ポルシェ911 S/T(RR/6MT)
楽しいったら ありゃしない 2023.09.26 試乗記 名車「ポルシェ911」の誕生60周年を記念する限定モデル「911 S/T」に、イタリアのワインディングロードで試乗。軽量な車体とパワフルなエンジンを得たその走りは、“最高の911”と言い切れるほど楽しさに満ちたものだった。高性能化を求めた60年
今からちょうど60年前の1963年9月。「901」、のちの911がデビューした。とはいえデビュー当時の“ナロー”にモータースポーツのイメージはまだほとんどなかった。水平対向エンジンこそ6気筒となって大きな力を得ていたものの、2+2でより大きなサイズのボディーをまとっていたからだ。ポルシェ側の思いはともかく、高性能版の「356」ユーザーの目には堕落に映ったのではあるまいか。
現代に生きるわれわれは911の歴史的な成功の要因がモータースポーツ活動によることをよく知っている。けれども60年前、そのクルマは言ってみれば“でかいエンジンを積んだメタボなモデル”だった。もちろん、それを望んだのもまた市場だったけれど(フル4シーターだって検討されていたのだ)。
もっとも、熱心なユーザーのなかにはそんなことなどお構いなしに911をサーキットへと連れ出す猛者が少なからずいた。ルマン24時間レースにも早々に登場したし、アメリカではSCCAプロダクションレースでクラス優勝も飾っている。
プライベーターの熱心な活動はいつだってメーカーを刺激するもの。ポルシェが高性能版である「911S」を市場へ投入したのは1966年秋のこと(モデルイヤー67、Oシリーズ)で、排気量こそ変わらず1991ccながら160PSの最高出力を得ていた。
またこの時代、「911R」の存在も忘れてはならない。わずか24台のみの生産にとどまった911Rだが、後世の高性能版911シリーズに与えた影響は大きかった。
モデルイヤー70 (Cシリーズ)を迎えて911は2リッターの壁を初めて越えた。911S に2195cc≒2.2リッターの180PSエンジンが搭載されたのだ。けれども排気量アップによってレースレギュレーションの対応では従来と異なる戦略をとる必要に迫られる。1.6~2.0リッタークラスから2.0~2.5リッタークラスへと“格上げ”されてしまったからだ。
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ヘリテージこそ最重要
そこでポルシェはまず2247ccの230PSエンジンを積んだ911Sでレースを戦うことにした。車体のモディファイも制限つきで許されるようになった。最大限の軽量化も施されたほか、後にはワイドボディーも登場する。排気量もまた最終的には2.5リッターにまで引き上げられた(メーカーによると2.4Sがベースの2.5STは2台のワークスカーと22台のカスタマーカーがあるらしい)。
このレース&ラリー用ベースマシンの911Sこそ“ST”と呼ばれる幻のナローである。
STは社内呼称で正式名称でなかった(規則を考えてあくまでも911Sで通した)。さらに年ごとに競争力を高めるべく進化(前述したようにワイドボディー化や排気量アップ)したため、実際に何台の”ST“がポルシェによって生産されたのかには諸説ある。
その多くはレースカーとなり、“ナナサンカレラ“こと「911RS」が登場する1973年までサーキットを席巻した。2023年はその911RSの50周年でもあるのだ。
マニアには言わずもがなの歴史を長々と書いた。けれども誕生以来60年にもわたってその基本コンセプトとレイアウトを変えることなく進化を果たし(そんなスポーツカーはほかにない)、誰もが憧れる存在となった911シリーズとその高性能版にとって、ヘリテージこそ最も重要でかつ最大の魅力だと筆者は思う。良いスポーツカーは熱情と歴史から生まれるものだから。
そんな911シリーズの誕生60周年を記念して1963台のみ生産されることになったのが992ベースの911 S/Tである。“ST”と名乗るからには前述した歴史を軽んじるわけにはいかない。992シリーズにおいて最もピュアでファンなロード&スポーツカーとして、それは企画された。最高速やニュルのラップタイムはひとまず脇におき、純粋にドライビングプレジャーを追求したモデルである。シンプルに言うと“峠道を走って最高に楽しい992”だ。
4000万円超でも高くはない?
とはいえパフォーマンスの源は「911 GT3 RS」と同等だ。最高出力525PSの4リッター水平対向自然吸気エンジンを積む。これに軽量クラッチとシングルマスフライホイールをセットして回転質量を減らしたクロスレシオの専用6段MTを組み合わせた。ダンパーやスプリングそのものはGT3と変わらないけれども制御ロジックはまるで異なる。サーキットでのスタビリティーよりもオンロードでのグリップ性を重視しているのだ。また、リアアクスルステアリングシステムは省かれ、ホイールはセンターロックのマグだ。
そこに「GT3ツーリングパッケージ仕様」のボディーをかぶせた。ナローの911ST時代もまたリアスポイラーなどのエアロデバイスはなかったからだ。ナローSTではGFRP(ガラス繊維強化樹脂)やアルミニウム、薄板スチールなどを活用して軽く仕立てられていたが、新しいS/Tでもそのコンセプトは変わらない。軽量素材としてCFRP(炭素繊維強化プラスチック)を多用したこと以外は。
ボンネット、ルーフ、フロントフェンダー、ドアなどをCFRP化したほか、ロールケージ(オプション)やリアスタビ、シアパネルなどもCFRPだ。PCCBやスポーツエキゾーストの採用に断熱材の削減など軽くすることに徹した方針は、金属製エンブレムをデカールに変えてまで軽量化にこだわったナローSTの精神に準ずる。
結果、現代によみがえったS/Tはツーリングパッケージ仕様に比べて40kg軽い1380kgにおさまった。991ベースの「911R」が1370kgだったから、パワーウェイトレシオでは上回る。もちろん992世代911で最も軽いモデルである。
GT3 RS+ツーリングパッケージの車両本体価格が4000万円オーバー。GT3 RSや「911ダカール」にちょうど1000万円プラスだ。発表時にはポルシェもなんとあくどい商売をすると思った方も多かったことだろう。けれどもここまで記せば“安い”と感じてもらえるのではないか。
実際に乗ってみれば、S/Tは確かにお買い得だと思えるほど無邪気に楽しめる911であった。
クラッチにはクセがある
国際試乗会の舞台はイタリアのつま先、カラブリアだ。「なんと不便なところで」と文句も飛び交ったらしい(何を言う! 日本人にとってはどこだって遠くて不便だ)が、911 S/Tの試乗を終えた今、これ以上このクルマにマッチするワインディングコースはほかに思い出せないと思うに至った。
なんでも開発陣がテストに通ったルートでもあるらしい。南イタリアにはポルシェ子会社が所有する有名なテストコース、ナルドがある。ドイツ国内で十分なテスト時間をとれない季節には長距離テストも兼ねて南イタリアまで走り、ナルドはもちろんカラブリアのワインディングロードでもテストを繰り返してきた。
海岸のビーチハウスでS/Tを受け取る。「ヨッティングブルーメタリック」の外装にブラウンのインテリア。いわゆる「アズーロ・エ・マローネ」の部類に入る。イタリアで乗るには最高にしゃれたコーディネーション。窓枠はクロームで、リアバッジ類はゴールド。ホイールセンターにはクレストが。ゼッケンサークルこそないけれど、これもまた「ヘリテージパッケージ」である。
隣にスタンダードの「GTシルバーメタリック」がいた。ブラックで引き締められた車体と黒に白ステッチの内装で、シンプルにしてスパルタン。これも確かにいいけれど……。
最新モデルにしては重めのクラッチを踏み込み、いつもの調子で軽くアイドルミートさせてスタート……、と思いきやいきなりエンストだ。エンジンの切れ味が鋭く、フライホイールも軽いので、軽くあおってつないだほうがいい。ちなみにリバースでちょっと登り道だとさらに難しい! とはいえナローはもっとナーバスだったはず、と、めっきりなまくらになってしまった左足を呪(のろ)うほかない。
永遠に回していたい
海岸線から山へと上がっていく。一般道での乗り心地は悪くない。少なくともキツい衝撃が内臓まで届くことはまるでない。足、車体、キャビンが一体となって人とシートを守ってくれている。そんな感じがして、攻め込む前から安心できた。
ハンドルにモードダイヤルが見当たらない。運転していてそんなシンプルさもうれしい。中央のスイッチを押してサスペンションをスポーツにセットしてみた。GT3のようなフラット&ハード感を予想していたら拍子抜け。ほとんど変わらない。ちょっとハードになるけれど、GT3のように硬い板に乗せられたようなフラット感がない。スポーツでも助手席から文句の出る心配はなさそう。
GT3のMTより8%低いギアレシオに10mm短いシフトストロークが相まって、急いでいても急がなくても実に小気味のいいギアチェンジが可能だ。走りだしてしまえば、重いペダルも軽いフライホイールもシフト操作を楽しませる要素でしかない。
とはいうものの、いったん峠道に入ってしまえばほとんど2速(120km/hくらいまで)もしくは3速(165km/hくらいまで)固定で走ることになる。昔の大排気量自然吸気スーパーカーのようだ。6000~7000rpmあたりでキープしていても、常時8000rpmまで回しても、まるで苦にならない。というか、むしろ永遠に回していたい。そんな気分にさせる。それでいて1000rpmちょいでもエンジンは機嫌よく働くから3速キープでも問題ないのだ。
5000rpmあたりからの咆哮(ほうこう)はラウドだけれど下品ではない。クルマ運転好きの心に響くメカニカルなノイズで満たされ、野太いエキゾーストサウンドに心が高ぶっていく。
感動したのはオートブリップのうまさだった。3ペダルのマニュアル派には“余計なお世話”だった装備も、これだけ上手にキメられ、一度その味をしめてしまうと、もはや手放せなくなってしまう。クラッチを踏んでレバーを動かすという積極的な関わりであることには変わりなく、2ペダルより楽しいと思えることは確かだ。
ハンドル握れば無我夢中
林道のようなワインディングロードに差しかかる。「フィアット・パンダ」が最適な道幅の狭さ(実際、パンダばかり見かける!)。それでも道幅を気にすることなく速度を上げていけるのは、やはり911の車幅が、広くなったとはいえ現代のスーパーカーに比べるとナローな部類に入るからだろう。加えて、車体との一体感がすさまじいからだ。
速度がどんどん上がっていく。隣に大先輩を乗せていることを忘れ、一心不乱のドライブ。前輪はあくまで自由に動き、後輪からは常に確かなトラクションを感じる。そして蹴り出しはいつでも強力で、もちろん制動の力もフィールも一級となれば、お隣どころか忘我のドライビングとなるのも当然だ。
本当に運転がうまくなった気分である。RRの3ペダルでここまで自信を持たせてくれる要因は何か。アシだ、アシの制御だ。前述したようにスプリング&ダンパーはハード的にはGT3と変わらない。けれども制御ソフトの考え方が違う。とにかく路面からアシを離さないように、いつなんどきでも“浮きアシ立たない”ように制御されている。それゆえ、ドライバーはハンドル操作だけに一生懸命注力すればいい。
最も感動したのはタイトベントの走りだった。後輪操舵付いてる? と思うほどにリアが面白いようについてくる。こまを回すようにぐるっと曲がっていく。そして多少の舗装荒れをモノともせずに大地をしっかり蹴って突き進む。楽しいったら、ありゃしない。
それでいて「ランエボ」のようにマシンが勝手に走っているように思わせないあたりが憎い、というか罪つくりだ。3ペダルということもあって、ドライバーは常に「自分で操っている」と思い込むことができる。つまり、それが上手(うま)くなった気分というやつの正体である。
ワインディングロードにおける楽しさにおいて史上最高の3ペダル911であった。これで街なかではけっこう快適で、高速道路では申し分のないGTだったのだから、オールマイティーさが光るという点でも最高の911だろう。
(文=西川 淳/写真=ポルシェ/編集=関 顕也)
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テスト車のデータ
ポルシェ911 911 S/T
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4573×1852×1279mm
ホイールベース:2457mm
車重:1380kg
駆動方式:RR
エンジン:4リッター水平対向6 DOHC 24バルブ
トランスミッション:6段MT
最高出力:525PS(386kW)/8500rpm
最大トルク:465N・m(47.4kgf・m)/6300rpm
タイヤ:(前)255/35ZR20/(後)315/30ZR21(ミシュラン・パイロットスポーツ カップ2)
燃費:--km/リッター
価格:4118万円/テスト車=--円(※日本国内での販売価格)
オプション装備:--
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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