第754回:屋根が浮いて見えるクルマが増殖中 トレンドセッターはあの世界的ヒット商品!?
2022.04.28 マッキナ あらモーダ!はやりのフローティングルーフ
ここ数年、新型車やコンセプトカーの解説で、たびたび目にしたり耳にしたりする言葉がある。ずばり「フローティングルーフ」である。要は、ピラーを黒い樹脂製パネルやガラスなどで覆い、あたかも屋根が宙に浮いているかのように見せるデザインだ。2022年4月のニューヨークオートショーでリンカーンが公開したコンセプトカー「スターコンセプト」が、その最新例である。
量産車では「プジョー2008」「ルノー・キャプチャー」そして「オペル・グランドランド」などが、Cピラーの一部をブラックにすることにより、ボディーとルーフが切り離されているように見せている。
そうしたモデルの多くは、黒く塗られたルーフやガラス製ルーフも併用しており、窓の下線から上のグリーンハウスが存在しないかのような視覚的効果も狙っている。かつてのコンセプトカーで多用された手法が、街なかを走るクルマに次々と使われているのだ。
このブームで筆者が思い出したのは、1980年代初頭、当時米国で社内デザイナーとして働いていたある日本人が自動車誌に寄稿したエッセイである。彼がピラーを隠したデザインを提案したところ、外国人の上司から「そういうのを“フローティングルーフ”というのだ」と酷評され、不採用になってしまったというのだ。あれから40年余り。あのデザイナー氏は、今日の状況をどのような心境で受け止めているのだろうか。
ともあれ今回は、このフローティングルーフについて思いを巡らせたい。
飛行機に憧れて
自動車デザインの世界では、強固なピラーと、それが存在しないかのように見せるテクニックとが交互に訪れてきたと筆者は考える。以下は、歴史に基づいた私見である。
自動車黎明(れいめい)期に車体の主流がオープンからクローズドに変わっていったときから、ピラーの存在は明白となった。それ以前の乗り物であった馬車の車体製作技術の多くが、そのまま転用されたからだ。1920年代以降、全鋼製やモノコックボディーが用いられるようになっても、ピラーは一定の存在感を維持し続けた。細くても剛性を確保できる技術が今日に比較すれば未熟であったことと、未舗装路が多く路面状況が悪かったことから、一定の太さが必要だったのである。
いっぽう第2次世界大戦後になると、自動車デザインをリードした米国のメーカーが、ラップアラウンドしたフロントウィンドウを含む、細いピラーのクルマを次々と発表する。テールフィンに象徴されるように、自動車が航空機の形態に着想を得ていた時代である。特に戦闘機のキャノピーを模倣するにあたっては太いピラーは無粋であり、存在を希薄にする必要があったのだ。その影響はヨーロッパにも波及した。「シトロエンDS」(1955年)の細いAおよびBピラーは、アメリカ車の影響なしには誕生し得なかったといえる。
1971年に本国版が出版されたアーサー・ヘイリーの小説『Wheels(邦題:自動車)』は、デトロイトでカーインダストリーに携わる人々をテーマとした作品だ。そこに登場する開発中の新型車は、フローティングルーフを持っているかのように描かれている。
やがて、そのアメリカの自動車メーカーが、自ら細いピラーを否定しなければならなくなる。きっかけは弁護士ラルフ・ネイダーによる1965年の著書『Unsafe at Any Speed(どのようなスピードでも危険)』に端を発する自動車の安全性問題である。それを受けて、1970年代に入ると米欧日のメーカーは「SUV」と称する安全実験車をさかんに公開し、そのイメージを反映した強固なイメージの市販車を次々と発売した。当然のことながら、ピラーも太くなっていった。
ゴルフとイヴォークが流れを変えた
欧州では、ジョルジェット・ジウジアーロが、1974年の初代「フォルクスワーゲン・ゴルフ」に幅広のCピラーを与えることで剛性感と高品質を表現した。同じデザイナーによる1971年の「アルファ・ロメオ・アルファスッド」の細いCピラーとは、明らかに異なるアプローチである。
数年前、筆者はジウジアーロ氏本人に、初代ゴルフに関して「後方視界の犠牲は気にしなかったのか?」と質問した。それに対してジウジアーロ氏は、後方視界の優劣を決めるのはCピラーの太さではなく、運転席から見たときの角度の設定であることを、製図用シャープペンシルで図示しながら教えてくれた。ちなみに、Cピラーは太いが視界はいいというゴルフの伝統は、彼の手を離れた後継モデルにも継承された。例えば、2017年のスイスツーリングクラブによる調査で、7代目ゴルフの視界は4つ星を獲得している。
いっぽう同じ1970年代の欧州で、フローティングルーフの試みも存在した。ピニンファリーナによる1978年の空力実験車「ストゥディオCNR」である。このコンセプトカーは翌1979年に「コンパッソ・ドーロ(黄金のコンパス賞)」を受賞した。しかしそれがトレンドになることはなかった。欧州でたびたび最多販売車になってきたゴルフがしっかりとしたCピラーを持っていたことと、ウエッジシェイプ全盛のなかで、それに抗するストゥディオCNRのデザインは明らかに早すぎた。前述の日本人デザイナーについても、こうした潮流のなかでフローティングルーフを提案したため、採用されなかったのだと筆者は考える。
そうした“ピラー信仰”を一気に変えたのは、2011年の「ランドローバー・レンジローバー イヴォーク」だった。天地の狭いグラスエリアが後部に向かってテーパリングしてゆくその造形は、極めて斬新であり、太いCピラーがあっては成立し得ないデザインである。
なお、イタリアで活躍するアメリカ人デザイナー、マイケル・ロビンソン氏は、中国・恒大新能源汽車の「恒馳3」(2020年)をデザインするにあたり、フローティングルーフについても言及。ルーフ色を車体色と別にすることによる、カラーコーディネートの自由度を強調している。
騎士精神 VS “失神貴婦人”
太いピラーと隠されたピラーをそれぞれ「剛健さ」と「か弱さ」と表現するなら、それらは、さまざまな分野で交代を続けてきた。
西洋の建築は長年、石とれんがを基本としてきたことから、大きな窓を設けることは決して容易ではなかった。あえて言えば、10世紀後半から始まるロマネスク様式では窓が小さく壁が厚かったのに対し、12世紀に現れたゴシック様式では、フライング・バットレスに代表される力を分散する方法が発達した結果、光を取り込む大きなステンドグラス窓を備えることができたくらいだ。
ようやく大きな変化が訪れたのは、近代になってコンクリートをはじめとするさまざまな新工法が導入されるようになってからだ。近代建築の3大巨匠のひとり、ル・コルビュジエは、1931年の「サヴォワ邸」で、まるで2階部分が宙に浮かんでいるようなデザインを提示している。参考までに「フィアット500L」(2012年)のデザイン開発を指揮したロベルト・ジョリートは、サヴォワ邸の横長に広がるガラス窓を意識したと解説している。確かに同車はすべてのピラーがブラックアウトされ、完全なフローティングルーフである。イタリア合理主義建築を代表するジュゼッペ・テラーニによる建物は、ル・コルビュジエの作品のように「どうやって支えているのだろう」と思わせる、はらはらさせる要素は少ないが、それでも柱の存在は希薄だ。ところが第2次世界大戦後のポストモダン建築では、窓が小さくなる潮流が再び訪れ、なかには古代ギリシア・ローマ建築に範をとった、勇壮な柱を備えたものまで見られるようになった。
人間も同じである。中世社会では馬に乗って槍(やり)で戦う騎士の強さが称賛された。だが、やがて銃が普及すると歩兵が主流となり、騎士は過去のものとなる。絶対王政が確立されると、さらに興味深い様相が現れる。貴婦人たちはコルセットで腰を締め付け、プロポーションを形づくった。折れそうな腰がもてはやされただけでなく、その弊害である失神でさえも、意中の男性に抱きかかえられるチャンスとして使われたのである。つまり「か弱さ」が美徳とされたのである。
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黒いピラーが流行する背景
人は「宙に浮いているようなもの」を本能的に好む。マジックの世界で、昔の初代引田天功の脱出シリーズや、デビッド・カッパーフィールドのイリュージョンのような大仕掛けなものが存在するいっぽうで、ステージで行う空中浮遊マジックは消えない。街角のパフォーマーもそうした芸を披露して衆目を集めている。この世のものすべてが、引力に逆らえない以上、それに抗するかのように見えるものに、人は魅力を感じるのである。自動車のルーフも「どうやって支えているんだろう」「もしかしたら仕掛けが見えるかもしれない」と思わせるから、面白いのである。
このフローティングルーフの普及には、筆者は3つの背景があると考える。第1は、そうしたデザインを実現するパーツ価格の低減だ。従来は使用がためらわれた大型の樹脂製パネルや、大型ガラスルーフの低価格化が進んだ。それは日本の軽乗用車「ダイハツ・タフト」に全車標準装着されていることからも分かる。
第2はボディーサイドに強いマス(塊)感を強調したキャラクターラインを持つクルマが増えたことだ。前述の2008をはじめとしたプジョーにおけるSUV系が、まさにそれだ。ボディー自体が強固な感じを漂わせているので、その上屋ともいえるグリーンハウスの存在感は、相対的に希薄でも構わないのである。
しかしながら最大の影響をもたらしたのは、Appleの「iPhone」であろう。広い窓=ディスプレイを持ちながら、皮下にある高度な回路は完全に隠されている。人体浮遊と同じく、その神秘性に人々は引かれたのである。「フォルクスワーゲンup!」(2011年)はフローティングルーフでこそないが、そのテールエンドの造形は、iPhoneからインスピレーションを受けたことを発表時にデザイナーが説明している。参考までに当時、自動車デザイナーを集めた「デザイントーク」の類いを取材すると、しきりにiPhoneが取り上げられていたものだ。つくり手であるデザイナーと顧客の双方に「黒いパネル=先進」という潜在意識が宿ったからこそ、柱を隠す黒いパネルが市民権を得たのだ。
かつてサメなどの動物や飛行機からインスパイアされてきた自動車デザインが、後から誕生した電子ガジェットに範をとる時代がくるとは。フローティングルーフとピラーは、かくもさまざまなことを筆者に考えさせる。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=フォード、ステランティス、ルノー、ゼネラルモーターズ、イタルデザイン、恒大新能源汽車、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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