スズキ・アルト ハイブリッドX(FF/CVT)
工夫のたまもの 2022.01.07 試乗記 40年以上にわたって販売されてきた、スズキの軽乗用車「アルト」。「気軽に乗れて、すごく使える」をモットーに開発された新型は、メーカーの誠実さが伝わってくる、廉価な良品というべき一台だった。最廉価モデルは100マン以下
軽自動車のイメージは、以前とは大きく変わっている。質感は大幅に向上し、200万円を超えるモデルも珍しくなくなった。コンパクトカーと競合するジャンルになったともいえる。ただ、それはハイトワゴンやスーパーハイトワゴンといった背の高いモデルのことだ。セダン型と称される小さくてベーシックなモデルは、異なる位置づけにある。エントリーモデルであり、価格の安さが商品力に重要な意味を持っている。
9代目になったスズキ・アルトは、最廉価モデルが94万3800円。自動車の価格がどんどん上がっているなかで、100万円を切ることは容易ではない。「アルト47万円」の伝統を守るために、開発陣は苦労したことだろう。最もベーシックなモデルに乗りたかったが、試乗のために用意されたのは最上級グレードの「ハイブリッドX」だった。名前からわかるように、マイルドハイブリッドシステムを搭載している。
スズキは2012年、5代目「ワゴンR」に減速エネルギー回生機構の「エネチャージ」を初搭載した。高出力オルタネーターで発電してリチウムイオンバッテリーに充電し、電装品の動作に使うことでエンジンの負荷を軽減する仕組みである。2014年になると、「S-エネチャージ」が登場する。オルタネーターに代えて「ISG(Integrated Starter Generator=モーター機能付き発電機)」を搭載し、加速時にエンジンをアシストできるようになった。現在ではこれを“マイルドハイブリッド”と呼ぶようになっており、アルトには今回初めて採用された。
ハイブリッドXと「ハイブリッドS」には最新のR06D型エンジンを採用。非マイルドハイブリッドのガソリン車である「L」と「A」に搭載されるのはR06A型エンジンだが、エネチャージが組み合わされている。ハイブリッドが最高27.7km/リッター(WLTCモード)という軽自動車トップの燃費を達成したのに対して、ガソリン車は同25.2km/リッター。こちらもなかなかの低燃費である。
先祖返りで広々
エクステリアデザインは、はっきりと方向転換した。先代モデルはかなり思い切ったフォルムで、好き嫌いが分かれたらしい。多くのユーザーに受け入れられるには、とがりすぎないほうが得策である。「気軽」「安心」「愛着」をコンセプトにしたということで、丸みを帯びた形状は親しみやすい。フロントはヘッドランプに先代の面影が残っているが、リアはまったく異なる印象になった。コンビネーションランプの位置が上方に移され、柔らかなイメージがもたらされている。
軽自動車の規格があるので全長と全幅は変えようがないが、全高は50mm高い1525mmになった。実は、これは先祖返りである。先々代アルトの全高は1520mmで、むしろ先代が異例に低かったのだ。「ダイハツ・ミラ イース」は1500mm、「ホンダN-ONE」は初代の1610mmからローダウンされて1545mmになっている。先代アルトは乗降性に若干の問題があったようで、新型はフロントドア開口部の高さが20mm拡大された。
室内高は45mm拡大され、室内長や室内幅も広がった。ハイトワゴンやスーパーハイトワゴンほどの広さは誰にでも必要というわけではなく、十分に快適な空間が確保されている。先代よりフロントウィンドウの傾きがかなり立った形になったので、運転席の視界は大きく改善された。背が高くなったうえにフロントウィンドウが直立に近くなったのだから空力的には不利だが、同じ水準を守ったという。スズキの場合は性能向上にも“お金をかけずに”という絶対条件が課せられるので、開発陣の苦労が忍ばれる。
乗り込んでエンジンをかけ、前方を眺めるとなんだか素っ気ない。センターモニターの場所が真っ黒だったからである。試乗会に用意できたのがオーディオレス仕様だけだったそうで、全方位モニター表示やヘッドアップディスプレイも使えなかったことをお断りしておく。新型アルトにはスズキ国内初となるディスプレイオーディオが設定されているが、それも試すことができなかった。
「楽しさ」よりも「安全性」
ダッシュボードやドアパネルに、ソフトパッドは一切使われていない。もちろん、“ピアノブラック”のような素材とは無縁だ。硬いプラスチックで構成されたインテリアは、潔ささえ感じさせる。ステアリングホイールもカチカチの材質で、ソリッドな感触だ。シンプルを追求していた先代モデルとは違い、新型ではユーティリティーに配慮して収納スペースが豊富に用意されている。助手席にインパネトレーを新設し、センターには大型スマートフォンが入るスペースをつくった。部品点数を増やさずに利便性を高めるという、スズキらしい工夫の成果である。
ダッシュボードは楕円(だえん)形モチーフがあしらわれていて、これはエクステリアと同じである。柔らかな印象を与える意図は、内装外装で一貫している。シートは一体成形で、表皮はデニム調の素材のみ。背面のブラウンとの組み合わせは落ち着いた印象だ。なめらかな曲面で構成されており、座り心地は悪くない。後席はフラットだから安定性に欠けるが、基本的には1人か2人で乗ることが想定されているからだろう。ビジネス用途で使われることも多く、その際は後席を倒して荷物を積むことになる。
先代に比べると重量(680~760kg)は増加しているが、試乗車は710kg。十分に軽く、発進にもたつくことはなかった。急加速しようとしてもエンジン音が高まるばかりだが、交通の流れに乗って走っている限りでは動力性能に不満はない。鈴木俊宏社長が話していたように、アルトは“下駄(ゲタ)グルマ”であり、多くのユーザーは2~3km先のスーパーに買い物に行くために乗るのだ。
ステアリングを切っても、向きが変わるのに一瞬の間がある。キビキビとした走りとはいえないし、運転していて楽しいとも思わなかったが、このクルマには無用な資質である。むしろ、運転があまり好きではない人が安心して乗れることを追求している。敏感すぎる動きは歓迎されないから、安全性を重視した設定なのだ。
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お金をかけずに改善
路面の凹凸を完全にシャットアウトすることはできないし、常に微振動がある。小さくて軽いクルマに特有の落ち着きのなさがあることは否定できない。ただ、先代モデルよりはかなりしっとり感が増したように思えた。開発にあたり、ボディー剛性を上げることを最優先したそうだ。剛性が上がればサスペンションをうまく動かすことができるようになり、乗り心地や静粛性の改善につなげることができる。プラットフォームはそのままなので、“お金をかけずに”工夫をこらしたのだ。
乗り心地の改善には、タイヤの性能が向上したことも貢献しているという。以前は燃費スペシャルモデルに空気圧の高いタイヤを付けていたこともあるが、現在は通常の空気圧でも転がり抵抗を下げることができるようになったのだ。ロードノイズも抑えられていて、かつてのエコタイヤからすると長足の進歩である。
ボディー剛性も強化されたことだし、先代で人気を博した「ワークス」や「ターボRS」を期待したくなるのは自然だ。しかし、どうやら望みがかなえられることはなさそうである。トランスミッションはCVTだけで、AGSやMTは用意されていない。環境性能を考えての判断だという。エンジニアは「モーターのアシストがあるからキビキビ走ってスポーティーだ」と語っていたが、それで納得するのは難しい。前回もワークスは15年ぶりの復活だったから、気長に待つしかなさそうだ。
アルトが登場したのは、排ガス規制とオイルショックでクルマが元気をなくしていた時代だった。1955年に革新的な「スズライト」を発売したスズキは、軽自動車という規格のなかでチャレンジを続けている。新型アルトは、クルマ好きにアピールするのは難しいかもしれない。しかし、電動化に向かう状況への現時点の誠実な回答であり、安さを追求するスズキの気概が詰まったクルマであるのは確かだ。
(文=鈴木真人/写真=荒川正幸/編集=関 顕也)
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テスト車のデータ
スズキ・アルト ハイブリッドX
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1525mm
ホイールベース:2460mm
車重:710kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:CVT
最高出力:49PS(36kW)/6500rpm
最大トルク:58N・m(5.9kgf・m)/5000rpm
タイヤ:(前)155/65R14 75S/(後)155/65R14 75S(ダンロップ・エナセーブEC300+)
燃費:27.7km/リッター(WLTCモード)
価格:125万9500円/テスト車=131万9615円
オプション装備:ボディーカラー<フェニックスレッドパール ホワイト2トーンルーフ>(4万4000円) ※以下、販売店オプション フロアマット<ジュータン>(1万6115円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:--km/リッター

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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