第760回:イタリアでサービスエリアの食堂が歴史遺産に昇格!?
2022.06.09 マッキナ あらモーダ!高度経済成長のシンボル
日本のサービスエリア(SA)における食堂の充実ぶりには、めざましいものがある。いっぽうイタリアでは、SAの食堂&売店を異なった観点からリニューアル……というのが今回のお話である。
そのSA食堂は、大都市ミラノと北部の湖畔とを結ぶアウトストラーダA8号線上にある。具体的には、ミラノ北西のヴィッロレージ・オヴェストというSAだ。上下線を挟んだ向こうにはアルファ・ロメオ博物館がそびえ、近隣にはカロッツェリアのザガートが本社を構えている。
「Villoresi」という名称は、近隣を流れる運河に由来する。そのヴィッロレージ運河の名称もまた、19世紀にその設計にあたったエウジェニオ・ヴィッロレージ技師を記念したものだ。伝説のイタリア人レーシングドライバーで、“ジジ”のニックネームで知られたルイージ・ヴィッロレージ(1909年~1997年)は、彼の孫にあたる。
ヴィッロレージ・オヴェストSAの食堂における最大の特徴は、その外観である。鉄製のアーチが3本の鉄脚によって支えられ、その頂上に設置されたリストランテ、アウトグリル1958の看板までの高さは51mある。
施設が完成したのは1958年。日本で言うところの昭和33年だ。建物は当時のリストランテの運営主体であった菓子会社のパヴェージによって計画された。設計者はイタリア人建築家のアンジェロ・ビアンケッティである。参考までにビアンケッティは翌1959年から、イタリア全国のSAにおける象徴的建築物といえる陸橋式SA食堂も手がけ始める。こちらについては、本連載第419回をご高覧いただきたい。
1958年といえば、すでに戦後イタリアを代表する大衆車「フィアット600」が誕生して3年、「ヌオーヴァ500」も前年にデビューしている。この国のモータリゼーションが急加速していた時代だ。
ヴィッロレージ・オヴェストの特徴ある外観は、たちまち話題となった。アメリカの『LIFE』誌は1960年9月26日号で、イタリア戦後経済成長のいちシンボルとして紹介している。
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未来スタイル!
しかしながら、初めて筆者が建物を見たとき、即座に連想したのは米国ロサンゼルス国際空港のザ・テーマ・ビルディングである。設計は、ウィリアム・ペレイラとチャールズ・ラックスマンによる。調べてみると意外だったのは、高さは135ft(約41m。参照:FlyLAX.com)で、ヴィッロレージ・オヴェストよりも低い。「アメリカのほうが、なんでもビッグ」という既成概念の裏をかく事実だ。
さらに、ザ・テーマ・ビルディングは、ヴィッロレージ・オヴェストSAより2年遅い1960年に着工し、1961年に完成している。当然ながら、「どちらが先にデザイン構想を立てたか?」という議論をしたいところだ。しかし背景には、第2次世界大戦前のロサンゼルスに起源を持つ、グーギー建築(Googie architecture)と言われる、フューチャリスティックなスタイルを考える必要がある。建築家たちはジェット機や宇宙、そして原子力などをイメージしながら、ドライブインやモーテルなど、モータリゼーションの発展とともに誕生した施設を次々デザインしていった。実際には建てられなくても、その流れをくんだイラストレーションには、大胆なアーチを備えたビルが盛んに描かれた。当時、このスタイルは世界中に広がっていった。
また、アーチを支える脚がヴィッロレージ・オヴェストは3本、ザ・テーマ・ビルディングは4本だ。さらに前者は店舗部分が完全に地面についている。いっぽう、後者のフロアは、中央の筒状部分を介して地上から離れている。それらを踏まえると「どちらが先か」を考えるのは、あまり意味がないと筆者は考える。
20世紀後半建築にようやく脚光か
今日ヴィッロレージ・オヴェストSAを運営するイタリア最大のSA食堂会社、アウトグリルは2020年2月、430万ユーロ(約6億円)を投じて建物のリニューアルに着手。同年11月、新たにアウトグリル1958としてオープンした。
入り口には「アウトグリル1958にお帰りなさい」との言葉とともに、「アウトグリル1958は、今日もなおアウトストラーダの風景のいちシンボルです。オリジナルのヴィッロレージ・オヴェストへの私たちからのオマージュです」と解説が記されている。真上に設置されたディスプレイには、往年の内部の様子や、「フィアット・ヌオーヴァ500」をはじめとする当時のクルマ、さらにバカンスを謳歌(おうか)する人々など、輝いていたころのイタリアを記録した動画が次々と映し出されている。
内部に入って誰もが目を奪われるのは、開設当時のものを再現した豪華なシャンデリアだ。自動車旅行とSAが、非日常的なエンターテインメントであった時代をほうふつとさせる。
今回のリニューアルに関してアウトグリル社は、新型コロナウイルスからの復興を第2次世界大戦からの復興に重ね合わせている。
残念ながら、イタリアでも近年のSA施設は工費節約と工期短縮の双方を重視したものが大半を占めている。アウトグリル1958は古きよき時代への、いっときの挽歌(ばんか)か? 筆者はそれだけではないと考える。
イタリアで中世・ルネサンス・バロック建築物の多くは高い志によって計画され、完成後も丹念な修復や改修を伴いながら用いられてきた。ただし20世紀のものに関しては、従来あまり重要視されずにきた。ムッソリーニ時代の合理主義建築への軽視が、その代表例だ。あまりに長い歴史を持つ国ゆえの死角といえる。
そうしたなか、アウトグリル1958では、ムッソリーニ時代よりもさらに新しい戦後建築、それも商業施設の再評価が試みられた。これを機に、従来日の目を見る機会を逸していた、他の古い自動車関連施設の建築物的価値も見直される可能性がある。このSA食堂・売店のリニューアルは、多くの意味を秘めているのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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