第747回:所有か共有か? 古代ローマ以来の問題に挑む中国のLYNK & CO
2022.03.10 マッキナ あらモーダ!マカ…ではなかった
正直なところ、近年は欲しいと思うクルマ、特に心から所有したいと思うデザインのクルマが限りなく少ない。金策に多少の苦労をともなってでも、手に入れたいモデルがないのだ。あまり後ろ向きなのはよくないが、「このようなクルマに乗るくらいなら、徒歩のほうがいい」と思うものさえある。
近年の筆者の使用頻度では、もし営業所が身近にあれば、レンタカーのほうが得だと思うことさえある。住んでいるレジデンスの近くに駐車場付き空き店舗を発見するたび、レンタカーの営業所を誘致したくなる。いま乗っているクルマが絶命したら、次はサブスクリプションも検討したい。だが、悲しきかな筆者が住むイタリアの小都市に、そうしたサービスはない。
2022年3月初旬のことである。わが街シエナにある小さなショッピングセンターの電気自動車(EV)専用の充電設備付き駐車スペースに、見慣れぬモデルがパークしていた。フロントのヘッドライトまわりの印象やサイドのボリューム感から一瞬「ポルシェ・マカン」かと思ったが、同車に電動車はない。後部に回り込んだら、テールゲートに「LYNK & CO(リンク&コー)」のバッジが輝いていた。
生まれながらにグローバル
リンク&コー(領克)は、中国・浙江吉利控股集団(ジーリーホールディンググループ)のいちブランドである。経済ニュースに詳しい読者ならご存じのとおり、同グループは1963年生まれの中国人実業家、李書福氏が1986年に創業した企業である。1997年に自動車産業に進出し、今日では中国最大の民間自動車会社に成長した。グループ全体の従業員数は12万人を超える。傘下の自動車製造およびモビリティーサービス企業は、全18ブランドにものぼる。私たちが知るものではボルボやロータス、そしてスマートがある。またイタリアを本拠とする二輪のベネッリも、グループに含まれる。また、エアタクシー用電動垂直離着陸機の開発を進めるドイツのヴォロコプターも傘下にある。
ジーリーは2018年にダイムラー(現メルセデス・ベンツグループ)株の9.7%を取得して筆頭株主となったことで業界に衝撃をもたらした。さらに2021年8月には、ルノーグループと戦略的提携を調印。ジーリーのスウェーデン研究開発拠点によるアーキテクチャーを用いた新型車などのプロジェクトを発表した。
リンク&コーはジーリーホールディンググループと傘下の吉利自動車グループ、そしてボルボ・カーズによって2016年に設立された合弁企業である。生産拠点は中国だが、本社はボルボと同じスウェーデンのイエーテボリに置かれている。ブランド理念は「生まれながらにグローバル、オープンなコネクティビティー」で、吉利自動車とボルボが共同開発したモジュールアーキテクチャーが用いられている。ブランドの中国版サイトによると、デザイン開発はイエーテボリが主導し、20カ国から200人のデザイナーが参画しているという。
中国におけるラインナップは、以下のとおりだ。
- 01:SUV(2リッター/1.5リッターハイブリッド/1.5リッターPHEV)
- 02:ハッチバック(2リッター)
- 02:SUV(1.5リッター/2リッター/1.5リッターPHEV)
- 03:セダン(1.5リッター/2リッター)
- 05:セダン(1.5リッターPHEV)
- 06:SUV(1.5リッター/1.5リッターPHEV)
- 09:SUV(2リッターマイルドハイブリッド/2リッターPHEV)
03と05には、高性能版である「+8」が設定されている。
「販売店」ではなく「クラブ」
筆者は駐車場でリンク&コーを目撃して「ついにやって来たか」と、思わずもらしてしまった。2017年4月、彼らにとって中国本土でのデビューの場であった上海モーターショーのブースを訪れていたからだ。この年は、既存の中国系グループによる電動車中心の新ブランド立ち上げブームで、リンク&コーはそのひとつだった。彼らのブースは親会社の既存ブランドとは一線を画したクールなデザインで、欧州・米国的というよりも無国籍感が漂っていた。実際、多くの若い来場者がブースをバックに自身のスマートフォンで自撮りを楽しんでいたものだ。後年の上海および北京でもリンク&コーはこのコンセプトを継承したブースを展開した。
リンク&コーはいつの間にヨーロッパに上陸していたのか? メーカーによると、2016年10月にブランドとしてのリンク&コーは、上海よりも先にドイツのベルリンで公開された。続いて2020年9月に「ヨーロッパ計画」が発表され、同年10月に「01」の先行予約を中国とヨーロッパで同時に開始した。着々と欧州戦略を進めていたのである。
欧州版ウェブサイトには「Mobility made easy」のキャッチこそ表れるが、一見しただけでは自動車ブランドのものとは思えない。基本的にはウェブサイトのみを通じた展開だが、一部の都市には施設も置いている。「ショールーム」ではなく「クラブ」と呼ばれるそれは、イエーテボリとストックホルム、アムステルダム、アントワープ、ベルリン、ハンブルク、そしてミュンヘンにオープンしている。電動車への関心が高い都市から重点的に知名度向上を図ろうという戦略であることは明らかだ。面白いことに、クラブにおける内装デザインは統一されておらず、それぞれが独自に展開している。そのムードは自動車臭を極限まで抑制しており、まるでシェアオフィスを思わせる。ヨーロッパでは既存の自動車販売店がCIの刷新に腐心しているが、その未熟さとは一線を画している。今後はパリ、ミラノ、ローマ、バルセロナと南下を進める方針で、メンテナンス拠点は提携サービス工場でカバーする仕組みだ。
しかし、それ以上にリンク&コーのサイトで、彼らの意図がはっきり分かることがある。
「購入」よりも「メンバーシップ」の文字が目立っているのだ。
入会だけならアプリケーションを介して無料でできる。ブランドによると、現在までにメンバー数は約5万9000人に達したという。
クルマを利用する場合の1カ月単位の料金は500ユーロ(約6万3000円)で、メンテナンスフィーと保険料、ロードアシスタンスの利用料が含まれており、この料金内での走行距離の上限は月に1250kmだ。いわゆる期間の縛りはない。ウインタータイヤは420ユーロの別料金だが、欧州でその代替として認可されている布製タイヤチェーンは標準で搭載されている。
参考までに、車両を購入する場合はPHEV仕様で4万0700ユーロ(約510万円。イタリア価格。付加価値税込み)からとなっている。ボディーカラーはブラックもしくはブルーだ。
さらに2022年末には、リンク&コー車を購入したオーナーが自分で使用しない時間に他人へ貸し出す個人間カーシェアリング(P2Pカーシェア)の提供も開始する。オーナーへの推奨料金としてブランドが示しているのは、1時間あたり5~7ユーロ(約630~880円)、1日あたり30~40ユーロ(約3800~5000円)である。
GMの失敗を乗り越えられるか
リンク&コーが紹介している「スカンジナビアン・マインド」のインタビューを参照すると、CEOのアラン・ヴィッサーは、子息の18歳の誕生日に起きたエピソードを披露している。息子にどのようなクルマが欲しいか尋ねたところ、「なんでそんなことを聞くの? 欲しくないよ! どこに止めるの? どこで整備するの?」と詰問されたという。
ヴィッサーCEOは、一般ユーザーのもとでの自家用車の稼働率は、時間にするとわずか4%であることも指摘。「ますます多くの人がクルマを本当に欲しいと思わなくなっている。彼らはそれを使う必要があるだけなのだ」とし、「もはやユーザーは自動車メーカーに、よりよい製品ではなく、より頭のよい移動方法を求めている」と語っている。
実は冒頭で紹介した筆者の心境も、ヴィッサーCEOの子息に近い。これまでクルマを購入するには、不便な郊外の販売店にまで足を延ばしたうえでセールスパーソンと値引きや下取りをめぐって腹の探り合いをし、保険や納税の手続きに翻弄(ほんろう)される必要があった。車両価格以外の時間的・精神的ロスがあまりにも大きかった。生命保険会社が出力した自分の余命チャートを眺めるたび、こんなことに貴重な時間を費やしてはいけないと思う。そうしたなかで、リンク&コーのメンバーシップと、提供するクラブのムードは、それなりにそそられるのである。
いっぽうリンク&コー01のデザインを肯定できるかといえば、筆者自身はイエスとは言えない。詳細に見ればオリジナル性が確保されているのだが、駐車場で目撃したときの第一印象のように「何か別のクルマに似ている」と少しでも感じた時点で、それを全面的に支持することがはばかられるからだ。
しかしながら、サブスクリプションをスタイリッシュに見せるこの新興ブランドのマーケティングは、既存ブランドやレンタカー会社よりも格段に上手である。
思えば、ヨーロッパで土地をめぐっての「所有か共有か」の議論は古代ローマ時代から行われ、近代におけるプロレタリアートの階級議論でも避けて通れなかった。だが民衆の声の高まりを背景にした土地共有と異なり、自動車の場合はつくり手側から共有を提案するという流れが起きようとしている。
リンク&コーが今後も初志を貫徹して新しいビジネスモデルを創出するのか、それとも徐々に既存の販売方式にシフトせざるを得なくなるのか。参考までに例のP2Pカーシェアは2018年にゼネラルモーターズが米国で導入したが、わずか2年後の2020年には撤退してしまった。ブランドの経営手腕と、欧州ユーザーの柔軟なメンタリティーの双方が試されるところだ。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、リンク&コー/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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