第419回:イタリア式「昭和な」サービスエリア食堂
2015.10.09 マッキナ あらモーダ!ニセ交通整理員にご用心
先日イタリア北東部のイモラサーキットに赴いたときだ。その週末は、9月というのに真夏並みの暑さだった。おかげで往路のアウトストラーダ(高速道路)は、最後のアドリア海を楽しむ人たちで、朝から大渋滞が起きていた。
ようやく到着したサーキットではアスファルトの照り返しも手伝って、時間とともに気温はぐんぐん上がっていった。午後を過ぎる頃には貧血気味になり、夕方、仕事を終えてから駐車場に止めておいたクルマに倒れ込んで数時間にわたり眠りこけていた。
まあ、そのおかげで僕が帰る時には、海水浴客は先に帰ってしまったようだった。ボルゴ・パニガーレ(この名称はドゥカティの製品にも使われているが、ボクや多くのイタリア人にとっては、東京の箱崎ジャンクションのごとく渋滞の名所である)も、うそのようにスイスイ通過することができた。
しかし、やがて空腹がボクを襲ってきた。イタリア北東部を横断するアウトストラーダA14号線から、半島を縦断するA1号線「太陽の道」に入って南下を始めると山脈区間であるから、次はフィレンツェまで広々としたサービスエリア(SA)はない。最後のチャンスは、ボローニャ郊外カンタガッロにあるSAである。
このカンタガッロSA、ボクがイタリアでクルマの運転を始めた1997年頃は、少々困った場所だった。駐車場には常に“交通整理員”のおじさんがいた。最初は道路会社の手配かなと思っていたが、ある日知り合いの観光バスドライバーが「あ、あれはニセモノだよ」と笑いながら教えてくれた。後日よく見ると、おじさんがかぶる制帽の紋章が切り取られているではないか。どこかでそれらしい中古品を入手したのだろう。おじさんをよく見ない外国人などは、丁寧に空きスペースへと誘導してもらったついでに、チップを渡してしまったに違いない。
それとは別に、明らかに不法入国と思われる外国人が多数ウロウロしていて、ドライバーに近寄っては小銭を求めていた。よく見ると、SAの境界を区切るフェンスの一部に穴が開けられていて、そこから入ってくることがわかった。
生き残った跨線橋式リストランテ
かわって今日では、その自主警備おじさんも、不法入国と思われた外国人も姿を消し、ずいぶんと治安が改善された。だが、僕がこのカンタガッロSAにあまり寄らないのにはひとつ理由があった。それは食堂である。両車線をまたぐ跨線橋(こせんきょう)式になっているのだ。
この食堂については、本欄第12回に記したとおりで、わざわざ上階まで登らなければならないのである。このバリアフリーが進む時代に逆行していた。
日本でいえば東名高速道路に相当する幹線である「太陽の道」は、片側3車線の上下6車線化が進められてきた。だが以前執筆した当時、カンタガッロ付近は跨線橋式リストランテのおかげで、片側2車線の双方向で4車線だった。だからボクなどは、いよいよこの古臭いリストランテも、近日取り壊しかと信じていた。
ところがどうだ。道路会社「アウトストラーデ」は、上下線の間にある緩衝部分を削って車線を建物ぎりぎりまで攻めることで、跨線橋式リストランテに手を加えることなく3車線化を成し遂げてしまったのだ!
その晩はやむを得ず、久しぶりにその跨線橋式リストランテのお世話になることにした。幸い、イタリア人の一般的夕食タイムである夜8時をとうに過ぎていたので、普段は下りる人と登る人で大混雑となる階段も、すいすいと上がれた。
階上は、跨線橋式でない他のサービスエリアと同様のセルフ式食堂が展開されている。皿のチョイスによってはイタリア式フルコースを構成することもできるのだが、あまり食べると眠くなるし、これから峠越えするので、プリモピアット(第1の皿)と果物で軽く済ませることした。ちなみに前者はパスタ(もしくはリゾット)2品で、6.9ユーロ(約900円)である。
会計を済ませ、テーブルが並ぶエリアに向かう。こうした食堂のプリモピアットはリゾットや、ゆでたあと伸びにくい形状のパスタがメインだ。したがって、作り置きが多く、味は推して知るべしである。参考までにわが家では、その手のパスタ料理を作ったとき、その食堂の商標になぞらえて、all’autogrill(アウトグリル風)と、いつしか呼ぶようになった。しかしその日は、疲れ切っていたため、妙においしく感じられたのであった。
20世紀の建築遺産に!
今やイタリアのSA食堂といえども、無料Wi-Fiが飛んでいる。そこでプリモを食べ終わって果物に移る合間に、手元のスマートフォンで食堂を運営している「アウトグリルS.p.A.(株式会社)」のウェブサイトを開いてみた。
それによると、カンタガッロの跨線橋リストランテの開業は1961年。今から半世紀以上前である。日本でいうと昭和36年、ようやく初代「トヨタ・パブリカ」(UP10型)が発売された年だ。東名高速道路の部分開通より7年も前ということになる。
そして同様の跨線橋式リストランテ(アウトグリル・ア・ポンテという)は、イタリア全国で1959年から1971年の間に12カ所以上建設されたという。説明には「フィアットの『500』および『600』の普及によるモータリゼーションでイタリアがダイナミックに変化し、アウトストラーダやSAが次々とできていった」こと、そして「未来的な跨線橋式リストランテは、明るい将来を信じていたイタリアの象徴であった」旨が記されていた。
眼下を走りゆく自動車を眺めながら家族で食事をすることは、かつてイタリアの一般人にとって繁栄を謳歌(おうか)できるスポットだったのはたしかであろう。その後、国の経済を根底から揺さぶることになる、労働争議やオイルショックなど、みじんも想像せずに……。
閑散とした店内。眼下では、相変わらずクルマたちがヘッドライトとテールランプを輝かせながら往来している。そうした中で歴史を読んでいると、個人的には避けていた跨線橋式リストランテだったが、「これは20世紀の建築遺産にしたほうがいいのでは?」と、ポジティブに思えてきた。長い歴史をもつイタリアでは、とかく近年のモノを疎んじる傾向があるから、保護しておかないと取り壊されてしまう恐れがある。バリアフリー対応は、今もSA内にあるガソリンスタンドの施設をより充実させることで解決するだろう。
帰り際、椅子から立ち上がると、窓の外がもう真っ暗ゆえ、自分がどちらの方向の出口に戻ればいいのかわからなくなってしまった。幸い頭上を見ると、「ミラノ側へ」「フィレンツェ側へ」と、それぞれの階段を指し示す矢印が付いていた。
前述の解説どおり、昔イタリア中がフィアット500と600であふれていた頃、間違って反対側に降り、思わずヒトのクルマのドアに手をかけてしまった人は少なからずいたのではないか。いや、この国は伝統的にドアキーを掛けない人も多いので、乗り込むまで気がつかなかったドライバーさえいたに違いない。そんな楽しい空想さえ頭をめぐった、夜の跨線橋式リストランテであった。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Autogrill S.p.A.、Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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