ポルシェ911 GT3(RR/7AT)
飛ばせ! 踏め!! 2022.03.05 試乗記 ド迫力の空力パーツが示すとおり、新型「ポルシェ911 GT3」はレーシングマシンそのものだ。真の価値はサーキットでないと味わえないかもしれないが、真冬の箱根で試しただけでも、ドライバーに訴えかけてくる“圧”がある。ニュル北コース7分切りの実力を味わってみた。薄氷を履むが如し
天気は晴朗、風も穏やかだったけれど、キンキンに冷え込んだ早朝の箱根の山は外気温マイナス3度、当然路面もいてついており、日陰には解け残った雪がガチガチに固まっている。たとえでもなんでもなく、まさしく薄氷を履むが如し、である。最新最強の911である992型GT3に乗るには、まったくもって望ましくない。しかも前:20インチ/後ろ:21インチサイズの巨大なセンターロックホイールに装着されるタイヤは、ストレートグルーブ3本のほかには溝がほとんど刻まれていないような「グッドイヤー・イーグルF1スーパースポーツR」、いかにもドライサーキット向けといったやる気満々の最新高性能タイヤである。普通のセダンでさえ気を使わなければいけない状況なのに、こんな日に限ってGT3とは。これではきっとニュルブルクリンク北コースで7分を切るレコードタイムを記録した開発ドライバーのラース・ケルンでも二の足を踏むはず、である。
できるだけ日当たりの良い乾いた路面を求めて尾根道を移動することにしたが、ゆっくり走るぶんには無論何の問題もない。7段PDKはせいぜい2500rpmぐらいで滑らかに瞬時に、まるで「フォルクスワーゲン・ゴルフ」のように静かにシフトアップしていくが、ステアリングフィールの希薄さが不気味でもある。先代モデル同様に採用されているリアアクスルステアリングの効果か、スルリと俊敏に向きを変えるものの、適温・適速度はもっとずっと上にあるということを告げているような手ごたえの軽さは、むしろレーシングカーっぽい。このような場合のエンジン音は(少なくともノーマルモードでは)室内で聞く限りそれほどたけだけしくはないが、ただし本格的なロールケージのトラスの向こうから頭の後ろに響いてくる、かすかだが明確なキューンというギアノイズが、ただものではない“マシン”に乗っているということをひと時も忘れさせない。モンテカルロのリエゾンを走るラリーカーの風情である。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
RSR譲りのダブルウイッシュボーン
タイプ992のGT3は2021年2月に発表され(その後4月から日本でも受注開始)、つい先日ようやく上陸した新型である。996時代の最初のGT3から数えて今回の新型は7世代目にあたるという(996/997/991の各世代に前後期型があった)。目が覚めるような鮮やかな「シャークブルー」のボディーカラーだけでなく、巨大なスワンネック式リアウイングからフロントフードに空いたエアアウトレットなど細かなディテールに至るまで、新型GT3は闘志みなぎるというか、禍々(まがまが)しいまでの戦闘的なオーラを発散している。
しかもこのクルマには「クラブスポーツパッケージ」(消火器や6点式シートベルトなどとともに無償オプション)に含まれるロールケージや角度固定のカーボン製バケットシート、カーボンルーフにカーボンセラミックブレーキ(PCCB)といった本気のオプションが多数追加されており、そのたたずまいはどう見てもレーシングカーである。無論、ポルシェはいつも「GT3 R」のような本物のカスタマー用レーシングカーを用意してあるから、このGT3をベースにコンペティションカーを仕立てる必要はないのだが、いつでもそのままサーキット上等を堂々と主張しているようだ。
新型の特徴はフロントサスペンションがダブルウイッシュボーンに変更されたこと。オリジナルモデルから基本的に変わらず受け継がれてきた前:ストラット/後ろ:トレーリングアームにトーションバースプリングという911のサスペンションは、タイプ964で一般的なコイルスプリングに変更され、続く993型でリアサスペンションがマルチリンク式に一新されたが、この新型GT3は(911の中で唯一)初めてフロントに、ルマンに代表されるGTレースを戦うミドシップのレーシングカー「911 RSR」由来というダブルウイッシュボーン式を採用した。ああ、やはり狙いはそっちなのね、と納得する。
ラップタイムのただし書き
0-100km/h加速3.4秒、最高速318km/h(7段PDK仕様)というデータよりも、新しいGT3の何たるかを示すのが、先代GT3の記録を17秒以上も短縮した6分59秒927(20.8kmコース。従来の20.6kmでは6分55秒2)のニュルブルクリンク北コースのラップタイムである。エンジンは基本的に従来型を踏襲、若干パワーアップしたとはいえ最高出力は510PSにすぎない。それにもかかわらず、大幅なタイムアップを可能にしたのはやはりレーシングカー譲りのサスペンションとエアロダイナミクスということなのだろう。
今や「911ターボ」以外もすべてターボユニットに換装された911のなかで唯一残っているのが、この自然吸気直噴4リッター水平対向6気筒エンジンだ。最高出力は従来型から10PSアップの510PS/8400rpm、最大トルクは10N・m増えた470N・m/6100rpm、レブリミットは9000rpmという、今どき得難い高回転型である。
ちなみに上記タイムは開発中に記録されたものであるとわざわざプレスリリースに詳しく説明してあるところがポルシェらしい。乾坤一擲(けんこんいってき)のアタックの末に無理やりたたき出したタイムではなく、通常の開発テストを行っていたら、あらら意外にいいタイムが出ちゃいました、との言い分である。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
覚悟がいる
乾いた路面を見つけたのはいいけれど、9000rpmのレブリミットを超えて回りたがるようなNA6気筒をしっかり試すのは日本の一般道ではどだい無理。低いギアで踏んではみても瞬間芸もいいところで、その壮絶な回転フィーリングや爆発的なパワーの伸びを確かめるどころではない。実を言うと、ほんの少しだけ垣間見たが、何かとうるさい昨今、大っぴらに話すわけにはいかないので、編集部までお便りください。
間違いないのは、頼りなかったステアリングはある程度以上の速度になるとがぜんビビッドに鋭く反応し、スタビリティーはまさに巌のごとし。公道レベルでハンドリングをうんぬんできるようなクルマではないということだ。乗り心地も悪くない。むしろ予想以上に良好と感じた。編集部F君は路面によって神経質に針路が乱される、とちょっと驚いていたが、オジサンはそちらも十分に許容範囲だと思う。かつての「964 RS」などに比べれば「パナメーラ」みたいなものである。
ただし、クルマ全体から押し寄せる、飛ばせ、踏め、という呪文のような圧力は尋常ではない。一番すごいポルシェ持ってきて、なんて気持ちで手に入れても1週間で持て余すのは明白だ。ずっと前から、本気を出した時のポルシェはちょっとすごいのである。
(文=高平高輝/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ポルシェ911 GT3
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4573×1852×1279mm
ホイールベース:2457mm
車重:1490kg
駆動方式:RR
エンジン:4リッター水平対向6 DOHC 24バルブ
トランスミッション:7段AT
最高出力:510PS(375kW)/8400rpm
最大トルク:470N・m(47.9kgf・m)/6100rpm
タイヤ:(前)255/35ZR20 97Y XL/(後)315/30ZR21 105Y XL(グッドイヤー・イーグルF1スーパースポーツR)
燃費:12.4リッター/100km(約8.1km/リッター、欧州複合サイクル)
価格:2296万円/テスト車=2955万1000円
オプション装備:ボディーカラー<シャークブルー>(59万4000円)/ブラックレザーRace-Texインテリア<コントラストカラー:シャークブルー>(88万9000円)/ポルシェセラミックコンポジットブレーキ(152万9000円)/サテンブラック仕上げホイール<リム:ボーダーシャークブルー塗装、20&21インチGT3ホイール>(29万7000円)/フロントアクスルリフトシステム(52万1000円)/アルミルック燃料タンクキャップ(2万2000円)/Race-Texベルトアウトレットトリム(6万4000円)/軽量カーボンルーフ(59万3000円)/カーボンインテリアパッケージ<ハイグロス>(21万8000円)/アルカンターラサンバイザー(6万9000円)/クラブスポーツパッケージ(0円)/カーボンドアミラー(24万8000円)/シャークブルーのアクセントリング付きLEDヘッドライト<ブラック>(19万2000円)/クロノパッケージ<ラップトリガープレパレーション付き>(8万円)/エクスクルーシブデザインテールライト(13万9000円)/エクステリア同色仕上げキー<Race-Texポーチ付き>(5万8000円)/ドアモデルネーム<ブラック>(3万3000円)/シャークブルーシートベルト(4万6000円)/フルバケットシート(89万1000円)/ストレージパッケージ(0円)/ライトデザインパッケージ(8万4000円)/「PORSCHE」ロゴLEDカーテシーライト(2万4000円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:2934km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:529.4km
使用燃料:75.7リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.0km/リッター(満タン法)/6.9km/リッター(車載燃費計計測値)

高平 高輝
-
MINIジョンクーパーワークス エースマンE(FWD)【試乗記】 2025.11.12 レーシングスピリットあふれる内外装デザインと装備、そして最高出力258PSの電動パワーユニットの搭載を特徴とする電気自動車「MINIジョンクーパーワークス エースマン」に試乗。Miniのレジェンド、ジョン・クーパーの名を冠した高性能モデルの走りやいかに。
-
ボルボEX30クロスカントリー ウルトラ ツインモーター パフォーマンス(4WD)【試乗記】 2025.11.11 ボルボの小型電気自動車(BEV)「EX30」にファン待望の「クロスカントリー」が登場。車高を上げてSUVっぽいデザインにという手法自体はおなじみながら、小さなボディーに大パワーを秘めているのがBEVならではのポイントといえるだろう。果たしてその乗り味は?
-
メルセデス・ベンツGLB200d 4MATICアーバンスターズ(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.10 2020年に上陸したメルセデス・ベンツの3列シート7人乗りSUV「GLB」も、いよいよモデルライフの最終章に。ディーゼル車の「GLB200d 4MATIC」に追加設定された新グレード「アーバンスターズ」に試乗し、その仕上がりと熟成の走りを確かめた。
-
アウディSQ5スポーツバック(4WD/7AT)【試乗記】 2025.11.8 新型「アウディSQ5スポーツバック」に試乗。最高出力367PSのアウディの「S」と聞くと思わず身構えてしまうものだが、この新たなSUVクーペにその心配は無用だ。時に速く、時に優しく。ドライバーの意思に忠実に反応するその様子は、まるで長年連れ添ってきた相棒かのように感じられた。
-
MINIジョンクーパーワークスE(FWD)【試乗記】 2025.11.7 現行MINIの電気自動車モデルのなかでも、最強の動力性能を誇る「MINIジョンクーパーワークス(JCW)E」に試乗。ジャジャ馬なパワートレインとガッチガチの乗り味を併せ持つ電動のJCWは、往年のクラシックMiniを思い起こさせる一台となっていた。
-
NEW
アルファ・ロメオ・ジュニア(前編)
2025.11.16思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が「アルファ・ロメオ・ジュニア」に試乗。カテゴリーとしてはコンパクトSUVながら、アルファらしい個性あふれるスタイリングが目を引く新世代モデルだ。山野のジャッジやいかに!? -
ホンダ・ヴェゼルe:HEV RS(4WD)【試乗記】
2025.11.15試乗記ホンダのコンパクトSUV「ヴェゼル」にスポーティーな新グレード「RS」が追加設定された。ベースとなった4WDのハイブリッドモデル「e:HEV Z」との比較試乗を行い、デザインとダイナミクスを強化したとうたわれるその仕上がりを確かめた。 -
谷口信輝の新車試乗――ポルシェ・マカン4編
2025.11.14webCG Moviesポルシェの売れ筋SUV「マカン」が、世代交代を機にフル電動モデルへと生まれ変わった。ポルシェをよく知り、EVに関心の高いレーシングドライバー谷口信輝は、その走りをどう評価する? -
ホンダが電動バイク用の新エンブレムを発表! 新たなブランド戦略が示す“世界5割”の野望
2025.11.14デイリーコラムホンダが次世代の電動バイクやフラッグシップモデルに用いる、新しいエンブレムを発表! マークの“使い分け”にみる彼らのブランド戦略とは? モーターサイクルショー「EICMA」での発表を通し、さらなる成長へ向けたホンダ二輪事業の変革を探る。 -
キーワードは“愛”! 新型「マツダCX-5」はどのようなクルマに仕上がっているのか?
2025.11.14デイリーコラム「ジャパンモビリティショー2025」でも大いに注目を集めていた3代目「マツダCX-5」。メーカーの世界戦略を担うミドルサイズSUVの新型は、どのようなクルマに仕上がっているのか? 開発責任者がこだわりを語った。 -
あの多田哲哉の自動車放談――フォルクスワーゲン・ゴルフTDIアクティブ アドバンス編
2025.11.13webCG Movies自動車界において、しばしば“クルマづくりのお手本”といわれてきた「フォルクスワーゲン・ゴルフ」。その最新型の仕上がりを、元トヨタの多田哲哉さんはどう評価する? エンジニアとしての感想をお伝えします。






















































