スズキ・アルト ハイブリッドX(FF/CVT)
オジサンにもオススメしたい 2022.03.02 試乗記 今や貴重な軽セダン「スズキ・アルト」が9代目にフルモデルチェンジ。従来型よりちょっぴり広く、豪華なモデルとなった新型は、ベーシックカーとしての着実な進化を感じさせつつ、同時に「男もすなる軽自動車」としての資質も備える、希少なクルマとなっていた。先代の面影を残すスタイリング
新型アルトといえば、今回の取材にせんだって千葉県は幕張周辺でおこなわれたメディア試乗会での出来事を思い出す。小一時間の試乗の間に、いずれも60~70代と思われる3人のオジサンから立て続けに「これって新しいアルトですか?」と声をかけられたのだ。仕事がら、発売直後の新型車に乗る機会は多いが、最近は声をかけられることもめっきり減った。そんなところにクルマばなれの風潮を感じなくもないのだが、いずれにしても、約1時間で3人とは最近では異例だった。
ただ、その3人がいずれも高齢男性だったのが、なんともはや……である。彼らが新型アルトに“アガリの一台”として心に刺さるなにかを感じていたとしたら、その気持ちはどっぷり50代の初老オジサンである筆者にも分からないではない。
筆者も頻繁に遠出する必要もなくなり、普段は基本的にひとり乗りで、同乗者がいてもせいぜいひとり……という生活になったら、軽自動車(以下、軽)のハッチバック(業界ではセダンと呼ばれる)が最適のアシとなるだろう。ただ、実際にそうなっても、クルマへの一家言を持ち続けたいオジサンにとって、1970~80年代の欧州ベーシックカー的な骨太デザインの先代アルトは「これなら俺も乗れる!」と思わせてくれる貴重な一台だった。
筆者も先代アルトの秀逸なデザインに心奪われたクルマオタクオジサンのひとりであり、新型の姿を画像で初めて見たときには「ずいぶん普通になっちゃったなあ」と、さみしく思ったのも事実である。ただ、すでにご承知の向きもあるように、実際の新型アルトは特徴的なツリ目フェイスを筆頭に、写真以上に先代に通じる“アルト感”が濃い。オジサンに「これなら乗ってもいいかな」と思わせるギリギリのデザイン性も保たれている。冒頭の3人のオジサンも初めて見る新型アルトに安堵して、思わず声をかけてくれたのかもしれない。
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明確に改善した機能性と利便性
新型アルトが普通っぽく見えるようになった最大の理由は、先代の前後ウィンドウが強く傾斜したスモールキャビンから一転して、明確なビッグキャビンとなったからだ。全高が50mmも大きくなり、前後ウィンドウの角度がはっきりと立ち上がって、リアやサイドのガラス面積も目に見えて拡大した。それでも、太めのリアクオーターピラーや後端でキックアップするベルトラインに、アルト感をギリギリ残している。
現代の軽の室内は劇的に広いのが当たり前で、ちょっと閉所感のある先代の室内空間は、いかにハッチバックといえども市場全体ではあまり好評ではなかったようだ。もっとも、先代からプラットフォームやホイールベースをキャリーオーバーする新型アルトも、前後ヒップポイントの高さや位置は基本的に変わっておらず、寸法的に広くなったのは拡大したキャビンにまつわるヘッドクリアランスやショルダールームだけである。
ただ、先代でも足もと空間などは大柄な成人男性でも十二分に広く、こうして頭上空間や視界がひらけただけで、精神的な広々感はまるで別物となった。そしてボンネットが目視できるようになったデザインもあって、車両感覚もはっきりと改善している。
肌ざわりのいいデニム調シート表皮と、それに呼応した濃紺の加飾パネルが特徴的なインテリアは、質感も向上している。ただ、今回最大のトピックは、ボックスティッシュがすっぽりとハマるセンターコンソールだろう。さらにコンソール底部に巧妙に配されたリブ(突起)のおかげで、ティッシュ下にさらなる収納を確保するのも特徴的だ。
最新の軽ハッチバック事情に詳しい向きならお気づきのように、このセンターコンソールは宿敵「ダイハツ・ミラ イース」のそれのモノマネである。その点は、スズキの開発担当氏も否定しない。
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ティッシュホルダーにかける情熱
軽の世界では、室内にボックスティッシュが収納・固定できるのはもはや常識となっている。スーパーハイトワゴンやハイトワゴンには各社……いや各車それぞれに趣向を凝らしたティッシュホルダーが用意される。だが、ダッシュボードの高さが制限される軽ハッチバックでは、あの小さくない箱のために空間を確保するのは困難をきわめるといい、これまでのアルトもその種の機能は見送ってきた。
しかし、2017年デビューの現行2代目ミラ イースがその常識をくつがえしてしまった。となれば、同じ軽ハッチバックのアルトで、ボックスティッシュをきれいに使えない言い訳は成り立たない。実際、軽ハイトワゴンのユーザーが価格や使い勝手から最初はアルトに興味をいだいても、ティッシュホルダーがないという理由で、乗り換えを断念、もしくはミラ イースに流れたケースもあったらしい。
「新型アルトではあらゆるティッシュホルダーのアイデアを検討しましたが、ダイハツさんのあれを超えるものは見つかりませんでした」とは前出の開発担当氏。ただ、アイデアはミラ イースそのままでも、後発らしくさらに改善されている。
コンソールそのものがより後方に配置されたことで手を伸ばしやすくなっているほか、ティッシュを置かないトレーとしても使いやすいデザインとした。またティッシュ使用時はミラ イースよりタイトにしっかり固定できるようになったのと同時に、フロント側の土手の形状を工夫して交換もしやすくなっている。また、底部を支えるリブも小型化させ、トレーやティッシュ下収納として使ったときの有効面積も拡大した。たかがティッシュ、されどティッシュ……である。
装備と足まわりに見る“市街地優先”の思想
今回の試乗車は最上級グレードの「ハイブリッドX」で、パワートレインはその名のとおりマイルドハイブリッドとなる。しかし、FFなら本体価格100万円を切る「A」や「L」ではそれも省かれる(かわりに回生充電のみおこなう「エネチャージ」は備わる)。
アルトのマイルドハイブリッドは最大トルク58N・mのエンジンに40N・mのアシストモーターの組み合わせだから、実車を比較すればアシスト効果も体感できるだろう。ただ、現時点では非ハイブリッドのアルトを体験できていないので、実効果がどれほどかは別の機会にゆずる。新型アルトは先代より重くなったとはいえ、ハイブリッドでも710kgという軽量級。少なくとも市街地では交通の流れをリードするのも容易である。ただ、エンジンの最高出力は49PSで、全開付近ではモーターアシスト効果もほぼなくなるので、高速では追い越し車線に出るときに、後続車への細心の注意が不可欠だ。
いっぽうで、高速では静粛性の向上が明らかだ。ロードノイズは小さくないが、耳ざわりな音質ではなく、あまり気にならない。これは「高減衰マスチックシーラー」や「ダッシュインナーサイレンサー」など、「ハスラー」以来の静粛対策によるところも大きそうだ。
新型アルトでは、先進運転支援システムもあらかた装備されるようになって、簡便な赤外線式ブレーキのみだった先代からは飛躍的にグレードアップしている。それでも、クルーズコントロール関連の機能だけが省かれるところに“市街地優先”というアルトの商品コンセプトが見てとれる。
サスペンションもしかり。ロールを抑制するフロントスタビライザーも、ハイトやスーパーハイトワゴンでは全車標準が常識となりつつあるが、アルトでは相変わらず省かれる。アルトが軽量低重心という理由もあろうが、高速安定性より市街地利用や低コストに軸足を置いているのは明確だ。
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意外にもファン・トゥ・ドライブ
そうしたコストや企画によるハンディはありつつも、現場開発部隊の調律はさすがである。軽量低重心に加えて、ステアリングがロック・トゥ・ロック4回転以上というスロー設定なこともあって、少しばかり乱暴な運転でもロールスピードが速すぎるような感覚はない。
今回はあえて高速道路に乗り、箱根の山坂道にもアシを延ばしてみたのだが、よりフラットになった乗り心地や静粛性は高速でも印象的だった。旋回速度があがればロールもあからさまに深まるが、タイヤのグリップ性能もそれなりに低い。よって、総合的にはバランスがとれており、ロールが過大になることもまずない。
山坂道でのハンドリングが意外なほど楽しめたのは、絶対的に軽量低重心であることに加えて、リアサスペンションがしっかりと引き締められているからでもあるだろう。旋回時はロール軸がわずかに前傾したダイヤゴナル姿勢となり、フロントにほどよく荷重がかかっているのか、その接地感やコントロール性は意外なほど高い。伝統的なスズキらしい乗り味だ。こうした調律になっているのは、後席の乗り心地を「スペーシア」や「ワゴンR」ほど重視する必要がないからでもあろう。
ただ、気になったのはスローすぎるステアリングだ。これは運転が得意でないドライバーが急ハンドルを切っても姿勢がくずれにくい、あるいは低出力のパワステモーターでも用が足りる……といった理由と思われるが、スローなわりに操舵力もそんなに軽いわけではなく、不慣れだと普通に走っているときもステアリングを切り遅れてしまいそうだし、パーキングなどは単純にステアリング操作量が多くて疲れる。本来なら運転に苦手意識のある不慣れなドライバーほど、クルマの所作を穏やかにしつけたうえで、ステアリングそのものは軽くてクイックなほうがいい。
とはいえ、クルマ好きオジサンなら、それくらいはみずからのウデでおぎなうところに快感を覚えるだろう。しかも、高速や箱根など本来得意としないルートをガンガン遠慮なく走っても、20km/リッターに迫る燃費は素直にありがたい。最近のモデルのなかではスズキらしさがもっとも残るハンドリングといい、アルトは新型もオジサンにオススメしたくなった筆者である。まあ、スズキが新型アルトでねらう客層はそこではないだろうけれど。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
スズキ・アルト ハイブリッドX
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1525mm
ホイールベース:2460mm
車重:710kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ
モーター:直流同期電動機
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:49PS(36kW)/6500rpm
エンジン最大トルク:58N・m(5.9kgf・m)/5000rpm
モーター最高出力:2.6PS(1.9kW)/1500rpm
モーター最大トルク:40N・m(4.1kgf・m)/100rpm
タイヤ:(前)155/65R14 75S/(後)155/65R14 75S(ダンロップ・エナセーブEC300+)
燃費:27.7km/リッター(WLTCモード)
価格:125万9500円/テスト車=149万0665円
オプション装備:ボディーカラー<ダスクブルーメタリック ホワイト2トーンルーフ>(4万4000円)/全方位モニター付きディスプレイオーディオ装着車(11万2200円)/ ※以下、販売店オプション フロアマット<ジュータン>(1万6115円)/ETC車載器(2万1120円)/ドライブレコーダー(3万7730円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:634km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(6)/高速道路(2)/山岳路(2)
テスト距離:504.0km
使用燃料:26.3リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:19.2km/リッター(満タン法)/19.8km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。