トヨタ・ヴォクシーS-Z(FF/CVT)
日本型ミニバンの到達点 2022.05.16 試乗記 トヨタが誇る箱型ミニバンの人気車種「ヴォクシー」がフルモデルチェンジ。車内空間の快適性に、シートアレンジの機能性、そして予防安全・運転支援システムの充実度と、各方面で進化を遂げた新型は、今日におけるミニバンの完成形とも表せるクルマに仕上がっていた。2つの弱点を克服
SUVがトレンドからメインストリームになって久しい。数が増えるにつれてバリエーションが広がってきた。本格オフローダーもあれば、悪路を想定していない完全都会派のモデルもある。最近増えているのが、3列シートを持つSUVだ。7人ないし8人が乗車することができ、ファミリーカーとしても使える。乗ってみると、各所に工夫があってなかなか使い勝手がいい。これはミニバンもうかうかしていられないぞと思っていたが、どうやら考え違いだったようだ。
新型の4代目トヨタ・ヴォクシーは想像を超える仕上がりで、盤石な存在であることを見せつけた。トヨタの「ノア」とヴォクシーは、“ノアヴォク”と通称されるベストセラーである。いわゆる5ナンバーミニバンというジャンルのなかで、絶対王者として君臨してきた。新型は5ナンバーサイズを超えてしまったが、コンセプトは変わらない。先代で追加された「エスクァイア」がラインナップから落とされ、2001年のデビュー時と同じ兄弟車2モデル体制に戻った。
従来のモデルには、わかりやすい弱点があった。先進安全装備のバージョンが古く、アダプティブクルーズコントロール(ACC)が使えなかったこと。そしてもうひとつは、3列目シートの使い勝手が悪かったことである。大きな問題点のように思われるが、それでも好調な販売を維持していたということは、その他の点で相当なアドバンテージがあったということなのだろう。新型ではこの2つの弱点を完全に克服している。ライバルは戦々恐々としているに違いない。
ヴォクシーにはガソリンエンジン車とハイブリッド車があり、FFと4WD、さらに7人乗りと8人乗りが用意されている。試乗したのは2リッターガソリンエンジンを搭載する7人乗りのFFモデル。装備の充実した「S-Z」グレードである。
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外観は堂々、運転席は開放的
ホイールベースと全長は変わらないが、全幅と全高は先代より拡大した。しかし堂々とした風格が漂うのは、サイズのせいではなくデザイン手法によるものだ。フロントグリルは機能を超えた面積に極大化されている。ただ、大きさに比例して威圧感やすごみが強くなったともいえない。要素が整理されてスッキリした構成になり、オラオラ味が後景に退いたように見える。立派さを保ちつつも、少しだけ洗練度が高まった。
LEDヘッドランプは薄い形状で、水平基調のグリルとの組み合わせがクールな印象を与える。クロームの光りモノが少ないので、無駄にギラついた感じにはなっていない。左右はひし形を連ねたデザインだ。下のほうを見ると、左右それぞれに5つずつ補助ライトが組み込まれている。そのままでは白色だが、パープルやピンクにカスタマイズする人が現れるのではないか。
運転席に座ると、とてつもない開放感。前面と側面のグラスエリアが広く、見晴らしのよさに圧倒される。2本に分かれたAピラーの形状に工夫をこらしたのだろう。シートは厚みのあるガッシリとした構造で、ドライバーを支えながら包み込む。安定した姿勢を保てるし、長距離運転でも疲労を軽減してくれそうだ。
シート以上に快適性に貢献しているのは、シャシー性能の向上である。キャブオーバーの商用車ベースだった頃と違って、今のミニバンは乗用車ライクな運転ができるのは当たり前になっているが、新型ヴォクシーははっきりと先代よりも進化した。乗り心地がシャキッとしているし、ハンドルを切った時の身のこなしが好ましい。段差を乗り越えた時にショックは伝わってくるものの、収まりがいいから不快感は薄いのだ。2列目、3列目にも座ってみたが、どの席でも乗員から文句は出ないレベルだと感じた。
リスクを先読みして注意を喚起
「トヨタセーフティーセンス」は最新のパッケージが装備されており、プリクラッシュセーフティーは昼夜ともに自転車や歩行者にも対応する。高速道路上での運転支援システムが充実し、車線維持支援システムがドライバーをサポート。ようやく採用されたACCは、全車速追従機能付きで渋滞時にも使える。動作は上々で、前車の動きへの反応が素早いからストレスを感じない。
もっとありがたいのが、街なかでの安全運転を促す「PDA」だった。年配の方はPDAというとアップルの「Newton」を代表とするパーソナルデジタルアシスタントを思い出すかもしれないが、これは「プロアクティブドライビングアシスト」の略だ。一般道を走っている時に、リスクを先読みして適切な操作をするように仕向ける機能である。先行車に近づきすぎた時には、自動的に緩やかな減速制御が働く。
最初は知らずに乗っていたので、ACCを解除し忘れたのかと思ってしまった。もちろん働きは同じではなく、PDAは減速しても完全に停止することはないから、最後にはブレーキを踏む必要がある。注意を喚起することが目的であり、最終的な操作はドライバー自身が行うのだ。PDAのサジェスチョンは、メーター内とオーバーヘッドディスプレイに示される。検知した先行車や歩行者がアイコンで示され、コーナーが迫ってくるとS字カーブの道路標識のような表示が現れた。煩わしいと感じるなら、設定でオフにすることもできる。
ファミリーカー用途が多いことを考慮して、安全への取り組みには隙がない。撮影のために停車していた時も、常にセンサーで周囲を監視していることがわかった。クルマやオートバイが接近するとアラートが鳴り、歩行者が後方を横切っただけでも反応するのだ。運転している時も信号待ちで青になるとすぐさま教えてくれるし、救急車が近づくと「緊急車両があります」と音声で知らせる。おせっかいすぎると感じるかもしれないが、子育て中の親にとっては頼りになるシステムである。
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欠点がないわけではないが
ミニバンの通例で、特等席は2列目である。キャプテンシートがゆったりしているのは当然で、試乗車には肘掛けやオットマンまで装備されていた。電動ではないのに緩やかな動きでせり上がってきて、おもてなし感の演出は万全だ。ロングスライド機構のおかげで、足元の空間は十分すぎるほどである。
そして、何よりの福音は3列目シートの格納だ。ワンタッチホールドシートは5:5の分割式で、荷室側からシート下のロック解除レバーを引くだけで、背もたれが倒れ、左右に跳ね上げられる。片手で壁側に軽く押すだけで固定できるのはビッグニュースだ。先代モデルはフックに引っ掛ける作業が必要で、地味に面倒くさかったのを思い出す。いいことばかりではなくて、座り心地はあまりほめられない。特に真ん中の座面はカチカチで、子供でも嫌がりそうだ。
別なところでもうひとつ文句を言うなら、「アドバンストパーク」である。何度やってもうまく作動しないシーンがあったのだ。何らかの悪条件が理由だった可能性はあるが、いつでも安心して使える機能ではないことになる。
まあ、こんなのは重箱の隅をつつくような指摘でしかない。新型ヴォクシーは格段の進化を遂げており、ミニバンとして、ファミリーカーとしてさらにハイレベルになった。左右のスイッチにより任意の角度で止められるパワーバックドアの便利さは特筆すべきものだし、収納やシートアレンジの多彩さには感心する。日本型ミニバンは、とてつもない高みに到達した。誇っていいと思う。
(文=鈴木真人/写真=峰 昌宏/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
トヨタ・ヴォクシーS-Z
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4695×1730×1895mm
ホイールベース:2850mm
車重:1660kg
駆動方式:FF
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ
トランスミッション:CVT
最高出力:170PS(125kW)/6600rpm
最大トルク:202N・m(20.6kgf・m)/4900rpm
タイヤ:(前)205/55R17 91V/(後)205/55R17 91V(トーヨー・プロクセスR60)
燃費:15.0km/リッター(WLTCモード)
価格:339万円/テスト車=431万2020円
オプション装備:ボディーカラー<ホワイトパールクリスタルシャイン>(3万3000円)/快適利便パッケージHigh<ハンズフリーデュアルパワースライドドア[挟み込み防止機能付き]+パワーバックドア[挟み込み防止/停止位置メモリー機能付きパワーバックドアスイッチ《車両サイド》付き]+ナノイーX+ステアリングヒーター+キャプテンシート追加機能[シートヒーター+オットマン+角度調整アームレスト]>(15万1800円)/ドライビングサポートパッケージ<カラーヘッドアップディスプレイ+デジタルインナーミラー>(9万9000円)/ディスプレイオーディオ(コネクテッドナビ対応)プラス 12スピーカー<コネクテッドナビ対応[車載ナビあり]+FM多重VICS+10.5インチHDディスプレイ+DVD+CD+AM/FMチューナー[ワイドFM対応]+テレビ[フルセグ]+USB入力[動画&音楽再生&給電]+HDMI入力+スマートフォン連携[Apple CarPlay、Android Auto、Miracast]+T-Connect[マイカーサーチ、ヘルプネット、eケア、マイセッティング]+Bluetooth接続[ハンズフリー&オーディオ]+ETC2.0ユニット[VICS機能&光ビーコンユニット付き]>(19万0300円)/Toyota Safety Sense<緊急時操舵支援[アクティブ操舵機能付き]+フロントクロストラフィックアラート[FCTA]+レーンチェンジアシスト[LCA]+ブラインドスポットモニター[BSM]+安心降車アシスト[ドアオープン制御付き]+パーキングサポートブレーキ[後方接近車両]+トヨタチームメイト アドバンストドライブ[渋滞時支援]>(13万4200円)/トヨタチームメイト アドバンストパーク<リモート機能付き>+パーキングサポートブレーキ<周囲静止物>+パノラミックビューモニター<床下透過表示機能付き>+パーキングサポートブレーキ<後方歩行者>(12万6500円)/プロジェクター式LEDヘッドライト<オートレベリング機能付き>+LEDターンランプ+LEDクリアランスランプ<デイライト機能付き>+アダプティブハイビームシステム[AHS](6万2700円)/デジタルキー(1万6500円) ※以下、販売店オプション ドライブレコーダー<TZ-DR210>(4万4220円)/フロアマット<ラグジュアリータイプ>(6万3800円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:1337km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(6)/山岳路(0)
テスト距離:412.6km
使用燃料:35.2リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:11.7km/リッター(満タン法)/11.4km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。