ(1399万円)である。この上にさらに高性能な“RS”もあるから、こちらは「S3」とか「S4」に相当する“S”グレードということか。といっても、これだってかるく390kW(530PS)の最高出力を発生する前後2モーターのハイパー電気四駆である。
0-100km/h=4.1秒というスーパーカー級動力性能を支える駆動用バッテリーの容量は、現行BEV最大級の93.4kWh。200VのAC普通充電とCHAdeMOのDC急速充電に対応し、カタログでは一充電走行距離534km(WLTCモード)を謳う。
e-tron GTシリーズはプラットフォームや基本パワートレインを「ポルシェ・タイカン」と共用する。もともとフォルクスワーゲン&アウディとポルシェは姻戚関係にあるようなものだが、エンジンをつくらなくなれば、今後ますますこうしたコラボは増えていくだろう。
フロントフードの下は“モータールーム”という名の空間だが、開けてもモーターは見えない。そのかわり、ラゲッジスペースやウィンドウウオッシャータンク、機械式ブレーキのリザーブタンクがあり、三角表示板などの緊急キットも収納されている。小さな工具ケースには「PORSCHE」とレタリングされていた。
このクルマは国内でもすでに受注が始まり、メディアにも登場している。しかし、半導体不足などの影響もあって、本格的なデリバリーが始まるのは2022年秋以降だという。使用上の基本プラットフォームともいえる充電インフラが発展途上なのだから、とくにハイパーBEVの場合、アセって買う必要はないと思う。
BEVビギナーでも困りはしない
東京・尾山台で試乗車を借り受けたとき、バッテリーは90%台後半のほぼ満充電だった。だが、直近の走行履歴から算出される航続距離は340kmだった。カタログ値(534km)の6.5掛け。ヒーターを使う冬場だと、こんなものだろうか。
その後、高速道路6、一般道4の割合でまず180km走ると、残量は46%になり、残り航続距離163kmを示した。実際の走行距離と航続距離の引き算にもっと隔たりの大きいBEVもあるが、このクルマの場合、今回の航続距離表示はかなり正確で、信頼に足ると感じた。
アウディ製BEVの広告塔だから、走る性能は目覚ましい。アウディの製品らしく、ユーザーフレンドリーで、同じBEVでもテスラのようにまずコックピットドリルを受けなければ手も足も出ない、というようなクルマではない。ATセレクターにあたるフロアパネルの前後進切り替えスイッチは内燃機関アウディにはない装備だが、この手のものとしては最もシンプルで使いやすい。
サイドビューはハッチバックにも見えるが、独立したトランクを持つ4ドアクーペ風セダンである。後席背もたれを倒せば、トランクは室内とつながる。前後席とも、キャビンの広さに不満はない。フロア下に大容量のリチウムイオン電池や2基のモーターが潜んでいるとは思えない。ざっと長さ5m、幅2mのフルサイズセダンなのだから、あたりまえか。
スポーツ感に不足なし
車重は2290kg。数あるアウディクワトロのなかでも、乗り心地はズシリと重厚だ。“スポーツ”を意識させる演出なのか、ハンドルやペダル類の操作力にもスポーティーな重さを持たせてある。
路上専有面積3坪のハイパーBEVセダンは粛々と走る、と言いたいが、フツーに街なかを流していても、意外や音はする。「e-tronスポーツサウンド」という人工音だ。1種類ではないが、旅客機のジェットエンジンの軽いハミングみたいな音がメインだった。
「コンフォート」「エフィシェンシー」「ダイナミック」いずれのドライブモードでも、右足を踏み込めば大トルクで加速する。リアモーターには高低2段の変速機が備わり、ダイナミックモードではローギアに入る。それでドラッグスタートなどをきろうものなら、ドンッ! という加速感が首にくる。垂直にトルクカーブが立ち上がるような力が、四輪駆動でもれなく路面に伝わる。電気クワトロの新境地だろう。
ただ、停車中でも走行中でも、この変速機がギアチェンジするときに、その作動音なのか、ゴクンという音と軽いショックが後ろから伝わるのが気になった。人工的な演出ではないと思う。
ステアリングホイールの左右にはシフトパドルがある。これは回生ブレーキの強弱を段階的にコントロールする。でも、それほど強い制動感は発生しない。そんなところもエンジン車からの乗り換えユーザーに違和感を与えない配慮だろうか。
走りに見合った大食漢
今回、筆者がこのクルマのハンドルを握ったのは約240km。その間、経験のために急速充電を2回した。
高速道路SAの50kW機で入れると、30分で97km航続距離が増えた。日産ディーラーの44kW機では59kmプラスにとどまる。もう30分おかわり充電をしたかったが、隣に待ちの「リーフ」が1台いたので無理だった。
カタログには90kW機なら30分充電で250km以上走れると書いてあるが、CHAdeMOの90kW機設置は緒についたばかりである。全国102店のe-tronディーラーにフルスペックの150kW超急速充電器が順次整備されるのはこれからだ。
自宅でAC200Vの普通充電をする場合、3kWの充電器もあるが、充電時間を考えれば8kW機を設置したい。100km分を入れるのに、3kWだと5時間半かかるが、8kWでは2時間に短縮されるという。工事費込みで最大70万円近い費用がかかるらしいが、このクルマを買うような富裕層なら、大きな問題ではないだろう。
言うまでもなく、BEV普及には充電インフラの向上は欠かせない。加えて、BEVにも電費の向上が求められる。試乗中、このクルマは2.5~3.5km/kWhの電費を示していた。webCGで最近取り上げた「リーフe+」は6.4km/kWhだった。ポルシェ・タイカン同様、e-tron GTもエレキングである。
脱炭素のためにBEVへ向かおうというのに、エンジン車的な高性能をハイパーBEVもキャリーオーバーするのか、BEVにはBEVの“新しい高性能”があるのではないか、といった、そもそもな疑問も感じる。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=郡大二郎/編集=関 顕也/取材協力=河口湖ステラシアター)
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テスト車のデータ
アウディe-tron GTクワトロ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4990×1965×1415mm
ホイールベース:2900mm
車重:2290kg
駆動方式:4WD
フロントモーター:永久磁石同期式電動モーター
リアモーター:永久磁石同期式電動モーター
フロントモーター最高出力:238PS(175kW)
フロントモーター最大トルク:--N・m(--kgf・m)
リアモーター最高出力:435PS(320kW)
リアモーター最大トルク:--N・m(--kgf・m)
システム最高出力:530PS(390kW)
システム最大トルク:640N・m(65.3kgf・m)
タイヤ:(前)245/45R20 130Y XL/(後)285/40R20 108Y XL(ピレリ・チントゥラートP7)
一充電走行距離:534km(WLTCモード)
価格:1399万円/テスト車=1557万円
オプション装備:レザーフリーパッケージ<インテリアエレメンツ[アーティフィシャルレザー×ダイナミカ]+カスケードクロス×アーティフィシャルレザー+スポーツシートプラス[フロント]+フラットボトムステアリングホイール[アルカンターラ]>(30万円)/5スポークエアロモジュールブラックアルミホイール<フロント9.0J×20、リア11.0J×20>+フロント245/45R20&リア285/40R20タイヤ(16万円)/ウォールナットデコラティブパネル<ナチュラルグレーブラウン>(10万円)/タングステンカーバイドコーティングブレーキ<レッドブレーキキャリパー>(35万円)/テクノロジーパッケージ<マトリクスLEDヘッドライト+アウディレーザーライト+Bang & Olufsenプレミアムサウンドシステム[16スピーカー]+アコースティックガラス+プライバシーガラス+e-tronスポーツサウンド+フロントシートヒーター+ワイヤレスチャージング>(67万円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:310km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:238.2km
消費電力量:76.8kWh
参考電力消費率:3.1km/kWh
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下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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